二・五
ヴァプール王国の王様視点です。
自室で昼食をとったあと、食器を下げる使用人に話しかける。
「ヴォルフは何処だ?」
使用人は動きを止めてこちらを向く。
「はい。本日は魔物の森の国境付近にて討伐をなさっております。お帰りは二十時くらいなるかと。」
うむ、と頷く。
討伐ならば仕方がない。
私の次男はこの国で一番の強さを誇っている。
私や長男は腕っ節や剣の腕よりも頭の方が人一倍秀でていた。
「そうか。到着次第私の所へ来るようにと伝えてくれ。身支度の後でいい。」
「かしこまりました。」
下がって良い。と言うと部屋の中には妻のイルヴァと自分の二人だけとなった。
「ヴォルフは大丈夫なのだろうか。」
「大丈夫ですよ。私たちの子はとても強いですから。」
「討伐のことでは無い!」
クスクスと笑う妻を見て、からかわれたのだと分かった。その妻の笑顔が堪らなく愛おしくて、その艶やかな金髪を撫でる。
「やはり君の髪は綺麗だ。私たち獣人は何故父方の遺伝子が多く受け継がれるのだろう。」
「私は貴方の銀色の髪の毛も、柔らかな耳も、優しい尾も、全て愛おしいですよ。子ども達に貴方のその愛おしいところ全てが受け継がれて良かった。」
「君は、昔からそうだったな。トアイトン王国から嫁いできた時も。」
「あの時は私の家が陥落したばかりで、それを救って下さった旦那様には感謝してもしきれません。」
「私は人間に良いイメージを持ってはいなかった。母も私一人を産んで亡くなってしまったしな。」
王家は昔からのしきたりで人間の妻を迎えることが義務とされている。どれだけ人間と交わっても獣人族の血は薄まることは無い。だから、獣人族と交わるよりも人間と交わる方が双方の種族のいい所が受け継がれると信じているのだ。
「君が私の元へ嫁いできてくれて、本当に良かったと思っている。君は私に良い影響を沢山与えてくれたし、何度も君に救われてきた。ヴォルフにとっても、トアイトン王国の公爵家の娘がそうである事を切に願うよ。あいつは少し気難しいからな。」
「えぇ、そうね。昔の貴方にそっくりだわ。」
参ったな、と頭を搔くヴァプール王国の王の尻尾は大きく左右に振られていた。
「只今帰りました。」
二十時五分。妻と共に無事に帰った息子を迎える。
入りなさい。と言う声の後にゆっくりと扉が開く。
「今日の討伐はどうであった。」
スタスタの目の前に来た息子には、着替えてはいるが魔物の血の匂いが染み付いていた。
「はい。近頃魔物が増え始めており、数の多さに少々手こずりましたが特に問題はありませんでした。」
無表情で答える息子。
昔のヴォルフも少しは可愛げがあったというのに。
「そうか。魔物が増えているのは少し気になるところだな。引き続き討伐に励むように。・・・それで、ヴォルフ。」
「はい。」
「お前にトアイトン王国から公爵家の次女が嫁いでくる。名はカリン。カリン・フォーサイスだ。」
ヴォルフがはっと息をのむのが聞こえた。
「・・・お言葉ですが父上っ、」
抗議しようとした息子の言葉を遮る。
いつもなら絶対にしないことだが、この息子には少し灸を据えなければならない。
「そろそろお前も分かっているだろう。十七になる前から何度そうやって見合いも嫁ぎ話も断ってきたのか。お前は何歳になったのだ。」
「二十歳になりました。」
「そうだろう。お前は最後の見合いの後に言っただろう。二十歳になったら嫁を迎えるから、それまでは好きにさせて欲しいと。」
父の真剣さが伝わっただろうか。
お前はこのままだとダメになる。かつての自分のように妻を娶ることで何かを得て欲しい。
そう思ってしまうのは親心の押し付けだろうか。
「はい。言いました。でも、」
ヴォルフは眉を寄せ何かを言いかけて考える。
「でも、なんだ?」
息子の望みならなんだって叶えてやりたい。出来ることなら婚姻の無理強いなどしたくもないし、しきたりなど息子達のためなら糞くらえだ。
しかし私は七人の子どもたちの父であり、そして、六百万人の国民の王でもある。
私情を挟まずに、国のためにどちらをより優先するべきかは火を見るよりも明らかだ。
「いいえ。・・・分かりました。嫁を迎えます。・・・ですが一つだけ良いですか?」
息子の了承の言葉に胸を撫で下ろす。
「申してみよ。」
「南の離宮。あそこに我が次期妻を住まわせてください。」
聞けるわがままならなんだって叶えよう。
「ほう。二人のために新しい離宮を建てても良いのだぞ?あんな外れにある小さな離宮なぞ使わなくても。」
「いえ、私は今まで通りこちらで暮らします。心配しないでください。跡継ぎはきちんと残しますので。」
それは・・・。国交にも影響が出てくるのではないだろうか。
「いや、しかし・・・。」
「この条件を飲み込んでくだされば私は人間を妻に迎えます。」
・・・。
少しの沈黙が流れ、私は答えを出した。
「分かった。婚約の儀は一週間後だ。その後に歓迎の儀も合わせて行う。討伐の予定を開けておけ。」
歓迎の儀を盛大なものにしよう。
トアイトン王国公爵家の次女、カリン・フォーサイスはとても優秀な女性だと聞く。
どうか、ヴォルフを変えてくれることを願おう。
「はい。お話は以上ですか?」
「あぁ、戻って良い。」
「失礼しました。」
足音のしなくなった扉の奥を見つめる。
「・・・イルヴァ、どう思う。」
「本当に、貴方そっくりの可愛い息子ですわ。」
ふんわりと笑う妻の横には、長い溜息をつき、耳を伏せる王の姿がそこにあった。
次回からは主人公の視点へ戻ります。