八
最近仕立てたドレスがメリハリのあるカリンの身体を下品に見えない程度の露出で引き立てていた。
淡い青に銀色の刺繍が美しい。
上品さの中にも可愛らしさと妖艶さが垣間見える素晴らしいドレスを着て、カリンは国民の前で微笑んでいた。
鍛え上げられた表情筋が全力で仕事をしている。
天井の無い馬車に、ヴォルフと並んで座っている。
大広間までの道の両脇に国民がずらりと並んで興味半分、疑い半分と言ったような感じでこちらを見ている。
やはりどの国も新しいものには排他的な部分が少なからずあるのだろう。
王室の面々は先に大広間に着いているとのことだった。
ゆっくりと進む馬車にそろそろイラッとしそうな頃、ようやく大広間が見えてきた。
同じような家や店舗が連なっていた王宮からの道が突然ぽっかりと開いた場所。
ここが大広場なのだろう。数百人が収まるくらいに大きい。巨大な噴水が中心で堂々と水を噴出している。
馬車が大広間に入ると、盛大な拍手と歓声で迎えられる。観衆の中心で馬車が止まり、ヴォルフが先に降りて手を差し伸べてくる。
・・・っほんと、この国の馬車は高いんだよ!
トアイトン王国の馬車はもっと低くて、さらに降りる時には足元に台が置かれるのが常識だ。
曖昧な顔で微笑んでいると、ヴォルフがあぁ、と呟いた。気付いて頂けたようでありがたい。
出来れば台を持って来て下さい。と言いかけた口が無駄に開かれた口だと分かるのはほんの一秒後のこと。
助走もつけずに飛び乗り、カリンを横抱きにしたヴォルフに、リョウが重なる。
数百人の歓声が耳を貫く頃には私は地面にいた。
『ありがとうございます。』
そっとヴォルフに礼を言うと、微かに頷かれただけだった。
馬車が端の方に寄せられ、王様が椅子から立ち上がるまで国民達は各々、主にカリンへの感想を述べ合っていた。
それでも、王様が立ち上がると口を閉じるのだから王様は慕われているのだろう。皆キラキラとした視線を送っていた。
「皆の者。隣国から我が息子に嫁いでくれた美しい姫君に、今一度歓迎の拍手を。」
王様のよく通る声が国民に語りかけると、割れんばかりの拍手で、地面が揺れた。
本当に割れないか心配になったのは初めてだ・・・。
王様が頷くと、拍手はぱたりと止む。
「カリン、こちらへ。・・・歓迎の印に、我が国の象徴、ドラゴンを見せよう。」
空から凄い勢いで赤い塊が落ちてきた。
風圧に押され、ぐらりと揺れたのを見て、ヴォルフが腰に手を回してくれたので何とか倒れずに済んだ。
ぱちぱちと瞬きをして目を慣らすと、そこには人間の数十倍の大きさの真紅の鱗が美しいドラゴンが大きく羽を広げていた。
『奇麗・・・。』
思わず溜息をつきたくなるような、美しい姿だった。
きっと私の瞳は子どものように輝いているだろう。
トアイトン王国ではドラゴンはほとんど見られなかった。見られても、ここまで大きい種は絶対に無理だ。
王室の面々は、今まで崩れることの無かったカリンの微笑みが驚きの表情に変わり、その瞳がキラキラと輝いているのを見て男女問わずその美しさに見惚れていた。
艶やかな鱗はどのような触り心地なのだろう。と考えるカリンはそのドラゴンの異変に気付く。
しきりに下を気にして、微かに苛立っている様に感じたのだ。
不思議に思い、ドラゴンの下を見ると、その爪ほどの大きさの塊が、ドラゴンに向かって両手を広げていた。
・・・ドルフォ様!?
間違えるはずがない。癖のある銀髪。昼に王妃様のお膝で眠っていたヴォルフの末弟である。
どうして?と頭が考えるよりも先に、身体が動いていた。
ドラゴンが微かに口を開いたのが見えたのだ。
腰に回されていたヴォルフの腕は力なんて入っていなくて、簡単に振り払えた。
重たいドレスじゃなくて良かった、と思いながら走りにくいヒールを脱ぎ捨てて駆け出す。令嬢としてはあるまじき行為だが緊急事態である。先程まで感じていた踵の痛みなど感じ無くなっていた。
「カリンっ!?」
背後から王様の声と微かな騒めきが聞こえたが気になんかしていられない。
小さな身体を抱きしめたと同時に、甲高い悲鳴と低い響めきが耳に入る。
反射的に小さなドルフォを抱き込んだカリンの背に、ドラゴンの炎が降り注ぐ。
誰もがもう駄目だ、と目を瞑った。次に見えるのは黒焦げた塊か、ただの煤けた地面か、と誰もが思った。
王妃様など恐怖で気を失いそうになっている。
ドラゴンの圧倒的な力に誰一人としてその場を動くことは出来なかった。
炎が消えた時、その場に響いたのは幼児の泣き喚く声だった。