[2] 春、『花愛でる茶話会』にて(2)
茶話会であった2つの出来事を思い返してみても、結局口撃されるような記憶は見当たらなかった。
「思い返してみても、危害を加えた覚えはないのですが」
そう素直に伝えてみるも、
「とぼけないでくださいな!ドレスの裾が汚れていると馬鹿にしたり!」
「しておりません」
「右も左もわからない妹を妃殿下の前まで連れて行って笑いものにしようとしたり!」
「……勘違いです」
表情は崩さないものの、心の中では頭を抱えた。
(なぜそんな勘違いを)
どちらの場にも、クリスティナ・メイ嬢の姿はなかった。遠目に見て勘違いをしたのか、レミリア嬢が伝え損なったのか。
「どうせアンドリュー殿下と結ばれる妹が憎らしいのでしょう?これからもあの手この手で妹をいじめる癖に!」
本来なら愛らしい顔立ちの少女が、目を吊り上げて口撃してくる。
予想外の出来事に、少々目眩を感じた。
(謎の未来予測まで入って、言いがかりも甚だしいけれど……と言うか……)
「レミリア・エイラ嬢はアンドリュー・クレイ殿下とご婚約されたのですか?」
アンドリュー・クレイ殿下は、国王陛下に良く似たオリーブブラウンの髪色と榛色の瞳を持った、我が国の皇太子。現在15歳で、今年の8月に誕生日を迎えられると大人の仲間入りを果たされる。
皇太子妃候補は数人いるものの、今は確定した婚約者は存在しないはず、と思いながら聞き返すと、
「これからなる予定よ!」
と、ふんぞり返るクリスティナ・メイ嬢。
これももしや、謎の未来予測。
(『聖女』は確かに代々王家に嫁いではいるけれどもーー)
「決まったお話でなければ、まだ口に出して仰らない方が宜しいかと。変な勘ぐりをされてしまいますよ」
庭園内にいる人影は幾分減ったものの、周囲にはまだまだ人目がある。
それこそ『聖女』の義姉がなにか言い出したぞ、とばかりに様子を伺っているのがわかる。
今の言葉を子どもの戯言と受け取るのか。
それともプロプラム伯爵の意向と受け取るのか。
それによって、プロプラム伯爵の立場にも影響がありそうだが、クリスティナ嬢は気がついていないらしい。
「勘ぐりなんて気にしませんわ。決まっているも同然ですから!」
そう言い募る。
(正直に言って困った方だわ、どうしましょうか……)
と首を捻ったその時、帰りの挨拶回りを終えたプロプラム伯爵とレミリア・エイラ嬢が慌てたように駆け寄って来られるのが見えた。
プロプラム伯爵は顔を真っ青にして、レミリア・エイラ嬢は顔を真赤にして。
「こら、クリスティナ!勝手なことをしているのではない!」
「お姉様!」
クリスティナ・メイ嬢の後ろまで二人はやってくると足を止め、
「大変申し訳ない!」
とクリスティナ・メイ嬢の頭を無理やり下げるように肩を押すと同時に、プロプラム伯爵はご自分も頭を下げられた。
「申し訳ございません!」
その横で、やはり頭が膝に付きそうなくらい体を折り曲げて謝るレミリア・エイラ嬢。
この一連の様子までも、未だ帰ろうとしない茶話会の招待客が、好奇の目を向けて伺っていた。
(いたたまれない……。この場から早く捌けさせていただきたい……)
「お父様、痛い、痛いから肩を押すのをやめてください、頭を押すのをやめて!」
プロプラム伯爵に無理やり頭を下げさせられているクリスティナ嬢は、ジタバタと抵抗し始めた。
それにしても、クリスティナ・メイ嬢とは、こんな方だったろうか。少々人見知りをする、大人しい少女だった覚えがあるのだけれど。
どちらにせよ、これ以上は目立つようなことになって欲しくはない。
「プロプラム伯爵、大丈夫です。私は気にしておりません。むしろあまり騒ぎますと周囲の方にご迷惑がかかりますので、これ以上の謝罪は不要です」
プロプラム伯爵の挟んだ向こう側ので、妃殿下とお母様も何事かと様子を伺っているのが見えた。
「レミリア嬢もお気になさらずに。……母が待っておりますので、本日はこれで失礼致します」
腰を折って会釈をすると、レミリア嬢の脇をすり抜けて、母の元へ小走りに駆け寄る。
プロプラム伯爵は、私を追いかけるかどうか迷ったような仕草を見せたが、結局その場でこちらに頭を下げると、娘二人を連れて会場を去っていった。
それをきっかけに他の客も止めていた足を動かし、会場を後にしはじめた。
その様子を見て、ほっと息を吐く。
「ご苦労さま」
「お疲れ様、ね」
それまで様子を伺っていた妃殿下と母は、若干の笑いを含ませながら、そう私に声を掛けた。