三
沢山の荷物を包んだ箱の中を全て確認して、一足先に荷物だけ送るために業者に引き渡す。
これでも貴族の娘が嫁ぐ際の荷物としては平均の半分以下で、お父様にも心配されたばかりだ。
元々あまり物を持つような性格ではない。良いものを必要な分だけ買う性分なのだ。
業者とは入れ違いに、アラン兄様とケイト兄様、ダリア姉様が部屋に入ってきた。
『どうかなさいましたか?』
下ろそうとしていた腰を上げてお茶の用意をしようとティーポットへと足を向ける。
「特に用はないぞ。あぁ、お茶は要らないよ。」
その一言で、行き場のなくなった足を止める。
『では、何故?』
アラン兄様が笑う。
「可愛い妹が明朝には他国へと旅立つのだ。会うのに何か理由は必要か?」
他の二人も頷いている。
『いえ、ありがとうございます。』
素直に嬉しいと感じた。元々、うちの兄弟の仲は悪くないのだ。上の三人は末っ子の私をとても可愛がってくれるし、私もそんな兄達が大好きだった。
今もその気持ちは変わっていない。
「カリン、俺たち三人からプレゼントがある。受け取ってくれるか?」
アラン兄様が照れくさそうに笑った。
兄弟お揃いの漆黒の髪がライトを反射しながらさらりと揺れる。
『まぁ、お兄様方が?ありがたく頂戴します。』
「良かった。では、まずは俺から。」
そう言ってアラン兄様が取り出した箱の中には、 ワインが入っていた。
「お前が生まれた年の赤ワインだ。もうあと十年もすれば最高の味わいになるだろうと言われている。十年後、一緒に飲もうじゃないか。」
『ありがとうございます。十年後までにワインの味がわかる人になっておかなければいけませんね。』
あぁ、楽しみだ。とアラン兄様は頷く。
「じゃあ次は私ね。」
はい。と手渡された箱には、綺麗な装飾を施された鏡が入っていた。
「カリンの美しさはきっとこれからも時に武器として、時に盾として、貴女をまもってくれると思うわ。その美しさを保つ努力、怠ったらだめよ?」
ダリア姉様の白くて長い指が頬に触れる。
『はい。ありがとう、ございます。』
「最後は俺だね。はい、これ。」
ケイト兄様からは花の髪飾り。
ピンクの5枚の花びらが美しい綺麗な花だ。
「エルフの加護の魔法が掛かっている。妹を直接守ることが出来ない兄として、これが代わりにカリンを守ってくれる。できるだけつけていて。」
一本の長い三つ編みを揺らして、ふわりと笑う兄様に胸がじんわりと暖かくなる。
『はい。肌身離さず、付けます。』
アラン兄様、ダリア姉様、ケイト兄様、三人を見渡すと、心臓がぎゅう、となる。
それは痛いくらいに締め付けてきて、目の奥を熱くした。
「カリン?・・・泣いているのか?」
黙る私の顔を、背の高いアラン兄様が覗き込む様にしてみる。
「えぇっ?」
ダリア姉様が駆け寄ってくる。
「どうしたんだよ!らしくないな・・・!」
アラン兄様が昔してくれたように頬を両手で包んでむにむにとつまむ。
自分と同じ紅い目が六つ、心配そうにこちらを見ていた。
『その・・・あまりに、あまりに嬉しくて。お兄様方のお心が、お気持ちが・・・。』
ぎゅう、とダリア姉様がアラン兄様を押しのけて抱きついてくる。
自分よりも背の高いダリア姉様のドレスに涙が染みてしまう、と慌てて離れようとすると、さらに強い力で抱きしめられる。
「ずっと、頑張ってたものね。やりたい事も、寝る時間さえも我慢して・・・。」
ケイト兄様がハンカチを取り出して涙を優しく拭ってくれた。
「明日は婚姻の儀なんだよ、目が腫れたら大変だ。うちの妹はこんなに美しいんだぞって見せてやらなきゃいけない。」
アラン兄様はそんな私たちを涙を堪えて見つめていた。
今日は、今日だけは、兄弟水入らずで別れを惜しんでも許されるだろうか。
ダリア姉様の背にそっと腕を回してその温もりに身体を預ける。
アラン兄様の大きな手のひらが頭を撫でる感触に目を閉じ、寂しい気持ちを必死に押し殺した。