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【第一幕】群れを外れた羊は丘を登らない-Rough Landing ,Hollyhock-

僕らの寝床として使ってるショッピングモールのニ階には、家具屋の一部を勝手に改造した簡易自宅がある。

 互いに生活に必要な物をどっかのフロアから持ってきて、暮らせるようにしたのだ。

 なんせショッピングモール。飯も家電も娯楽も全て揃っているし、当然施設類も使い放題。

 調理がしたいならフードコートのキッチンを使えばいいし、風呂ならスポーツパークのを使えばいい、映画もセルフサービスで好きなのを観れる。

 着替えは服屋で選んで、寝るならこの家具屋のベッドを、本なら本屋でいつまでも。

 自分らで扱える物で事足りる。生活になんの不便もない。

 それがここでの暮らし。

 僕たちの日常。


「切りすぎじゃないか? 確かに邪魔ではなくなったけどさ」

「前髪ぱっつんにされたからお返し」


 そう。

 髪を切るのだって自分らで出来てしまう。

 一人じゃ難しい事は二人ですればいい。

 ほら、後ろの髪切るのとか、一人じゃ無理だし。


「良いじゃん。ぱっつん。可愛いじゃん」

「兵悟さんに言われてもなぁ」

「僕の趣味に染まれ」

「じゃあ兵悟さんもわたし好みに」


 互いにこうしておもちゃになるのはお決まりで、怒られない程度にやり合っていく。

 変な髪型になったら自分に跳ね返って、要望を無視すれば自分も無視される。

 だから、ちょうど良い。一人で見る鏡より二人で見る鏡の方が、面白い。

 僕好みになった夢前は、その僕を自分好みにするように――


「お、いい感じ」


 夢前の様子を窺うに、どうやら仕上げに襟足を整え終わったようだった。

 二人で鏡に写る僕を確認する。そこには、思ったよりも普通で、無難なヘアーになった僕がいる。

 実に学生らしい髪型だ。


「ふふん、ナチュラルマッシュ。パーマとかいらない自然なマッシュヘアでスタイリングも楽々。どうすっかお客さん」


 どや顔がうざい。うさぎのくせに。


「お前こういうのが好きなのか」

「あれ、感想は」

「お前こういうのが好きなのか」

「ねえ、感想」

「お前こういうのが好きなのか」

「感想……」


 何秒間か夢前の目を見つめてみる。


「……ぶっちゃけ好きです」


 そしたら小声でふてくされたような顔をされた。言わされたのがそんなに恥ずかしかったか。

 しかし、僕がこいつの髪を切ってやったのと同じくらいな雰囲気を突いてくるあたり、お互い性格を知り合ってる。

 前回なんか二人して刈り上げを入れる羽目になった。

 あの時はこいつが先行で、僕は冴えないサッカー部、こいつは代官山のしゃれた新人美容師という組み合わせになった。

 いや、なんで僕は冴えなくて、お前は似合うのか。


「で、まあ、さすがにマッシュは前髪流した方がいいからね。ぱっつんは勘弁してあげたよ」

「さすが代官山」


 夢前の手が僕の髪を撫でる。微妙にくすぐったい。

 ケープを脱ぎ捨て、散髪タイムが終わる。僕らはふうっと、一息吐いてから立ち上り、散らばった髪の毛をほうきで纏め始める。

 薄い茶色と、濃い黒色。

 短い髪と、少し長い髪。

 集められるそれら僕らの髪で、この街で過ごした時間の長さを示す。

 どのくらいの期間なのだろうか、あまり考えてない。ただ、確かにここでその時間を過ごしたという事だけがある。

 一体何日この街にいるのだろう。あまり覚えていない。


「結構切ったな」


 集め終わった髪の束を見る。当たり前のように黒色の方が多い。まあ、夢前は全体をすいて、前髪切ってやっただけだしな。殆ど前と変わってないのが現状だろう。


「兵悟さん、その位の方がイケメンっぽくて良いよ」


あらかた髪を集めたところで、夢前が箒をついて壁に寄り掛かる。僕の髪を眺めてたようだ。

「もともとイケメンに一票」


「死票で」


 ニヤニヤしながら見てくるそんなぱっつん女子。憎たらしい顔しやがる。


「でも、本当にいい感じだよ」


 僕も手を止めて、改めて鏡に映る自分の姿を確認する。

 毛量が軽くなっただけだけど、さっきまでとは印象がまるで違う。

 切る前は全体的にもさついてて、どこか陰気なオーラが出た、根暗サッカー部だったけれど、今は割と好青年。たぶん中堅のサッカー部くらいには見えるだろう。

 いや、僕サッカーやってないんだけどさ。


「お前はなんかこう、相変わらず丸顔うさぎって感じだな」

「なにそれ。素直に可愛いって言えばいいのに」

「夢さん可愛いぞ」

「惚れそう?」

「ないな」

「やー、なんか恥ず」


 ほうきで顔を隠したようだが、当然全く隠れてない。おまけにまだニヤニヤしてる。こんなので喜ぶなよ。単純か。


「喜んでないしっ」

「そういうのいいから」


 ――さて、次はどんな髪型にしてやろうかな。

僕もこいつも、互いにそんな事を思っていて、それも互いに分かっているのだろう。

鏡に映る僕らは、同じ表情を浮かべている。

変わらないな、僕らは。

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