[7]パーロウ家、母と娘のお茶会議(1)
『・聖女の印とは
聖女の利き腕に、五つの雫が花びらのように円状に痣となって現れる。これを『花の雫』と言い、世界を司る神々から祝福を授かった証である。』
『・聖女の奇跡とは
正しき行いをした国は、聖女の護りを受けることが出来る。国が危機に陥った時、聖女の護りは初めて発現する。大規模な災害が起こった場合には大地の速やかなる修復を、他国から攻め入られた場合には大いなる防壁を打ち立てる。まさに『奇跡』と言えよう。』
★★★
「お嬢様、奥様がお食事を終えられたようですが、如何なさいますか?」
私付きの侍女、アルマがそう告げてきた。
昨日の王宮茶話会の後、他家の主催する晩餐会にも出かけていたお母様が目覚めるのは、昼も超えた頃になるだろうとは予想していた。
朝食ならぬ昼食を終えた頃に知らせて欲しい、とお母様付きの侍女ハンナに伝えておいたのだけれど、今しがたその連絡が届いたようだ。
それまで読んでいた本をそっと閉じてテーブルに置くと、
「今からお伺いしたいと伝えて欲しいのだけれど」
そう言って立ち上がる。
「ハンナからは、“ご了承を得ている”と」
「ありがとう」
軽く身支度を整えてから、お母様の部屋へと足を運んだ。
コンコンと扉をノックすると「お入りなさい」と室内から声が聞こえた。
「失礼致します」
お部屋に入ると、窓際のテーブルセットで食後のお茶を飲んでいるお母様の姿が見えた。
「おはようございます、お母様。本日の体調はいかがですか?」
テーブルへ近寄ると、座るように促されたので、お母様の対面に腰掛ける。
侍女のハンナは、私にもお茶を淹れてくれた。
「しっかり寝ましたから大丈夫よ」
「晩餐会はいかがでした?」
「昨日の茶話会の話でもちきり」
そう言いながら、ニヤリと笑うお母様。
その表情を見て、私は少々顔を顰めた。
「有り難くありませんね」
「貴女の不利になるような噂は無かったわよ。レミリア・エイラ嬢は注目の的でしたし、皆さん一挙一動見ていたようで、ほぼほぼ正確に状況が伝わっているようでした」
クリスティナ・メイ嬢の行動に困惑し、『聖女』の扱いに戸惑い、挨拶以上の関わりを持とうとせず、遠巻きに眺めながら観察していた人々の姿を思い出す。
あの場で居た方々は、積極的に関わりたいとは思っていない様子だった。
妃殿下ともお話したけれど、あのままでは今後の社交にも差し支えが出てくるだろう。他国にもすでに『聖女』の存在は知られているらしい。今後は国としての外交にも影響が出てしまうかもしれない。
「私が付き添いお教えする、と言うお話になっておりましたが、そろそろ社交シーズンが終わりますよね。いつも通りでしたら領地に戻ることになりますが、我が家の荘園へご招待致しますか?」
フォルトハート国の社交シーズンは例年十一月から翌年の五月まで。
六月に入れば、一部を除いた領地を持つ貴族の殆どが王都から立ち去る。大抵は自分の領地へと戻り領地運営に精を出すか、旅行を兼ねて他貴族の領地へ挨拶回りなど、王都でいては出来ない仕事や交流を行う。
例年であれば、お母様と私は領地へ戻り、来訪するお客様のもてなしや領地内の慈善支援などを行っている。おもてなしや支援はお母様の仕事で、私はもっぱらお母様のお手伝いと勉強、礼儀作法などの習得が仕事だ。
「それなのだけれど、私と貴女でこちらに留まり、屋敷で過ごそうかと」
「こちらで?」
私が目を向けると、お母様は頷きで返した。
「レミリア・エイラ嬢−−レミリア嬢は、プロプラム伯爵家へ引き取られるまでは、王都に足を運んだことがないそうなの。ご生家のカルダーニ子爵は、領地はお持ちだけれど少々経営難だったご様子でね、王都にお屋敷をお持ちじゃなかったから、社交シーズンはご自分だけがお知合い宅に身を寄せて、夫人やお子様は荘園で過ごされていたそうよ」
「身を寄せていたご親族がプロプラム伯爵ですか」
「そのうちのひとつだったようね。今それを話すとややこしくなるから端折るわね」
そう言いながら、お母様はティーカップを持たない右手で、横に置く仕草を見せた。
「つまり、カルダーニ家の荘園以外はご存知ない状態と言うことね。もちろん基礎教育は領地に居た頃から教わっているでしょうけれど、昨年の『豊穣の祭』の時期に『聖女』だとわかり、プロプラム伯爵家に正式に身を寄せることになったのは年が明けの一月、その後プロプラム伯爵夫人が我儘を発動したものだから、王都で通じる礼儀作法などはノータッチ。クリスティナ嬢もあの様子では反面教師くらいにしかならないでしょうし」
「お母様、少々辛辣かと」
私の嗜める言葉をサラリと無視し、
「足りない教育を教える講師も王都の方が雇いやすいでしょうし、六月にはベイジル殿下のお誕生会、八月にはアンドリュー殿下の誕生会があるでしょう?そちらにも参加しやすいですからね」
「そういえば、今年、アンドリュー殿下は成人のお披露目ではなかったでしょうか?」
「成人のお披露目は、社交シーズン開始を待って十一月に舞踏会の形で催されるそうよ」
だから誕生会はちょうど良い練習場所になると思うわ、とお母様。
「あの、お母様。仮にも王家の方々の誕生会を練習に使うのは……」
「社交シーズンからも外れているから、今年も内々のお祝いになるそうよ。だから練習に丁度良いわねって言ったのは妃殿下」
この発言には私の責任はありません、とにっこり微笑む。
「…………」
内々のお祝い、と言うことは、むしろ王家所縁の伯爵家以上の集いになるだろうに、そこで練習とはレミリア嬢には少々辛いものがあるのでは。
「最短はベイジル殿下のお誕生会、宜しくお願いね?ミリィ」
「…………」
流石にその大変そうなお仕事を十四歳の娘に丸投げするのは、いかがなものでしょうか。