六
通された部屋は、日当たり良い広々とした部屋だった。
大きなベッドは寝心地が良さそうだ。今すぐにでも横になりたい気持ちを抑えて部屋を見渡す。
クローゼットだけで他の一部屋分くらいの広さだ。中には先に運び込まれていたドレスや靴が綺麗に並んでいる。クローゼットが大きすぎてスペースが余っていた。
『モカ、ミルティア、フィナンシャリー、まずは身支度を手伝って頂けるかしら?』
後ろに控えていた三人に声をかけると、三人の尾がパタパタと揺れる。
「かしこまりました!入浴からで構いませんか?」
モカが入浴を介助しようと腕まくりを始める。
『えぇ。時間が無いから手短にお願いできる?』
「お任せ下さい!」
「カリン様、なんて綺麗な髪の毛なんでしょう。」
黒く艶やかな髪はモカの手によって美しく結い上げられている。ケイト兄様から頂いた髪飾りが輝いていた。
「お肌もまるで陶器のように白く滑らかで。お顔立ちもとても美しい・・・!」
ミルティアが施した化粧は、派手過ぎず、それでいて失礼になるような薄さでもない。
カリンの整った顔がより一層引き立っていた。
「お身体も出るとこは出て、締まるところはしっかり締まっていて、とても綺麗でいらっしゃいます。コルセットも詰め物も必要ないなんて!」
トアイトン王国から持ってきた、露出の少ない昼用のドレス。
メイド達は揃いも揃って、ほぅとため息をつく。
「さぁ、もうすぐ出発の時間です。準備は大丈夫ですか?」
扉の外からシュクルの声が聞こえる、
『えぇ。問題ないわ。』
長い廊下を進み、もう随分歩いた。
新しいヒールに少しだけ踵が痛むが、気になるほどではない。
「トアイトン王国カリン・フォーサイス公爵令嬢様がご到着されました!」
ゆったりと開かれる重厚感のある大きな扉。
頭を垂れながら美しい姿勢を意識して進む。
「顔を上げてくれ。____ほぉ、美しいな。」
柔らかなバリトンボイスにゆっくりと顔を上げる。
高い天井に、大きなシャンデリアが存在感を放っている。
少し高いところに銀髪の男性が座っている。見た目は若々しいが、獣人族は見た目の年齢が変わりにくいという。隣には美しい金髪の女性が寄り添っているが、こちらは人間のようなので、きっとこの方が王様なのだろう。女性の膝には小さな銀髪の幼児がうとうととしている。
下には護衛らしき騎士たちと、子どもたちと思われる王様と同じ銀髪が並んでいる。
「さぁ、これから家族になる者達の顔合わせなんだ。力を抜いておくれ。」
『ありがとうございます。御挨拶をさせてください。』
「頼む。」
『はい。トアイトン王国から参りました。カリン・フォーサイスと申します。先日十七になりました。
本日は私のために歓迎の儀をして頂けるとのことで、深く感謝申し上げます。
早く皆様の一員と認めていただけますよう、精進して参ります。』
「うむ。よろしくたのむ。
ではこちらも名乗ろう。私はベルトュルフ。これは妻のイルヴァだ。祖国が同じもの同士仲良くしてやってくれ。
子どもたちは下から二歳のドルフォ、十三のアドルフィーナ、十五のグンドルフ、そしてそなたの旦那となるヴォルフだ。二つ上の娘はセントタウンに嫁いでいる。いずれ会うだろう。彼女はその際に紹介しよう。
そして、その上は二十五になるアンドュロフだ。嫁のエマは第二子が生まれたばかりでな。席を外しておるのだが、歓迎の儀では顔を合わせるだろう。」
『ご説明感謝致します。』
「そんなに畏まらなくてもよいぞ。さぁ、それではヴォルフ、カリンに宮を案内しておいで。」
「はい。」
返事をしたヴォルフはスタスタとカリンの元へ来て膝を折る。
差し出された手に軽く掌を載せると、参りましょうと形式ばかりのセリフを言うが、カリンは既に感じていた。
ヴォルフの放つ冷たい空気。自分に向けられた嫌悪。決して交わることの無い視線。
二人きりになってからそれはより顕著に現れた。
こういう場合、身分が上の者が下の者に話しかけるまで、話さないのがセオリーである。
それをわかっているのかいないのか、言葉をかけられることはない。
賢いカリンは一瞬で自分の役割を理解した。
自分はお飾りの妻だ。そのための離宮なのだ、と。
普通は悲しむのだろうか。
彼と結婚したい者は大勢いるだろう。
190cm近い長身に、バランス良く付いた筋肉が服越しにでも分かる。
そして、嫉妬してしまうほど癖のないさらさらと流れるストレートの銀髪。
同じ色の睫毛は羨ましいほど長い。その中の瞳は驚く程不思議な深い青で、すっと通った鼻筋が美しい。唇や肌も乾燥など一切知らなさそうだ。
美しい人の顔が笑顔でないと、こんなにも冷たい印象を与えるものなのか、とカリンは改めて思う。
うちの兄姉の三人も身内から見ても美しい顔をしていると思う。彼らは私に対してはいつも柔らかい表情をしているが、そんな彼らが本気で表情をなくした時を思い出し、背筋に冷たいものが走る。
そんなことを考えながらも、ヴォルフの淡々とした説明に相槌を打つ。この途方もない広さの王宮の案内が続くのかと思うと、踵がじくりと痛み出した。