1話 ある一日
(コンコン)
扉を叩く音が聞こえる。しかしその程度では深い眠りを覚ますことはできない。冬の朝は寒いのだ。お布団は自分を離さないし、自分も君を離さない。自分とお布団の関係だ。
「もう朝です起きてください」
今度は扉越しにすこし怒気を孕んだ声が聞こえてきた。意識は一瞬覚醒しそうにもなったがお布団が離してくれないのだ。これは仕方ないもうすこしここにいよう。
「無視ですか、ならわたしにも考えがありますこんな酷いことしたくなかったんですけど…」
一体何をする気なのだ。意識は半ば覚醒状態にあるが寒いのには変わりがない。見せてもらおう考えがとやらを
「中、入りますよ」
まさか実力行使で叩き起こすきか?しかしだ、その程度で自分とお布団の関係を崩せると思うなよ、我ら一心同体。だが予想は外れたのか待ってもやってこない。と、その時、バァァァンという音とともに大量の冷気が流れ込んできた。ま、まさか窓を開けたというのか…?この極寒の中?
「どうですか、頭も冷えて起きる気になりました?」
「…」
「そうですか…仕方ないですねっ」
その瞬間布団が剥ぎ取られた。
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「おはようございます、本当に朝弱いですね」
「おはようイルミナ、お布団が離してくれなかったんだ」
彼女はイルミナ。大っきな狐の耳と尻尾が特徴的な人と動物の混合種。三ヶ月前、雪降りしきる深い森の中で見つけ、保護して以来、どういうわけかお礼にということで家事全般をしてもらっている。自分一人が住むには広く、家事も苦手な自分としてはかなり助かってはいるが、家は村の外れのすこし大きなただの民家なので「ここにいて楽しいのかな?」と常に疑問である。
自分はといえばただの人間。語るべきことがあるとすればこんな極北部に来る前の話だ。
とある王国で弱冠17歳にして王国最強の名誉を手に入れた自分は、魔物討伐に出かけたりするうちに英雄とまで言われるようになった。それはそれは素晴らしい生活で住処にも食料にも金にも女にも困らない夢のような、理想卿のような生活、に見る人は見えただろう。
しかし自分の心は全くといっていいほど満たされなかった。理由は単純、その王国が嫌いだったからだ。その国は奴隷制度があった。奴隷の対象は重罪を犯した犯罪者たちである。そこまではいい。しかし国はさらに亜人(獣人の蔑称)を無条件で奴隷にしていたのだ。
人間より獣人が好きな自分としてはその行為が許されるものではなかったため、王国内に組合を作り、同志を集め、獣人の無差別奴隷化反対運動を行った。獣人にも人権を与える法を作らせようとした。しかしそれに対する王国議会の反発は強く、国外追放を言い渡された挙句、王直属の秘匿暗殺部隊まででしゃばってきた。王国最強とはいっても、他にも強い者は十分いたし、ましてそれが数十人の連携で来られたら英雄であれ負けるのである。その結果自分は痩せ細り生傷絶えない男の獣人と貴族に辱められ、弄ばれる女の獣人を尻目に逃げるようにここまできたのだ。
30年後の次回投稿にご期待ください。