[3] 春、『花愛でる茶話会』にて(3)
「クリスティナ・メイ嬢は、なかなか積極的なお嬢さんね?」
「義理の妹さんが大好きなようで、それは良かったと思いますけれど」
「茶話会中は、自分を売り込まずにレミリア・エイラ嬢を必死に売り込んでいたものね」
「『聖女』を信奉されているのかしら。それはちょっと危うい気が致しますが」
「それにしてもミリィディアナに喧嘩を売るとは、中々の性格ね」
「それは確かに」
くすくすと笑いながらこちらを見てくる妃殿下とお母様。
今日一日、参加されていた方々と社交を楽しみながらも、お二人はしっかりと彼女たちの様子を伺っていたらしい。
私は、頭を右手で軽く押さえながらため息をひとつつくと、
「私で面白がるのはお止めいただけませんか?」
と、お二人にお願いした。
気がつけば、妃殿下とお母様と私、そして側に控えている妃殿下付きの侍女だけとなった庭園。
昼間の賑わいが嘘のように静かだった。
お母様は、二つ年下の妃殿下とは従姉妹に当たり、幼い頃から大変仲が良い。
私にしても、幼い頃からお母様に連れられて幾度となくお会いしているので、公の場を除けばとても気心しれた方だ。
「今もエリアナと話していましたが、レミリア・エイラ嬢は礼儀作法に怪しいところがありますね」
「はい」
妃殿下の言葉に頷く。
今日一日様子を見ていて、私もそう感じていた。
「本来であれば、プロプラム伯爵夫人かクリスティナ・メイ嬢が付き添って教えるべきところですが、夫人は体調を崩されて領地の荘園から出てこられず、現状のクリスティナ・メイ嬢の立ち振舞では難しいでしょう」
「プロプラム伯爵夫人はお体が悪いのですか」
「体調不良は建前、恐らくレミリア・エイラ嬢を引き取ったことがお嫌なのでしょうね」
妃殿下は少々遠い目をなさると、こほんとひとつ咳払いをして私に向き直った。
「『聖女』は他国からも関心がある存在です。レミリア・エイラ嬢には申し訳ありませんが、今のままでは困ります。それで、ミリディアナにお願いがあるのですが」
「どのようなことでしょうか?」
「貴女にレミリア・エイラ嬢の面倒を見てもらいたいのです」
「まさに“面倒”を見る、ってところね」
と茶々を入れるのはお母様。
「ミリィディアナにも申し訳ないですが、レミリア・エイラ嬢を導いてあげてください。貴女と彼女は確か同じ歳のはずですが……貴女ほどしっかりとした立ち振舞いができる令嬢は、歳の近い子ども達の中では居ないことでしょう」
お手本になってあげてください、と妃殿下。
あの義姉のいるレミリア・エイラ嬢のお相手をするのは、例え妃殿下からのお願いであっても、正直気の乗らないお話なのだけれど。そうは言っても、このまま何も知らずに社交界を出歩けば、彼女はどんどん立場が辛くなるのが目に見える。
何より、妃殿下からのお願いをそう簡単に断れるものでもない。
「承知致しました」
少し悩んだものの、結局は了承の言葉を持って頭を下げる。
私の返事を聞くと、妃殿下は安心したように微笑まれた。
「ミリディアナには面倒をかけてしまいますが、宜しくお願いね」
ふと、先程のクリスティナ・メイ嬢の言葉を思い出した。
「念のために確認をさせていただきたいのですが」
「何かしら?」
「水面下ででも、アンドリュー・クレイ殿下とレミリア・エイラ嬢の婚約話が進んでいらっしゃるのでしょうか?」
その言葉を聞くと、妃殿下もお母様も顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「過去の例をあげても、能力の特異性をあげても、王家に迎え入れる可能性は高いわ。ただ、絶対と言う訳ではありません」
「そうは言っても、プロプラム伯爵家と養子縁組までさせて、王宮でお披露目したことで、そのような目で見ている人達が多いことも事実ね」
なるほどと頷く。
