第3話 女神様は厨二病でしたっ!
「こんばんは」
優しいほほ笑みと共にその美しい女の人は挨拶を口にした。
まさか岩に向かって挨拶なんてするはずもないし……。
もしかして……私の見えない所にも、もう一人誰かがいる!?
これはとんでもない僥倖だわ、人間を近くで見ることができるだけじゃなくて『会話』まで聞けちゃうなんて!
しかし、返事と思わしき声は聞こえてこない……およよ?
「今日は満月が綺麗ね、こんな日に貴方と会うことができるなんて、とても嬉しいわ」
女の人は言葉を続けるが、やはり返事もなければ他に人の気配もない。
それに話している内容も……もしかして、この人は……。
「何年間も探し続けてたのよ、貴方に恩返しをするために。いえ、恩返しというにも変な話ね、だって私は恩義なんて感じていないんだから。ただ、貴方に会いたかっただけね……」
あいたたたぁ!
分かった、分かってしまったわ……彼女は春の陽気が誘い込んでしまった痛い厨二病ポエマーだわ……。
なんてことなの、こんな美人なお姉さんが現代医療では治療不可の難病を患っているなんて。
お姉さま! お一人でしゃべっているつもりかもしれませんが、ここに! ここに聞いちゃっている人がいますよ!
とまぁ、頭の中では冗談でこんな事を考えているけど、実際は凄く嬉しい。
こんな女神と見間違うほどに美しいお姉さんの歌うような麗しい美声を聞いていられるのだから。
内容はまぁ、置いておいて……。
だがしかし喜んでばかりもいられない、この辺りはワンちゃん――じゃなくて狼も出るからひっじょ~に口惜しいのだけれど彼女には早く安全なお家へとご帰還頂きたい。
私が護る事ができればいいんだけど、あいにく今の私は岩の演技をしているため咄嗟に動く事ができない。
私が立ち上がった頃には彼女は狼に喉笛を食いちぎられてしまった後でした~。なんて事になったら私は目先の快楽に溺れた自分を一生恨み続けるだろう。
私は自分という異形の存在を彼女に知らしめるために立ち上がることにした。
出来るだけゆっくりと、あまり怖がらせてしまい過ぎないように……。
ズズズズ……ドシンッ
元々こちらを向いて独りでポエムを披露していた彼女の目の前に立ちはだかってみせた。
果たして彼女の表情は羞恥で真っ赤になっているのか、それとも私の醜い姿に恐怖で真っ白にしてしまったのか。
私はどちらにせよ少しだけ気まずい思いを感じながら彼女に目を向けた。
「あら、立ち上がってみると思ったより大きいですわね」
しかし彼女は私の歪な巨体を見上げると、楽しそうに笑うだけだった。
むしろ、改めて目にした彼女の姿に驚いたのは私の方だ。
夜空の満月を背に、その表情は妖しく、それでいて艶めかしく、私の意識は一瞬にして彼女に吸い込まれてしまった。