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【第二幕】思い出を掻き鳴らして-Play The Star Candle-

「……なあ、キミはビリヤードは出来るかい?」

「え?」


 突然の問いに僕は男の方に振り向く。

 なんでいきなりビリヤードの話題なんだ。目が見えないのと何の関係があるっていうんだ。

 よろよろと歩く男とともに、ベンチまで向っていく。


「いやね、ボクが唯一楽しめた遊びは、ビリヤードなんだ。色がたくさんあるし、音が鳴って勝敗が分かるからね。コツンって……最初は目が霞む程度だったから、それで遊べたんだ」

「ビリヤード……」


 体育準備室に置かれた、あの小さなビリヤード台。

 やりかけの、球がバラバラになったままの状態で取り残されていた台。

 あれは、自分の視力に異変を感じ、不安を覚えて生きる中での、男が見つけたささやかな楽しみであったのだろうか。

 あの場にいた、とある生徒との時間も含めて、大切な時間だったのだろうか。


「……何が、あったんですか。その目に」


 ようやく落ち着いてきたのか、僕の肩から手を離して、再び足を前に出す男。

 この人が、なぜわざわざ歩いてここまで来たのか、理由が分かった気がした。


「はは、忘れちゃったな……でもたぶん、病気だったんだよ。なんて病か断言出来ないけど、いきなりやってしまったんだ」

「そうだったんですか」

「うん。でも幸いにも、そんなボクを妻や娘は見捨てなかったみたいだね。ボクが生きていけるように色々な事を与えてくれたようなんだ……それすらも、忘れちゃったけど」


 肌寒さを感じる外の空気に、やさしく風が吹く。

頬を撫でる冷たく冷えた感覚。

近くの木々の蕾は、儚く揺られている。


「忘れちゃダメなのに――忘れてしまう」


呟いてから男も咲いてない木を、わずかな視界の中で見つめる。背の高い、春を待っているだけの、その花を。


「……ああ、思い出したよ。娘はさ、昔から花が好きだったんだ。というのも、妻が花屋を営んでいてたから。ボクはめっきり花の事なんて分からなかったけれど、楽しそうに、妻が語る花の話を聞いていたっけな……ボクも少しは花言葉でも覚えておけば良かった。目が見えなくなる前に、さ」


 再び男が立ち止まる。そのまま動かず、首を上に向けたまま、じっと近くの木々を見ている。

 ……いや、きっと、見たいけど見れなくて、視点だけそこに合わせているだけなのかもしれない。

 記憶を思い出せば、ぼやけた視界になってしまうから。

 本来の、あるべき姿に戻ってしまうから、そうか遠い思い出だっただけだと、そう自分に言い聞かせてるのかもしれない。

 向こう側に、渡る前の自分へ。


「青色の桜だ」

「え?」


 男が、ポツリと言葉を零す。

 視線は変えず、そこに生える木々に向かって、誰かに伝えるように、そして芝居をするように。


「――地球に咲く、たった一つの桜。それがこの青色の桜だ。この木は、宇宙をも変えてしまうほどの秘密の力があって、普通の人じゃ見えないようにおまじないがかけてある。見えるのは宇宙警察のボクと、まだおまじないが掛かってないキミたちだけだ。ボクがここに来たのは宇宙征服を目論む悪の親玉、将軍ゴーゴンがその宝を狙って地球に降り立ち、青色の桜を探し回ってるという報告を司令部から受けたからだ。地球の諸君、いいか、ヤツの手に渡ったら、地球はおろか、全宇宙の崩壊を招く。それは何としても避けたい。そこで、ここにいるキミたちへお願いだ――」


 少しかすれたその声には、ちゃんと聞き覚えがあって、そのセリフも、その話し方も、全部僕の知ってるモノだった。

 懐かしくて。

あったかくて。

心地良い。

 ああ、覚えてる覚えてる覚えてる。

 僕は今、あの頃と同じ場所にいる。

 ここにいる。

 忘れてない。


「……青色の桜なんて、この世には無いんだ。桜はみんな、桃色だからね。でもさ、されど娘は頑なに青色の桜があるだなんて言うんだ。たぶん、あの子には見えていたんだろうね。ちゃんと自分の目には映ったんだろうね。はは、本当はボクらが見れてなかっただけなんだ。『常識』とか『ルール』なんていうおまじないのせいで……そして、大きくなっていくうちに、娘も青色の桜が見えなくなったみたいだよ。おまじないにかかったんだね」

「見えなく、なった……か」


 あの頃の、何もかもがおとぎ話のワンシーンみたいな日々には、たくさんの不思議なモノがあって、たくさんの刺激があった。

 そう、現実には存在しなくたって、僕らには現実で目に見えていた。

 誰かに作られた"嘘"でも、僕らにはとってそれは『本当』だった。紛れもなく、毎日が忘れたくない事の連続だった。

 だから、あいつの――僕らの『蕾』がここにある。

 枯れないで、しぼんでしまっただけの思い出が、目の前にある。

 再び咲く事を、待っているだけの夢が。


「あの、"怪人オクトパシ"って覚えてますか。すごく印象に残ってるヤツなんです。怪光線でなんでも凍らせて、"レッドマスク"は大苦戦を強いられるんです。結局桜の木も凍らせられてしまうんですけど、宇宙警察の護衛が"オクトパシ"の八本の足を封じて、なんとかスキを見つけた"レッドマスク"が最後ヤツを倒すんです」


