[6]パーロウ侯爵夫婦の語らいは(2)
「『豊穣の祭』の後、クリスティナ・メイ嬢はこう言ったそうだ」
夫は、喉を潤すためにお茶を一口飲むと、彼女の『予言』を言葉にした。
「“レミリア・エイラ嬢は王宮に行き『皇太子妃』になる運命だ。それにはプロプラム家へと養女に入るのが一番良い。私が彼女の姉になって護る運命だ”、とな。最初は妄想だと思っていた言葉がいくつか当たったことで、プロプラム伯爵もカルダーニ子爵もレミリア・エイラ嬢の言葉に飲み込まれた」
夫も私も、とても渋い顔をした。
「王宮が『聖女』を確認できた時には、ほぼ決定事項になっていたんだ。探せばもっと他に相応しい後見人がいただろうが、その時にはカルダーニ子爵が随分とプロプラム伯爵を押している状態でね。実の親が希望していることでもあり、取り敢えず王宮としてはその話で進めることにした。それでも彼らは当初、王宮側にはクリスティナ・メイ嬢の話は伏せていたんだ。自分たちはその話に取り込まれていたとしても、子どもの与太話を信じているとは言いづらかったんだろう。『聖女』の『印』のようにわかりやすい証拠があるわけでもないしな」
「それで、今日の茶話会の話に繋がるわけですね」
「大人が隠したところで、クリスティナ・メイ嬢が自分で言いふらしてしまえば、どうしようもない。公式の茶話会には今日が初めての参加だそうだが、友人同士の小さな茶会には姉妹揃って参加するたびに、“妹は『聖女』だ、王子に見初められて『皇太子妃』になる予定だ”、と言いふらしていたそうだよ」
「“見初められて”ですか。それも予言でしょうかしら。恐ろしいことを言いふらす娘ですね」
今日の茶話会では、当のアンドリュー殿下も参加していたけれど、果たしてどう思ったのやら。
「何も決まっていないことを、さも事実のように言いふらす……本当に夢で視たのか、予言なのかはわからないが、それに乗せられる人間も一部には居る。本気にするかどうかさておき、利用しようとする者はいるだろうね。こうなるとプロプラム伯爵を後見人としたのはまずいことになった」
夫も私も盛大なため息をついた。
「レミリア・エイラ嬢には申し訳ないのですが、本音を言えば『聖女』など見つからなければ良かったのに、と思っております」
私の言葉に、夫も頷く。
「正直なところ、今の世に『聖女』が必要かと言われると、な。しかも『印』があるだけで『奇跡』を起こせるのかどうかも確証はない。それでも見つけてしまえば放置は出来ない。せめて一年先に見つかったなら、まだましだったものを」
「……それはどうでしょう。例えアンドリュー殿下とミリィの婚約が成立していたとしても、あの様子では『聖女』を『皇太子妃』にと言い募っていたかもしれません。婚約だけなら、破棄してしまえば良いと。それならば、ミリィに話すらしていなかったのは、不幸中の幸いかもしれません」
「プロプラム伯爵も悪い男ではないのだが、どうやら娘のクリスティナ・メイ嬢の言葉に浮足立ってしまったようだね。自分の奥方がグラード侯爵家の娘だったこともあって、いらぬ皮算用をしてしまった」
「蓋を開ければ、クリスティナ・メイ嬢は暴走し、頼みの奥方様にもボイコットされてしまった、と」
「そういうことだね」
茶話会でも晩餐会でも、人前ではこの話題について優雅に笑い飛ばしていたけれど、実のところ、私はプロプラム伯爵にもクリスティナ・メイ嬢に対しても、ずっと腹を立てている。
「身の丈に合わない野心など持たなければ宜しかったのに」
クリスティナ・メイ嬢の昼間の行動は、晩餐会でも散々な言われようだった。信じた娘の所為で、プロプラム伯爵は随分と評判を下げたことになるだろう。
「それよりも、ミリィがレミリア・エイラ嬢の指南役を請け負ったと言っていたが」
「ええ」
「妃殿下も、面倒なことを命令してくださったものだ。今、レミリア・エイラ嬢の新たな後見人を探していたところだった。もう少しお待ちいただければ良かったのだが。まさかミリィの立場を奪っていくかもしれない相手を、本人に育てろとは、な」
夫は両肘を机の上に置き、両手を組んで、その上に顎を乗せてため息をついた。
私は私でその言葉に、昼間の様子を思い浮かべて眉を顰める。
「昼間の……あの様子を見ていると、とてもではありませんがクリスティナ・メイ嬢の近くに『聖女』を置いておく気にはなれません。クリスティナ・メイ嬢には今までも他の茶会で顔を合わせたことがありますが、あのような話し方をする娘ではなかった。少々礼儀作法の足らないところはございましたが、今までの茶会などでは、いつも部屋の隅に居て、毒にも薬にもならない娘でした」
「元来は大人しいご令嬢と言うわけか」
「……いえ、まあ、大人しいというのとは、ちょっと違うかもしれませんが」
夫は不思議そうに首を傾げる。
私はコホンと咳払いをひとつしてごまかすと、曖昧に答えることにした。
「少々殿方には理解できないご趣味を楽しまれていまして、その際には娘らしい燥ぎっぷりをみせておりましたよ」
「なるほど」
何かを察したらしい夫は、それ以上追求しないことに決めたようだ。
「そうは言っても、あのように断定的な言葉を使って、根拠のない理由で人を詰るような態度を見せたことはありません。むしろ要らぬ揉め事を避けるような、合わない人間からは自分から避けるような娘でした。例えば陰口を好むような集団には近寄らないようにしていて、そこは好感を持っていたのですが」
「……なるほど」
「人が変わったような、何かに取り憑かれているような、そんな風情も感じられる。我が家が避難所として最善とは言い難いですが、それでもあの場でレミリア・エイラ嬢を気にかけていたのがミリィだけだったのであれば、最良の判断だと、私は思います……面倒事が山積みなのには変わりがありませんけれど」
「わかった。新たな後見人が見つかるまでは我が家に滞在して貰おう」
夫はそう言うと、私が読んだ後、ずっと手に持ち続けていたプロプラム伯爵からの手紙を、自分に渡すようにと促してきた。
「プロプラム伯爵には、私から手紙の返事を書いておく。レミリア・エイラ嬢を預かる件についても。妃殿下からの命を受けていること、いつから我が家に来てもらうかの相談もしたいと。明日は一番で王宮に向かう。陛下にも今の話をしてこよう」
「宜しくお願い致します」
それにしても、と夫が呟く。
「ミリィはどう思っているのかな?王宮から婚約の打診があったことはまだ伝えていなかったとは言え……アンドリュー殿下の花嫁として最有力候補だと自覚はあっただろうに」
その言葉に、私は夫を睨めつけた。
「ミリィ自身は、それが国のためになるなら、何も問題がないと思っているようですよ?」
「あの子は少々真面目すぎるのが問題だな」
「貴方が常々、“個の利益よりも国を基準に考えなさい”と教え込んでいるからですよ」
今度は睨めつけるのを止めて最上級の笑顔で夫の顔を見た。
私の言いたいことを、うっかり理解してしまった夫は、そっと目を逸らし、
「まあ……、今夜はもう、先に休んでいなさい。夜ふかしは美容に悪いよ」
「……おやすみなさいませ?」
もう一度ニッコリと微笑みを返しておく。
「ああ、おやすみ……」