【9】めーちゃん、夏休みの楽しみ
「めー!みーちゃんが遊びに来てくれたわよー!」
夏休みに入って数日たった七月下旬。
ベッドの上でゲーム機を持ってゴロンゴロンと転がっていると、階下からお母さんの呼んでいる声が聞こえた。
「はーい」
一応返事はしたものの、ベッドから起き上がらずにそのまま待機。
「おじゃましまーす」
「勝手に部屋に上がっちゃってー」
トントントントントン。
みーちゃんが軽やかに階段を登ってくる音がする。
ガチャリと私のいる部屋のドアを開けると、ふわふわボブカットに眼鏡がチャームポイントのみーちゃんが顔を覗かせた。
「めーちゃん、夏休みの宿題やった?」
「やってなーい」
「あー、やっぱり。一緒にやろー」
「うーつさーせてー」
「それは駄目」
みーちゃんは、部屋に入って私の傍までやってくると、寝転がっていた私の腕をとって起き上がらせてくれた。
「よいしょっと」
みーちゃんのコーディネートは、青いストライプ生地を使った少しクラシカルな形のワンピースで、とても似合っている。
みーちゃんはちゃんと女子だ。
ゴム入り短パンにTシャツと言う、いつでもどこでゴロゴロファッションを着ている私とはセンスが違う。
「ゲームしてたの?」
「そそ」
私はベッドの縁に座り、ぐぐぐっと背伸びをする。ついでに欠伸も。
「どこまで進めたー?」
「アンドリュー王子ルート、八周目」
「えっ」
座卓に座ろうと移動していたみーちゃんは、ピタッと足を止めて私を振り返った。
「もしかして、アンドリュー王子のルートだけ?」
「うん」
こっくりと頷く。
止めていた足を再び動かして座卓に座り、みーちゃんは持ってきていた鞄から、夏休みの宿題セットを取り出した。
みーちゃんは真面目で、面倒くさがりの私をいつも引っ張ってくれる。それは、中学入学してから同好の士と判明したその日からずっと続いていて、とても有り難い。
私もベッドから立ち上がって、みーちゃんの正面に座り直した。
「めーちゃん、本当にアンドリュー王子お気に入りなのね」
「うん」
初恋の人、とは言い過ぎではあるけど、初めて遊んだ恋愛ゲームのヒーローは、私にとっての初アイドルだ。いや、やっぱり初恋の人で良いかもしれない。
「でもさー、振り返り機能あるんだから、そんな何周もしなくて良いんじゃない?」
「振り返り機能でも何十回と見た」
「お、おう……」
みーちゃんは私の行動にドン引きしたようだ。
「アンドリュー王子のどこが好き?」
「大人でー、優しくてー、笑顔が素敵なところ?悪役令嬢にまで優しいし、皆に分け隔てなくてさー、流石王子様、王道ヒーローだよね」
「王子様だからねぇ」
「おんなじ王子様でもベイジルはイマイチ」
「そうなの?」
「クラスの男子に居そうな口の悪さに、ウチの弟並の野蛮さ」
「えー、こう君いい子だと思うけどなぁ?まあ、ベイジル王子はツンデレキャラだもんね」
「ツンデレとかいらなーい」
「そうかな?」
トン、トン、トン、トンとお母さんが階段を登ってくる音がする。
お母さんの階段を登ってくる音は、みーちゃんよりも重い。軽やかさが足りない。
「めー、お茶とお菓子」
「はーい」
私がのっそり立ち上がろうとすると、それよりも先にみーちゃんが立ち上がってドアを開けてくれた。
「おばさま、ありがとうございます」
そう言って、私の代わりにお茶とお菓子を受け取ってくれる。
私もみーちゃんより軽やかさが足りない。
「あらあら、みーちゃんありがとう。もう、めーも動きなさいよ」
「うぇーい」
座卓からひとつも動かず、しゃっきりしない返事をする私をドア越しに見て、お母さんは呆れた顔を浮かべた。
「私の方がドアに近かったので、気にしないでください」
「もー、みーちゃん良い子で助かるわ。いつもめーを面倒見てくれてありがとう。めーもお礼言いなさいよ」
「みーちゃん、ありがとー」
みーちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめてニコニコと微笑んだ。
みーちゃんは可愛い。私の妹だったら良かったのに。いや、姉でも良いなぁ。
お母さんは、ドアを閉めるとトントントンと階段を降りていった。
もしかしたら、登ってくる時より少々速度が上がった代わりに、ドスドスドスと表現した方がいいかもしれない。
