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【第二幕】思い出を掻き鳴らして-Play The Star Candle-

夢の先には一体なにがあるのか、なんて漠然と考える事があります。

 尋ねてみれば、たぶん、現実とか死の世界とか、そういうモノなのでしょうとみんなは言いますが、わたしはそう思いません。

 きっと、もっと悲しいモノなのだと、もっと寂しいモノなのだと、明確な答えではありませんが、そんな意見をしたくなります。

 理由はわたし自身でもよく分かっていないのですが、人は夢の先なんて永遠に見る事なんて無いから、どんな夢でも夢の途中で目が覚めてしまうから、行ってはいけない目の背けたくなる場所だと思っている為でしょう。

 

 ◇


 最近わたしは、同じような夢を見ます。

 夕焼けの中、父を、止まったダンプカー越しに眺めているという夢です。

 周りには瓦礫が散らばっていて、鉄の臭いがして、ずっと"夕焼け小焼け"が流れている不思議な状況で、わたしは一人泣いています。

 その先がどうなってしまうのか、分かる前に夢は覚めて、続きを見る事は永遠にないのですが、とてもイヤな気分になります。

 一度、母に夢の内容を言ったら、同じようにイヤな気分になったみたいでした。

 おそらく、母もわたしと一緒の夢を見ていたのかもしれません。

 やはり『夢』はあまり良いモノではないようです。

 

 今のわたしは将来の『夢』を持てません。

 何になりたいのか、何をしたいのか、未来の自分がなかなか想像出来ないというのももちろんありますが、一番はどうしても、現実ではない『夢』というモノを見るのが怖くなったからです。

 このままだと、高校生になってもそんな自分を卒業出来ないまま生きていくかもしれません。

 変わりたいという気持ちはあります。しかし、わたしは自分の目で見たモノしか信じたくありません。

 だから『夢』なんてあいまいなモノではない『現実』をしっかり見ていけるように、『現実』に変えていけるように、これからも生きたいです。

 いえ、生きなければ、いけません。

 改めて先生方、クラスのみんな、今までお世話になりました。

 また、わたしを支えてくれた母や、仲良くしてくれた友達はかけがえのない存在です。本当に感謝しています。

 そして、小さい頃からずっと一緒だった兵悟くん。

 

 大切な時間をありがとう。


 そして、卒業おめでとう。

 

 日付 三月七日(金)

 三年二組 二十七番――

 

「……あ、れ?」

 ペンを持つ手が止まってしまいました。

 最後の自分の名前を書こうとしても、なぜか書けません。


 思い出せないんです。

 自分というモノが。

 