「まずは彼女には礼儀作法と知識、それから経験ね。アンドリューの花嫁になるということは、将来『王妃』になるということ。『聖女の力』は王家にとって見逃せない能力であったとしても、『王妃の資質』とは別物だわ。『王妃』としての立ち振舞いが出来なければ、変わった能力があったところで他国に侮られるだけになる。素直で可愛らしいお嬢さんだったけれど、あのままでは無理ね」
『王妃の資質』。
国内、そして他国に対しての礼儀作法に話術、そして駆け引き。現王妃を見ていても、中々に大変な立場だと言える。
今私の目の前に居る、どんな時にでも優雅な笑みを浮かべるリディアナ・クレア王妃の、その後を継ぐ女性は中々いないのではと思うし、私自身も妃殿下をお手本にしたいと常々思っているけれど、道程は遠そうだ、とも思う。
実のところ、私の年齢と父の持つ爵位から、今までは私自身がアンドリュー・クレイ殿下の花嫁第一候補と言われ続けてきているのだけれど。
朗らかで明るい性格に『聖女』の能力。それは私が持っていない彼女の長所だと思う。
もしも彼女の方が私よりも『王妃の資質』があるとなれば、彼女の方が『皇太子妃』にふさわしいということ。
あのままでは無理、と妃殿下は仰ったが、それはつまり、礼儀作法と知識を身につければ問題ないのでは。
それならば。
「まずは、私が識っていることをお伝えすれば宜しいのですね」
理解致しました、と頷いてみせたものの。
「………………」
妃殿下とお母様、お二人揃って微妙な表情で私を見てくる。
「なにかおかしなことを申しましたでしょうか?」
「……いえ、なんでもないの。詳しい打ち合わせは後日に。宜しくお願いするわね」
そう言って、妃殿下は話を切り上げた。
★★★
「うーん……」
従姉妹のエリィ姉様とその娘ミリィーーパーロウ侯爵夫人とミリディアナが立ち去ると、私自身も自室へ戻るために王宮内の廊下を進む。
(あまり欲の無い子だとは常々思っていたけれど……)
『聖女』の存在が明らかになるまでは、ミリィがアンディの花嫁候補だった。
今年、アンディは8月で16歳になる。周囲の重臣たちからも、そろそろ婚約者を決める必要性がある、と煩いくらいに声があがってきている。
実際には、パーロウ侯爵とエリィ姉様にはすでに打診をしていて、後は本人たちの意向を確認して、問題がなければアンディの誕生会で公表する予定だったが、それも『聖女』の出現で流れてしまった。
(その上、ミリィはあっさり恋敵を手助け、と)
むしろレミリア嬢の方が皇太子妃に向いているのであればそれが当然、と本気で思っている表情。
「うーん……」
『王妃』『皇太子妃』『王子妃』というのは国の重要な『役職』である。
確かにそれは間違いないのだけれど。
(『夫婦』になることでもあるのだから、気持ちも大事にしてあげたい)
そうは言っても、家々の繋がりが重要視される事も多く、恋愛感情だけでは済まされない部分も多いのだが。
(半ば政略結婚に近いと言っても、アンディに好意を持っていると思っていたのだけれど)
「うーん……」
(うちの子魅力がないのかしら)
廊下を進む足がピタリと止まる。
11月には社交シーズン到来と共に、アンディは成人の儀を執り行うことになる。そうすれば、婚約者探しが加速することだろう。
タイムリミットは20歳頃までとして。
果たしてどちらの令嬢が『皇太子妃』に相応しいのか。
そもそもアンディはどちらの手を取りたいと思うのか。
「恐れながら妃殿下」
「何かしら?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、茶話会から付き添っていた、侍女のマーサが眉間に皺を寄せて答えた。
「まずはお部屋にお戻りくださいませ」
ブックマークしていただきました皆様、ありがとうございました。
まさかこんな序盤でブックマークしていただけるとは思ってもみなかったので、とても嬉しいです。
この3話目は来週UP予定でしたが、お礼をお伝えしたく今日のUPとさせていただきました。
さすがに4話目は来週になるかと思います。
宜しければ、今後も続けてお読みいただけると嬉しいです。