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回想

 母と最期に交わした言葉は「ちゃんとしてよ」「はい」というやり取りだった。

 それは夜の十時。寝る前に喉が渇いてリビングに水を飲みに行こうとした時にそこにいた母にさりげなく言われた一言。

 大声でも柔らかいト音でもなく、ただ、普通に話すように淡々と言われたそれだったが、言われた瞬間には胸が締め付けられて蛇口を捻って水を注いだコップを持つ手の震えが抑えることができなかった。

 私はいい子じゃない。

 私はダメな子。

 きっとそう言いたかったのだろうと推測できた。推測できて今度は腹部に重たい鉛を無理矢理入れられたような気持ち悪さに襲われる。

 それでもなにもできない。何にもできずに、半分諦めているんだろうけれども半分諦めていないからそんなことを言われたのだろうとまた推測できた。

 いっそのこと全部諦めてよ。

 どうせ何をしてもうまく行かないんだから。

 でも結局、本当に諦めきれないのは自分自身なのかもしれない。だから、こうして生きているし、嫌な気持ちにもなるし、諦められたらすべてを捨てられるはずだ。

 そして母は死んだ。

 癌が見つかって、寝たきりになって、病院に入院して退院のめどがたたなくなって、その期間は思えばあっという間だった。

 悲しかった。

 一人っ子の私にとって、両親が離婚していいたから、ゆういつの家族だった母が亡くなったのは、悲しくて泣いた。

 ただ、同時に解放されたという思いにもなっている自分がいた。

 もう、あのプレッシャーから解放される。もう、私に対して何も言う人はいなくなる。

 さて、これからどう生きようか。

 考えた時、一人取り残された気分になった。母がいなくなっただけで私というどうしようもない人間は変わらず存在している事実は何一つ変わらないのだ。

 生きる価値がない。

 わかってはいるけど、もう母も死んで自分自身へ諦めも付いたはずだが、いざ死ぬとかなると、どれだけその事象が痛みを伴うのかと想像するだけで怖がりな私は自ら死を選ぶことなどできなかったし、だいいち、自殺はいろんなものから逃げている気がしてそこだけは人間としてしてはいけない行為だという妙なプライドがあった。

 プライドなんてあったって何も役に立たないのはわかっているのにいっちょ前にある自分が嫌で仕方ない。

 そもそも、自分が嫌で嫌で仕方ない。

 どうして存在するのかもわからないし、消えてしまえるなら今にでも消えてしまいたい。

 ということを誰にも言えないし、それを言えない自分もまた嫌だ。

 母は私を産んで育ててどういう気持ちだったのだろう。

 最後の表情は、苦しみもなく静かに息を引き取った感じだった。人の平均寿命からすれば短い一生だったかもしれないが、人生自体は充実して全うしていたという証拠だろう。私という人間を産まれてしまったということ以外。

 人を産める機能を生まれながらに持ち合わせている私がゆるぎなく一つ心に決めていることは、私の遺伝子を受け継いだ人間は絶対に後世に残したくないということだった。

 正直、生きていて迷惑をかけるだけだし、何より私が生きていて辛いことばかりだったし、これからも辛いことばかりだろうし、生きていてよかったと思えることは少ないとわかっているからだ。

 迷惑や苦労をする可能性があるであろう人間をわざわざ生み落とすことはない。

 そんなとりとめもない思考と過去の記憶を今日も寝る前にベッドでごちゃ混ぜに巡らせながら、いつの間にか眠りにつく夜は内容の覚えていない悪夢にうなされる。

 うなされるとわかっていても、この悪い癖を止めらない私もまた嫌いだ。


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