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【第一幕】群れを外れた羊は丘を登らない-Rough Landing ,Hollyhock-

お互いピアノなんて全然弾けやしないのだけど、時たま触っていたら簡単な曲なら出来るようになった。

 エリックサティの"ジムノペディ"パッヘルベルの"カノン"バッハの"メヌエット"……どれも完璧ではないがメロディは追えている。特に夢前は上達が別次元。この前なんか、半分くらいだけどリストの"ラ・カンパネッラ"を弾いてた。あれは聴いているこっちが顔を顰めるようなバカ曲なのに、こいつはちゃっかり弾いてしまう(難し過ぎて弾けてんのか知らんけど)。

 料理や散髪もそうだが、実に器用な女なのだ。

 つうか、器用過ぎる。


「じゃー、今日は何をやりますかね兵悟さん」


 ピアノ椅子に腰掛けて、腕まくりをしながらこちらを見てくる夢前。なんだか、機嫌が良さそうだ。


「あ、連弾でもやろうぜ。超簡単そうな曲で」

「おお、いいよー」


 僕は音楽の教科書を広げて、自分でも弾けそうな曲を探す。こいつはどうとでもなるだろうけど、素人同然の僕は好きな曲より難易度の低いものの方が手をつけやすい。特に、連弾なんかの奏者双方の息が合ってないと成り立たないものは、なおそうだろう。

 前は無理にショパン作曲の練習曲やって二小節でギブアップしたっけか。あれは選曲が悪かったな。

"革命のエチュード"

 全然、練習曲じゃないとだけ言っておく。

 特に左手。


「これでいいか」


 ショパンの悪夢が蘇ってきたのもあって、一番初めに乗っていた曲、"夕焼け小焼け"のページを開く。

 譜面立てに置いたそれを見る為に、夢前が体をこちらにくっ付ける。近い。


「ああ、懐かしいね。それはさすがに初見でいけるでしょ」

「お前は一回見ただけでいけるかもしれんが、僕は無理だ」


 音楽の才能の無さは誰にも負けない。


「えー、じゃあ兵悟さん右手やって。さすがにメロディ分かるでしょ」


 そう言うと、座ってた位置を交代。

 わざわざ立つのも面倒なのか、一旦僕の膝に乗ってから横にずれていく夢前。

 スカートが少し寄ってる。


「重い」

「うるせー」


 位置が入れ替わったところで、夢前が譜面通りの和音を鳴らし始める。しかも、ちゃっかりアレンジもしてやがる。リズムが譜面よりも細かく、音が増えてる。器用なもんだ。


「伴奏に装飾音符つけ過ぎだろ」

「いいじゃん、連弾の伴奏だし。好きに弾くのが一番」

「メロディが殺されるやんけ」


 僕はいつも右手のメロディーを夢前に教えてもらってるから、自分で出来そうな譜読みは左手しかしてない。その為か、一応確認と思って右手の譜面を読んでると、たまにヘ音記号で読んでしまって、変な音域になる。

 無意識って怖い。


「よさそう? 一回やってみたいんだけど」

「ん。いいぜ」


 一通り通せるようになったのを見計らって夢前が声を掛け、練習が終了する。

 ピアノの下にあったメトロノームでテンポを60に設定。カチ、カチとゆっくりな一定のリズムが流れる。


「いち、に、せーの」


 夢前の合図で伴奏が始まり、音楽室が懐かしい雰囲気に早変わりする。

 音楽っていうのはなんでこう、ガラリと空気まで変えてしまう力を持っているのだろう。当時の思い出も一緒に蘇ってくるこの感覚、凄まじい。


「ゆーやけこやけで、ひがくれーて」


 僕の弾くメロディに合わせて夢前が口ずさむ。どこか昔に想いを馳せながら、思い出しながら歌う。


「やーまのおてらの、かねがなるー」


 そうだ。僕も思い出した。この歌って夕方の帰りのチャイムの曲だ。良い子は帰りましょうとアナウンスが流れてからこの曲が掛かるんだ。

 毎回聞いてたから、意識してなかったのだろう。慣れていると忘れてしまう事もあるのだ。


「かーらすといっしょにかえりましょー」


 途中でつっかえた僕を見て笑いながら、無事に終了する。

 連弾といっても、夢前の伴奏に合わせて弾いてただけだ。メトロノームのリズムからも外れていた。たぶん、遅くなったり速くなったりしていたのだろう。音楽的評価としては高いものは期待できない。

 でも、結果的には楽しかった。


「兵悟さん走りしすぎだよー。もっとわたしに合わせて」

「お前だってアレンジし過ぎてもたついてたじゃんか。お互い様だろ」

「やー、その指摘はお恥ずかしい。じゃ、もう一回ね」


 そうやって何回も繰り返して、気付けば、夕焼け小焼けで丸々授業が終わっていた。

 チャイムの音が、ちょっと恨めしい。

 さて、次は二人で何をしようか。

 教科書をめくる音が妙に心地良かった。

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