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【第一幕】群れを外れた羊は丘を登らない-Rough Landing ,Hollyhock-

「で、今日の晩飯どうするよ」

「カツ丼が食べたい。半卵乗ってるのね」

「あれ、お前ってカツ丼好きだっけ」

「好きだねー。女子力下がる気がするけど、美味しいから好き」

「食い物でも上下するのか。大変だな」


 その女子力の加減法に、他に何が減として扱われるのかを議論しながら、僕は自転車の後ろに夢前を乗せ、ショッピングモールを目指す。

 相変わらず僕の背中に体を預けて楽してやがるだけど、正直背中がくすぐったいからやめて欲しいものだ。

 結構ムズムズする。


「かゆいの?」

「お前のせいでな」


 ほんのり温かく、ほんのりぬくもりを実感する。

 僕とこいつがもし、いわゆる恋人的な組み合わせだったら、この状況にドギマギする瞬間なのかもしれないけれど、やはりそうはならないのは、世間的に『友達的』存在というヤツだからだろうか。

 ……いやまあ、こいつとは幼馴染なので、僕から言わせてもらえば『友達的』なんて軽い言葉で表したくないのだが。

 夢前は、車輪のキイキイ鳴る音に合わせて何だかリズムを取っては、鼻歌を歌っている。

 今更僕はどうも思わないが、はたから見たら結構うっとうしいかもしれないその行為に、例の女子力どうのこうのの話を思い浮かべてみた。

 減点。


「やー、部分点もないのー」

「マイナスされてる時点でねえよ」


 まあ、はたから見る奴なんていないから知らないけどさ。


「あ、兵悟さん、今日もゲーセン寄ってくの?」

「おお、そうするか」

「分かりやしたー」


 踏切を越えた辺りにある、件のゲーセンが遠目に見えて来たところで、少しスピード緩める。

 最近見つけたクレーンゲーム専門の店で、その類のゲームが好きな僕としてはお気に入りの場所である。

 もちろん、店員も客もいない為、飽きるまで時間を潰せる。

 お金も必要ない。

 この街の施設は、実質僕らの物なのだから。


「クレーンゲーム、夢前もやってみようぜ。意外にハマるかもしれん」

「えー、わたしそういうの苦手だからいいよ」

「なら、一回だけ。一回だけでいいから」

「あらー、言い方に悪意を感じますね」


軽く背中に頭突きされる。運転中だぞおい。


「悪意? 初めて聞く言葉だな」

「あれー常識置いてきちゃったの? 兵悟さんしっかり」


 閑散とした街に自分たちの声が響く。本当に二人だけなんだなと、これまた改めて思う。

 何故、人が居ないのか。

 そんな事すらもあまり気にならなくなった今、孤独だとも思わない。

 ただ僕らしか居ないだけ。それだけの感情。

 そこに疑問すらも、もう沸いてこない。


「着いた」


 甲高いブレーキ音を立てゲーセンに到着する。聞き慣れてきたビッグバンドの曲が少し外に漏れている。

 "スイングしなけりゃ意味が無い"

 変な曲名だ。


「女子的には、ゲーセンデートってどうなの」

「デートねえ」


自転車を停めたと同時、先に夢前が降りて、考え込む素振りをわざとらしくし始める。

 いつも思うが、こういった、男では分かりにくいところを気軽に質問出来るのが幼馴染の良い点だろう。

 まあ、この街でデートなんて、強制的にこいつとしか出来ないのだが、一応参考にしておきたい所存なのである。


「男の子がうまかったらいいんじゃない? それ見てこっちは反応出来るし」

「惚れちゃう?」

「えー、そこまではないよー」

「だよな」


 僕は荷物を肩に掛けて入口に立つ。髪を手で整えていた夢前も横に立つ。

 …………。

 しかしこうして近くで見ると、身長が僕よりも低くて丸顔だから、小動物感がある。例えるなら小さいうさぎ辺りだろうか。本人はニンジン嫌いとか言ってたけど、やっぱうさぎって感じがする。


