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 私は、生前平凡な娘だった。

 そして、生まれ変わってからも……なんだか不思議なことに、剣と魔法の世界みたいなファンタジックな世界に生まれ変わったけど、それでも平凡だった。

 

 身長体重を含めた見た目も平凡なら、作るご飯は不味くもなく美味くもなく。

 何でもそつなくこなすけれど、突出したものもない。


 つまり、平凡。


 大抵の人が持っている魔力も平均的な量だし、運動も成績も庶民が通う学校の中ではど真ん中。

 これを平凡としてなんと言おうか!


(生まれ変わってもこれってどうなのよ……)


 自分の平凡さが恨めしい。とほほ。

 そんな風に思いつつも、両親も二人いる兄も私のことを可愛がってくれているし、家族で営む洋裁店は食うには困らない程度に儲かっている。


(……まあ、平凡でも幸せならそれが一番よね!)


 そんな風に思っていた時期が私にもありました!


 学校を卒業してそのまま家を出た兄たちに代わり店を継ぐために修行を始めた私は、お針子としての生活をスタートさせていた。

 兄たちは騎士になるための試験を受けて出て行ってしまったけれど、それでも手紙や都で人気の髪飾りを見つけては私に送ってくれている。

 両親は無理に家を継ぐことはないと言ってくれたけれど、私としては手に職を持ってお店もあるならその方が建設的だよなという打算で申し出ているので大変申し訳ない。


 そう、でもそんな平凡な私の、平凡なる日々は終わりを告げたのだ。

 

 ある日、私がドアを開けて少し先の井戸に、いつものように水を汲みに行った先で出会った厳つい男性に、跪かれる日までは……!


「どうか、この哀れなる男の妻となってはもらえないだろうか……!」


「は、え? あの、あなたさまは、えっと? 貴族の方、ですよね。えっと、あの! 頭を上げていただけませんか! 困ります……!」


 青みがかった髪に豊かな顎ヒゲ、年齢がその所為でわからないけれど、決して若いとは思えない。

 見た目からしてかなり良い服を着ているし、なんだか見たこともないような立派な宝飾品も身につけている辺り貴族だろうと判断して、私は呆気にとられるよりも周囲の目が気になった。


 だって、井戸よ? 庶民のみんなが使うのよ?

 そんなところですっごく身なりの良い男性がボロとまでは言わなくとも普通の木綿の服着た女に跪いているってすごい図じゃない? 噂のまともいいとこでしょ!

 私だったらそんな話を耳にしたら三日はいけるね。


「あ、あの、どちらさまか存じませんが、人違いではございませんでしょうか?」


「人違いではない。貴女は、この町の洋裁店『ルナティア』の看板娘、セリナ殿だろう」


「……合ってますね……」


「いやすまない、貴女の姿を見つけて逸る想いが止まらなかった。……唐突で驚かれただろう」


「はい、とても」


 思わず素直に頷いてから私は不敬で怒鳴られないかと思わず顔をひくつかせてしまった。

 なんせこの剣と魔法の世界、身分制度がなかなかグレーゾーンが多いのだ。

 貴族同士じゃなきゃ結婚できないとかそういう差別的なところがないかと思えば(さすがに王族は違うらしいけど)、ちょっとしたことでの無礼討ちとかは許されたりとまあ……もう少しこう、なんかないんかーい。


「戦帰りで、冷静さを欠いていた。だがどうか、気まぐれで求婚したのではないと知ってほしい」


 立ち上がった彼は、非常に背が高い人だった。

 私は何度もいうが、平凡な、群衆がいたら埋もれる程度のまさしく平凡な背丈なのでそれでも兄を見上げるよりずっと上に顔があるってすごくない? 兄だって決して低くないんだけども??


「えっと、あの、まずどちらさま、でしょう……」


「すまない、名乗りすら忘れていたとは……俺はイスハーク・ヴァヤジャダン」


「……ヴァヤジャダン、さま……」


 言いにくい名前だな?

 そう思ったところで、私はハッと気がついた。


(ちょっと待って)


 それって確か、この先にいる、『変わり者の将軍さま』じゃなかった?

