【第一幕】群れを外れた羊は丘を登らない-Rough Landing ,Hollyhock-
君という人間を、どうにか思い出そうとしているのだけれど、今すぐには無理そうだからそれ以外の話を、ここに記そうと思う。
『昔からの仲で、今でもそれなりの関係性』
『いわゆる幼馴染で、これからもそのつもり』
何と言わなくても、変わらない所が良いのだ
いつもいつでもそのままであるのが、どうしようもなく心地良くて、良い意味でどうでもいい。
僕は、あまり人の好き嫌いを言うタイプではないけど、君に関しては好きと言ってしまう事があった。
その言葉は、僕の素直な感情で、君に伝えたい言葉だと思っていたからだ。
まあ、恋愛的それと問われれば、一切違うと断言するのであるが、とりあえず僕は君を『好き』でいる。
漫画やドラマ的な甘ったるいものではない、もっと単純で淡白な何の変哲もない感情と、思い出たちがずっとあるのだから、またそうであったのだから。
――僕は君を忘れない。
◇
「暑いのか寒いのか分からない気温というのは、一体何度なんだろうな」
別段そこまで真面目に考えるつもりもないのだが、自分が今、そういった状況にあると妙に気になってしまうのが、僕の性分であり、いつもの事である。
太陽は出ているが、それは夕焼けで、寒い訳でも涼しい訳でもない。
何となくブレザーを羽織っているが、暑くもないし暖かくもない。
実に不思議で、実に不可解。
それが今この場のそれである。
「噂によると二十二、三度らしいよ、快適な気温って」
と、いかにも学生らしい思考をしているところに、これまた真面目に答えてくれた奴が、わざわざ振り返りながら僕の前を歩いていた。
彼女は夢前。
同じ中学で、同じ小学校で、同じ幼稚園の、同じ誕生日の、ご近所さんの仲。
つまり、世間一般で言うところの、幼馴染というヤツである。
「なるほどね。因みにファーレンハイトで?」
「摂氏ね。ここはジャパンですよ、兵悟さん」
「おっと心はアメリカンなもので」
夢前と僕にとってはお馴染みで、そんなしょうもないやり取りを交わしながら、二人して夕焼けの下を歩く。
彼女の後を追う形で、離れないように近すぎないように、意味も無く距離を保って、速度を合わせながらも、目的の場所へ。
「……」
目に映るやけに古びた校舎は、実際僕らの通う学校のものであり、見上げれば最上階が四階であるのが分かる、比較的普通である建物だ。
敷地内の設備だって、たぶんどこにでもあるようなモノばかりだし、何か特筆的なオブジェがあるという事もない。
校門近く、いつもの駐輪場に着いて、改めて自分たちのその普通さとやらを実感し終える。
「ん~~~」
いくつかの自転車をぼんやり眺めていると、何を思ったのか、僕の前で突然伸びをする夢前。
短いスカートに伸びる脚に、思わず目線が移ってしまう。
これは男の性。
しかしまあ、一度くらいは見てみたいあの中。
そんな気持ちを口にするは馬鹿。
つって。
「週プレで我慢するかあ」
「なんてー?」
聞こえていないようで安心した。僕がこいつをいやらしい目で見ていた事が知れたら、変にからかってくるかもしれない。嫌だ。男心を弄ばれているようで、何か嫌だ。
自分の自転車のカゴに荷物を入れて、荷台にまたがる夢前。
脚を揺らして、少し前屈みになる。これまたいつもの座り方をしている。
「二人乗りは校則違反だぞ」
「まーた言ってる。毎回してんのに」
「させられてるんだよ、お前に」
一応は二人で自転車登校していたのだけれど、夢前が二人乗りを強要してくる為に、いつしか自転車は一台で事足りるようになってしまった。
それも前までだったら、人の目を気にして拒否権を使っていたのだが、今は特段そんな理由もないし、そんな必要もなくなってしまった事が起因している。
この街には、僕たちしかいない。