 僕の語られる言葉に、貸した肩を叩いて男は頷いた。


「ああ、懐かしいな。"オクトパシ"は公園の向こうに生えてたザクロの木が元なんだよ。ザクロはね、タコみたいな形をしているから、物語が終わった後見つけてくれたら面白いなって思ってね」

「そんな意図があったんですか」


 そう言われて、公園の外側にある木を探してみる……が、そもそも木、植物すら生えてなかった。

 きっと、もう無くなってしまったのだ。

 確実に、忘れたくなかった街から離れていっているからこそ、本来の町を思い出そうとしている。それが証明されているのだ。


「はは……ボクにはね、目が見えなくなったからこそ見えた世界があったんだ。まるで、おまじないがとけたみたいにね。それを元々芸術系の教師だった妻に伝えたら、せっかくだし、私が絵を描くから、紙芝居でもやらないか。って言ってくれた。目が見えなくても物語は話せるし、紙芝居なら絵を替えていくだけだから、順番さえ間違わなきゃいい」

「じゃあ、あのお面も?」


 好きだった"レッドマスク"のお面。僕らがこの公園の木にタイムカプセルとして置いた当時の宝物。

 それもこれも、全部この人が僕らにくれたモノだ。


「ああ、お面はね、ボクが作ったんだ。張子自体、いらない紙をまとめて作るから手軽に始められるし、形くらいなら大体はできる。細かいところは妻に手伝ってもらって、塗装もなるべくボクがやるようにした。赤色は見やすかったからね。"レッドマスク"は自信作で初めての作品さ……まあ、目がまだうっすら見えた頃のね」

「それって」


 体育準備室にあった作りかけの張子のお面。それはその当時の物だった。そして、目が見えなくなってからも同じくあの場で作っていたのなら、あいつもあそこにいた。

 あいつが手伝っていた。

 自分が出来る事をしていたんだ。

 自分にしか出来ない事を。

 再び歩こうとする男に肩を貸して、僕らは公園の出口へ向かう。どうやらここから離れる事にしたようだった。


「今までの話は、全部あいつとの話という事ですか。体育準備室で一緒にいた時の」


 声を絞り出したかのようなか細くなった僕の声に、男はゆっくりと頷いて目を閉じた。


「中学校に入って二年目くらいかな、あの子は学校に行きたがらなくなった。色々あったからね。性格も段々と変わっていって、ずいぶんと大人しくなってしまったんだ。その辺りはキミの方が詳しそうだね。ボクはただ、娘を学校に来させるだけの存在になっていたよ」

「…………」

「あの時はごめんね。ボク、先に向こうに行っちゃったから、娘なりに辛かったんだよ。だからこの街に来ちゃったんだ。同じ場所へ行く為に……あの子、すっごく優しい子だからさ、会いに来てくれたんだよ……お母さんよりも先に」


 僕は何も言葉が思いつかなくて唇を噛んで足を前に出した。

 目的の駅へと、隣の自転車とともに進みながら、本来の姿へ変わり出した街並みを、目に映しながら。

 思い出したくないような、本当の話を聞きながら。


「でもさ、やっぱりお母さんや大切な人たちにお別れは言わないとダメだよ。それが出来なかったから、迷っちゃうんだ。キミまで巻きこんでね。そこは唯一、ちゃんと知って欲しかったな…………まあでも、もう準備が出来たみたいだし、いいのかなこれで」

「僕は……」


 受け入れたくなくて、あいつが望んだ今を僕はずっと先延ばしにしていた。

 それも含め、僕もここに来てしまったんだ。決して巻き込まれた訳じゃない。

 だから、この人も、ここに居るんだろう。唯一の未練があったのだから。


「学校、ありがとうね」

「え?」


 男は父親の優しい表情を浮かべた。


「……この街でキミ達はちゃんと勉強して、ちゃんと毎日を過ごした。テストだって部活だって学校行事だって何一つ無かっただろうけど、何かを学んでは生きて、一緒の時間を大切に生きたんだ。それを味わって欲しかった」


 声は、震えている。



「――青春を、娘に送らせてくれてありがとう」



 本来出来なかった事を、させてやれなかった日々を、男は僕に託して、あいつにひとり立ちしてもらう為に先に電車に乗った。

 最初に会った時にストップウォッチを渡したのは、直ぐに向こうに渡らせないで、学校に通ってほしかった為だったのだ。


 ――じゃあ、何故あいつは学校に行きたがらなくなってしまったのか。

 ――何故閉じこもってしまったのか。


 それは、全てあの駅に答えがあって、ちゃんと向き合わないと行けない事があって、僕にとっても、あいつにとっても、最後の思い出に当たる。

 受け入れらなきゃいけない、最終回なんだ。


「さあ、じゃあ、行こうか」

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