 とんでもなく強くて、隣国との領土争いでめざましい活躍をして調停までもぎ取ったのにその容貌ゆえに貴族たちに嫌われて、あまりの鬼神もかくやな戦いっぷりから部下にも畏れられた結果大きな館を構えて田舎暮らしを決め込んだ人。


 噂によると、すでに三回結婚して、全部お嫁さんが行方不明になっているって……。

 もっと言うと、行方不明じゃなくてそれは将軍の怒りを買って“処分”されたんじゃないかっていう黒い噂まである……。


「どうか、イスハークと」


「え、いえそんな……さすがに初対面でそれはちょっと」


「む、そうか……」


 そんなすごい人が、平凡を絵に描いたような私に対して甘ったるーい声で名前を呼んでと言うんだから腰が抜けるかと思った。

 イスハーク・ヴァヤジャダンさまは、将軍という地位に相応しい立派な体つきで、青い髪とヒゲがボサボサしているのは多分さっき言っていた『戦帰り』の所為なのだろう。

 聞いた話じゃ年齢だって兄たちよりちょっと上くらい? だったかな……。

 噂を聞いた時は怖い人なのだとばかり思っていたけど、私を見つめる金色の目はなんだか蜂蜜みたいだ。


「だが、俺は貴女と初対面ではない」


「え? そうなんですか?」


「そうだ。貴女は覚えていないようだが、かの領土争いで駆り出された際に俺は洋裁店を訪ね、剣の下げ紐と外套の予備を買わせてもらったのだ」


 ヴァヤジャダンさま曰く、もうその頃から部下たちにも怖がられていて単独で買い物をすることも多かったけれど、商人にも怖がられるから既製品でいいからとっとと買ってしまおうと思ったらしい。

 なんでも軍の支給品もその当時は戦闘が激しすぎて支給品が滞ることもあったとか。それってどうなんだ。


「その際に、まだ幼かった貴女は俺に名乗り、気をつけてと優しく声もかけてくれた」


「え? そ、そうでしたか……?」


 それって普通じゃないかなって……。

 お買い物してくれたお客さまに行ってらっしゃいとかお気をつけてって言葉を添えるのって普通だと思うんだけど。

 困惑する私の方がおかしいのか?


 ついでにいうとご近所さんがすでになんだなんだと集まって、すっかり野次馬の壁(ギャラリー)できちゃってますけど!?

 

「……とにかく求婚されても今の私はお店を継ぐつもりの身ですし、それに身分差もありますし、ヴァヤジャダンさまのお人柄も存じません。ですから、その求婚はお断りさせていただきます」


 っていうか十歳の頃の私を見て覚えてたって言われても怖いけど、今日までの間に少なくとも三回は結婚してるんでしょ? それで何をどうやって『結婚してほしい』に繋がったのか、ロマンスの欠片もないわ!


 いや、普通に十歳の子どもに一目惚れしたから育つのを待っていたって言われてもぞっとするけども。


「そうだな、今日は性急すぎた。名乗りを上げられただけでも良しとせねば……改めて、訪問させていただこう」


「え、いえお断りします」


「それではまた」


「聞いて?」


 ヴァヤジャダンさまは、私の言葉を全スルーしたかと思うと軽やかに馬に乗り、去って行ってしまった。

 

 残された私が、当然のごとく質問攻めに遭ったのは……言うまでもない。

 しかも家に帰ったら井戸に水を汲みに行ってからどれだけ時間が経っていると思っているんだって叱られたしね!

 その通りだけど! その通りだけど!!

 

 私だって大変だったのに……心配して見に来てくれてもいいんじゃないって思ったのは、仕方ないと思う。

 一応、両親には事の次第を伝えたけれど……夢でも見たんじゃないかって笑われた。

 平凡なお前にお貴族さまが声をかけるなんてあり得ないってね。


 いや、わかるけど。

 

 結局両親は私の話を信じなくて、その後お店に来た常連さんから話を聞いて本当のことだと知って顔を青くしたのだった。

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