みーちゃんは座卓の前に座り直すと、お菓子とお茶を配膳してくれた。みーちゃんは、ホントできるガールだ。
「うーん、大人で優しいヒーローかぁ。じゃあ、キースルートかブライアン様ルートがお勧めかなぁ?」
「キース?とブライアン様?」
どれだっけ、と首を傾げながら説明書を手に取る。
「もー、キースは王宮入りしてからの『聖女』専属執事でしょう?そしてブライアン様はアンドリュー王子付きの騎士様。アンドリュー王子ルートを廻してるんだったら、どっちも出ていたと思うけど」
説明書をパラパラとめくったところ、ヒーロー紹介ページのキースは五番目に記載されていた。
「あー、最年長黒髪紺眼か。イケメンだけど優しそうに見えないナァ」
黒い燕尾服の執事スタイルで、長身の謎が多そうな見た目。イラストは笑っているけれど冷たそうに見える。
「ネタバレすると、キースは、実は某国のスパイ。だったけど、レミリアに一目惚れしてからは、レミリア以外どうでも良いと言うスタンス。溺愛系が好物のお姉様方に一番人気。と言うか、ウチの従姉のイチオシ」
「そ、そうか……」
みーちゃんの従姉と言うと、みーちゃんをこの道に引きずり込んだと言う、噂の女子大生のことか。
いつかお会いしてみたいと思いつつ、話に聞くだけで終わっている。
ていうか、ちょっと会うのが怖い。
キースの説明を聞きながら、ヒーローページをめくっていると、ブライアンが出てこずに終了してしまった。
次のページをめくると、悪役令嬢であるミリディアナが出てくる。
「あれ?ブライアンとやらがいないけど……」
「あ、そっか。ブライアン様、隠しヒーローだったわ」
ペロッと舌を出しながらみーちゃん。
「てことはぁ、全部クリアしないと出てこない……」
私はガックリ、とその場で倒れるフリをした。
「一応、説明書には脇役ページにちょろっと載ってる。それに、ゲーム内ではアンドリュー王子の後ろでちょいちょい控えてるよ。ミリディアナを捕らえてるスチル、あれ確か抑えてるのブライアンのはず」
「ああー、そういやいたいた」
確かにアンドリュー王子の後ろに控えているキャラだけど、そんなにセリフが無くて殆ど記憶に残ってなかった。
「ルートを通れば結構喋るし、結構優しくて甘々キャラよ。普段は真面目で無骨な騎士様で、普段はほとんど笑わないんだけど、仲良くなったらヒロインにだけ微笑むスチルとか、かなりお勧め」
「うーん……ブライアンルートはちょっと気になる、けど、私はいつそれやれるんだろ……」
「ええー……」
「他のルートをやろうと思うと、気づけばアンドリュー王子のルートにハマってしまってるんだよなぁ」
「そ、そっか……」
みーちゃんにまたドン引きされたようだ。まあ、今更なんだけど。
「そう言うみーちゃんのイチオシは?」
「オーガスト様」
オーガストって言ったら、ゲーム開始当初は十一歳じゃないか。
「……ショー、ターァ」
「もうっ」
みーちゃんは、少しだけ頬を膨らませて、私の頭を叩くフリをした。可愛い。
ブックマーク、ありがとうございます。
お盆休みの更新、これがラストになります。
月曜日からはお仕事も始まりますので、また週1くらいでUPしていけたら良いなと思っています(が、予定は未定)。
次は恐らく、王家の子ども達がぞろぞろ(多分)。
やっとヒーロー(ズ)を動かせるかなぁと思います。
しばらくお待ちいただけますと、とてもありがたく思います。
もしもお答えいただける方がいらっしゃればお伺いしたいのですが、本業のお仕事が煮詰まると、予定外に更新が遅くなるかもしれません。
この場合、活動報告でお知らせしたら、ブックマークしてくださっている皆様に通知がいくのでしょうか。
それとも作家フォローしていただかないと、気がついていただけないのでしょうか。
今の所、Twitterなどの外部SNSなどは利用していないので、そう言うモノの方が良い、などご意見あればお知らせください。
どれくらいの方が、心待ちにしてくださっているのかはわからないのですが、以前コンスタントにUPしていた作家様が、一ヶ月以上音信が途絶えて心配になったことがあったので、少しでもブックマークしていただいている以上は、何かあれば、お知らせした方が良いのかな、と悩んでいるところです。
お暇な際にでも、ご回答いただけるととても嬉しいです。
皆様、夏バテ等にお気をつけてお過ごしくださいね。