 思い出したくないんです。

 自分だったモノが。



「ミャア」


 マミが僕の目の前で大きな欠伸をして、首輪に繋がれたトランクの飾りを揺らした。

 不器用に閉められたそれは、揺れる度にカチカチと音が鳴り、中に何かが入っているのは明らかだ。

 僕はトランクに手を伸ばして開けようとしてみる。

 が、マミがピョンと避けるように違う場所へ飛んでしまうので、なかなか触る事すらも出来ない。

 こいつの行動は理解不能だ。


「……しかし、何も無かったな」


 机の中をひたすらに調べてみたが、結局めぼしいものは見つからず、僕はゆっくりと肩を落とす。

 その机の中は大雑把に物が入っており、何か手がかりになる物がある雰囲気を漂わせていたのだが、見つかったのは関係なさそうな書類と文房具、そしてなぜか板チョコ。

 どういう組み合わせだろう全く。

 改めて、開けた一番下の引き出しの中身を確認して、嘆息しつつ閉める。


「…………?」


 すると、ガッと鈍い音が鳴った。

 何か引っかかって、上手く閉まらなかったみたいだ。

 とりあえず屈んで、引っかかり部分を手探りしてみる。

 どうやら奥の方の物が突っかえているみたいだ。無理やり引っ張り出して様子をみる。


「ん」


 手には金属の冷たい感覚があった。目の前に出し、確認する。


「……職員室の鍵?」


 黄色いテープの上に『職員室』と明朝体で書かれた鍵。それが突っかかりの正体のようであった。

 ――なんでまたこんなところに。

 ひとまず立ち上がり、僕は準備室を出た。

 この学校内にはいくつか鍵が閉まってて出入り出来ない場所がある。

 今の体育準備室などの教員用の部屋や、職員室といった学校関係者が扱う部屋がそれに当たり、もちろん鍵さえあれば入れるのだが、僕ら生徒には入る必要のないところは予め立ち入れないようになっていたのだ。

 何故だか。

 逆に言えばそこ以外は自由に出来る。放送室でチャイムの時間を設定したり、家庭科室で調理実習をしたりと、僕ら生徒が送る学校生活には何ら支障がない。だから気にする必要もなかった。

 ……けど、この際ついでだ、入れなかった職員室も覗いてみたい。

 何かあるのには間違いないのだし、入ったからって問題がある訳じゃない。

 ドアを開け、再び倉庫を抜け体育館の出口に着く。

 ちゃっかりマミが先回りしているに頬を緩めながらも、僕らは渡り廊下へと足を進めていった。

 たぶん、まだ一限の授業中の時間だろう、これで僕は初めてのサボりとなってしまった。


「あぁ、完全にサボちまった。今まで真面目にやって来たのに」

「ミャミャ」

「お前のせいだぜ」

「……」

「無視かよ」


 鍵をくるくると回しながら、屋内なりの寒々しさを感じつつ、僕は階段を登る。

 コツンコツンと寂しい音を立て、響くだけのそれに孤独を覚えながらも――。

 

 ◇

 