「かば焼き?」

「それうなぎな」


 なぜか含み笑いの表情を浮かべられたので、目を逸らしといた。何こいつ、と内心突っ込んでおく。

 同時に目の前の自動ドアが開いて、店内の音が一気に外に流れる。

 誰もいないのに、騒がしい……なんて不可思議だ。

 店内は結構は狭い。クレーンゲーム機五台がキツキツに並ぶ程度の大きさだ。


「あれからいくか」


 ふと、目についた一番の端の台に行き、僕はポケットから設定を弄る鍵を出す。

 この鍵があれば遊ぶ回数を自由に増やせる。ボタンを押すだけでお金を入れた時と同じ仕様になるのだ。

 もちろん店員用の機能で、普通は使えない。僕専用である。


「これなんのフィギュア?」

「んー?」


 せっせと筐体にかがみ込んで回数を弄る僕に、景品を指さしながら首をかしげる夢前。

 顔だけ上げて見れば、箱に銀髪の女の子が可愛いらしい衣装を着てマイクを持っているのが描かれていた。

 その界隈じゃ有名なキャラクターだ。


「ああ、"とあるアイドルの育成ゲーム"のメインキャラだなそれ。少し前にはアニメもやってたぞ」

「へえ。面白いの?」

「可愛い女の子を自分好みにプロデュース出来るのがいいな。プレイヤーをプロデューサーさんって言ってくれるとこも萌える」

「プロデューサーさんっ」


 お前に言われてもな。


「で、何回くらいで取れそう?」

「このパターンなら四回、良けりゃ三回でいけるかな」


 設定が終わり、筐体に向かう。

 構成は割と単純。手前の穴に景品をずらしながら落とすというよくあるタイプだ。なんら難しいテクニックはいらない。


「見ただけで分かるの?」

「大体パターンが決まってるからな。何となくは予想できる」

「へー。さすがでござるなー」

「……なんなのそのキャラ」


 早速横移動ボタンを押してアームを動していく。

 こういうのは取れる流れに気付けば、基本出来るようになっている。一見検討外れのような場所にアームが行っても、流れさえ守ってれば予想だにしない動きをしてちゃんと落ちるのだ。

 その辺は実に考えられている。素晴らしいものだ。


「まずは奥。箱が斜めになったら手前。ここで箱が真っすぐに戻れば後はちょっとずらすだけ」


 ついでなので、横にいる夢前に教えるようにやっていく。

 割と景品が動くから見てるだけでも楽しめるのだろう。ちょくちょく体を動かしながら反応している。


「……よし」

「うまーい、兵悟さんすごー」

「じゃあ、はい」


 景品が良い感じに落ちそうになったところで、僕は夢前に台を譲ってみる。実際に落とした時のあの鳥肌感を、是非とも体験して欲しいと思っていた。

 首を傾げて夢前は言う。


「え、ここで? わたしこれ系ホントに下手なんだよ?」

「大丈夫。これならどこにアームが触れても落ちるから」

「やー、それすら台無しにしちゃうよ」


 そう言いつつもどこか楽しげな夢前は、ボタンを慎重に考えて、ゆっくりと押していく。

 横と縦の軌道が決まり、軽快な効果音と共に落ちていくアームを、二人して前のめりで見守る。


「おお」


 そのままアームが丁度箱の角をつつき、下に押し出されて見事に景品口に落ちる。

 見ている側も思わず歓声を上げてしまう瞬間だ。

 これは嬉しい。


「いえーい」

「な、言った通り落ちただろ?」

「さっすがー、兵悟さんさっすがー」


 屈んで景品を取る夢前に、僕は近くにあった景品用の袋を渡す。

 正直、例の鍵を使えば景品なんか持って帰れるのだが、やっぱりクレーンゲームはやるのが楽しい。 

 景品自体はオマケみたいなモノ。取れたら取れたで満足してしまう。

 取ってきた景品は、案外未開封のままだ。


「お?」


 見やれば、夢前は屈んだまま携帯を構えて何やらこちらを見ていた。どうやら携帯で僕の写真を撮っていたらしい。

 声掛けてくれよ。


「今の顔良かったからさ」

「なんだそれ」

「なんだろうね。分かんない」

「で? どうよ。結構暇つぶしになるだろ」

「うん、いいと思う。落とすのだけだったら」

「……それはそれでつまんなそうだ」


 すると「あ!」と、いきなり立ち上がり、何か閃いたご様子の夢前さん。

 いつも思うが、ツチノコでも発見したみたいなテンションになるの、急過ぎる。


「『景品を落とす』の『落とす』って『恋に落とす』とちゃんと掛かってたんだね。すごい」


 ……何言ってんのお前。


 その後、他の台を夢前に挑戦させてみたが、やはり悪戦苦闘で、恐らく十分も経たずギブアップしてしまった。

 ガラス越しのアームとにらめっこしている姿はなかなかに面白かったし、少しでも景品が持ち上がれば体ごと動かして一喜一憂してるのも笑えたので、こちらとしては満足だったのだが、本人はもうお疲れだったらしい。

 仕方ない。また今度、適当な時を見つけてやってみよう。

 僕は僕で、あいつにもっとハマって欲しいと思っている。

 そしたら、二人だけの街で、二人の楽しめる時間が回数が増える。

 少しでもその瞬間は多い方がいい。

 

 いつ、現状が変わるかだなんて、分からないのだ。

 なら、今この状況を楽しんでおきたい。

 何もない内に、出来る事をしたい。

 

 時間と共に、この街を忘れる前に。

 消えてしまう前に。

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