 二階に着いたと同時、目の前には職員室が出迎え、僕は無意識に手元の鍵の感触を確かめた。

 やけに冷たい。

金属と言えど、氷を握っているような感覚すら覚えてくる。

 僕は固く閉められたドア手を掛け、鍵穴に鍵を入れて時計回りに回す。

 カチっと施錠が外れ、ドアを開ける音は静かな廊下に響き、なんだか少し悪い事をしている気分になる。


「……これは」


 そして、開かれた視界には不思議な光景。

 夕焼けが差し込む、だだっ広くて机だらけ部屋。

 見覚えがない場所。

 ここも同じで、さっきの体育準備室や、この前の駅みたいな感じがした。

 でも、どこか安心感がある。

 誰かがここに居たという証明があるようで、人の温かみのようなモノを感じる。

 そう、ふと湧いて来るような、じわーっと染み込むかのような、そんな感覚。

 そんな、感情。


「あ、おい」


 僕の後ろにいたマミが再び勝手に走って、一角にある机にひょいと乗っかる。

 どうやら先程の体育準備室の物と同じように書類の束が並んでいて……しかし今度はちゃんと整えられたそれの上へと。

 僕は少し生暖かい空気が漂うその部屋の中へ足を進め、ポツンと置物のみたいになったマミを抱えようと、手を伸ばしてみる。

 今度は抵抗なく捕まると思いきや、またギリギリのところで隣の机にジャンプをされ、マミの足元にあった紙束が宙を舞った。

 床に着地するなりマミは、トコトコと逃げるように職員室から消えていく。さすがにもう追う気にならない。


「いいやもう」


 嘆息と共にそこの椅子に腰掛ける。

 ふと、周りを見渡す。

 どの机も、花や荷物が置いてある。

 青色の花。枯れる事なくひたすらに咲いていて、やっぱりどこか寂し気な、その花。

 そして贈り物のような包み紙をまとった荷物と、写真用のアルバム。

 どれもさっきまで人が居たみたいなままで、どこか『いつも』とは違う雰囲気がする。

 今までには無い、僕が見てこなかった世界。

 それが何を示すのか、明確には分からない。

 けど、気付き始めている。

 向き合わないといけない事に。

 忘れちゃいけなかった事に。


「やっぱり――」


 目に入った机上時計は十六時三十一分から動かない。

 グラウンドの時計と同じで、同じ時間のまま。

 止まったまま。


「お、誰か開けてくれたみたいだ。助かった助かった」


 すると出入り口の近く、いきなり男の声が聞こえたので、思わず振り返っていた。

 見るに、立っていたのは黒いスーツを着た、中年の男性。

 背は高くないが、若々しい印象のする見てくれは、いかにもスポーツマンという感じで、スーツよりもジャージの方が似合っているように思えた。

 男はなにやら安堵の表情を浮かべて、僕の座る机まで来ては机の中をおもむろに探し始める。


「しかし、娘は元気なのかな。ちゃんと宿題はやってくるかな……」


焦りながらようやく一つの冊子を見つけ出し、それをまじまじと見つめる男。

一体この人は何者なんだろう。


「ああ、あったあった。これだ。これをずっと忘れたよ。よかった見つかって」

「あの」

「ん?」


 僕の声に振り向いた男は手に持った冊子を机に置きつつ近くの椅子に腰を下ろした。

「やあ。キミも誰かに"いとまごい"しに来たのかい?」

「……?」


 いとまごい。

 その言葉が何を言わんとしているのか、直ぐには分からなかった。

 別れを告げに来た覚えなんて僕にはないのだし。


「ここに居るという事は、そういう事なんだろう? 大丈夫さ……電車に乗る時にはもう全部忘れてしまっているだろうから。キミの事だって、キミとの『思い出』だってね」


 男は戸惑う僕の様子を見てはまくし立てるかのように言葉を放ち、わざとらしく微笑んだ後、隣の机の荷物を一瞥した。

 その机も他と同様に花が置いてあるみたいだ。


「あの、あなたは」

「ボクかい? さぁ……名前なんてとうの昔に忘れたからね。もう覚えてないや。昔仲良かった奴も、育ててくれた親の事も、それこそキミみたいなここの生徒の事だって、ボクはもう分かんないだよ」


 心底どうでもよくなってしまったかのような乾いた笑みと、諦めてしまったかのような表情に、僕は上手い言葉が出ないでいた。

 とにかく関係ありそうな電車の事を訊いてみようと、僕は男の目を見る。


「……えと、電車って、この街の?」


 すると、自分の短めの髪をひと撫でして男はこちらを見据えた。


「おや、知らなかったのかい。アレに乗ってボクらは旅立つんだよ。世の言う、あの世みたいな場所に」

「……あの世」


 そうおどけた表情と共に笑みを浮かべてはどこか楽しげに話を進める。

 なんだかやたら子供扱いされている気がして、僕は眉根をひそめた。

 なんだろう、この感じ。

 どこか知っているような、覚えがあるような感じ。


「はは。あの世って言葉に怖がらなくて大丈夫さ。この街に来たという時点で、あそこに行くんだ。いや、行く事しか出来ないのかな。いつしか自分の事すらも忘れてね」


 頬杖をついて、自分の回答に満足した様子で何も言わずにこちらを伺う男は、スーツも相まって先生と話しているみたいだった。

 この人の――この空気を、この雰囲気を、僕は知っている。

 言動からするに、おそらく男は電車に乗ってこの街を出たのだろう。

 ……だが、ある理由で一旦戻って来た。

 その理由は……今男の手元にあって、閉じられた職員室の机に入っていた、あの冊子。

 僕が鍵を見つけて開けるまで入れなかった、だから男はずっとここが開くのを待っていたのだ。

 そして、この街の出入りは電車のみ。

 つまり男はあの時、僕と夢前の前に電車が現れた時、この街に戻って来た。

 という事は――。


「あの」


 僕は立ち上がって男と対峙した。

 深く腰掛けて変わらない表情で僕を見上げた彼は、ふと笑う。


「なんだい?」

「……助けたい人がいるんです。知恵を貸してください」


 僕の言葉にただ、笑う。


「あなたから、助けたい人が」

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