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カエルの子はドラゴン  作者: チャオリー
木の中の蛙、大海を知らず。されど大空を飛ぶ
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第二話 闘いの結末

第一部 第二話






巨大化していくカエルだったものの体。


その体がどんどん大きくなるにつれ、カエルの全く意図しないところで破壊は広がっていく。


「あぁ……郷が……! カエル!! やめるんだ、カエル!!!」


()()の悲痛な声が、きっとカエルに確かに届いているはずだった。


だが、カエルはもはやカエルとしての意識がなくなっているようだった。


言い換えるなら怒りで我を忘れてしまっていた。


『ウオオオオォォォォォォォオオオ―――ッ!!』


咆哮。


その間、人間達はその場からまったく動けずにいるようだった。


ドラゴンは窮屈そうに身体を2度震わせたかと思うと、いよいよ翼をはためかせた。


そのまま空中へと舞い上がるものかと誰もが思った。


しかし、ドラゴンは飛び上がる直前に、目の前の仇敵(てき)を逃しはしなかった。


『……ガァァッ!!!』


ようやく危険な状況であることに気付き、後退を始める油圧ショベル。


ドラゴンは一足飛びに踊りかかり、そのキャタピラーを強靭な竜爪で打ち砕いた。


『ギ……ゴォォォン!』


鉄の合金で出来たキャタピラーをスクラップにし、更にそのままの勢いでもう一撃加え、ボディを地面に埋め込む。


これでもうまともに動くことさえ出来ない。


そこからは一方的だった。


原型を留めていないほどの状態になるまで、恐ろしい牙と爪で標敵(てき)を攻撃した。


最後にドラゴンはありったけの力を込めて爪でがっしりと車両を持ち上げると、そのまま空高くに舞い上がった。


50m以上もの高さ。この天空から車両を投げ落とせば、中にいる失神した操縦者もただでは済まないだろう。


ドラゴンは、翼をバサバサと揺らしたかと思うと、車両を捕まえたまま地上に向かって急降下し始めた。


40m、30m、20m、猛スピードで地上が近づいてくる。


このまま地面にぶつかる直前に車両を投げ落とす。


そのつもりだった。








声が聞こえた。


「止血ッ! 急げ!! まだ助かるぞ!!」








声が、聞こえた。


「おい! しっかりしろ! ……あぁ、あっちにも負傷者がいる! 救護班!!」








みんなの声だった。


「クソォ! 瓦礫(がれき)が邪魔で中まで入れねえ! 誰か、こっちに来てくれ!!」








地上まで、10m。


ドラゴンは、車両を捕まえたまま、少しずつ降りていった。


「……」













また、声が聞こえた。







「お父さぁん……。 お母さぁん……。 どこなの……」



「……」



地上まで5m。


ドラゴンの体に、カエルの意識は理性は戻っていた。


つい先ほどまでドラゴン(カエル)を支配していたのは1つだった。


(このドラゴンの力で、郷を襲ったニンゲン達を殺す……)


だが、今は違っていた。


(今ここでニンゲン達を殺して、何が残る? 殺された者たちに残るのは憎しみと悲しみだけ。同じ目に遭わせてやって、俺達はまた元の平和を取り戻せるのか?)


葛藤があった。



地上まで2m。


やがて1つの考えが生まれた。


ズ、ドォォン!


ドラゴンは車両を地面に放り投げた。


その衝撃で、さっきまで失神していた中の操縦者が目を覚ました。


目の前に巨大なドラゴンが、まだいるという現実に青ざめた表情でガタガタと震えている。いい気味だと思った。だが、そうではなく――


「ゲコゲコ、ゲコゲーコゲェロ(……話し合えば、分かるのかもしれないと思った)」


「――?」


震えていた人間は、ドラゴンがゲコゲコと言い出してる非現実的な現状に頭を捻った。


当然だ。カエルに人間語は話せない。ドラゴンになってもそれは一緒だった。


「ゲコゲコゲェコ、ゲロゲーコゲコゲェロゲーコ(俺達の住処(すみか)を襲い、仲間を殺したお前達ニンゲンが許せなかった)」


「――? 何か言っている……のか?」


「ゲココゲロゲーコゲロ……ゲロゲロゲゲロゲロゲゲココゲーロゲーロ(だけど命を奪われるってことは……家族や仲間と永遠に別れるってことだって気付いた)」


ドラゴンの目には、涙が光っていた。


それを人間は黙って見ていた。


「……ゲロゲェロ、ゲココゲゴ。ゲコゲッコゲェーロゲコゲコゲェゴ(……お前達にも家族が、仲間がいるんだろう。その居場所は奪うのはやっちゃいけないことなんだ)」


「……」


それはとても不思議な光景だったに違いない。


だが外国へ行った時に言葉が分からなくてもジェスチャー等でなんとなく意思が伝わることがあるように、この時のドラゴンと人間とには何か分かり合えるものがあった。


「ゲェコゲコ。ゲロゲゲコゲコゲーロ(家に帰るんだ。これ以上俺達の郷に手を出すな)」


一言一句、人間にとっては何も言葉としては聞き取ることは出来なかった。なぜならカエル語だったから。


しかし、何かを必死で、本気で訴えているのだということは理解できた。


カエルにとってはそれで十分だった。


「……分からないが……ドラゴンの怒りに触れた、のか? 俺達は踏み入れちゃいけない領域に……ってことか」


人間はもはや恐怖心などは忘れている様子だった。考える姿勢のまま、何かをぶつぶつ(つぶや)いている。


それを今度はカエル(ドラゴン)が見下ろすような形で黙って様子を伺っていた。


もちろん、このまま何か別の方法で郷を攻撃し始めるようであれば、容赦なくこの人間を含め他の人間も全て殺すつもりだ。


だが、ジィガに教えてもらった人間という存在は、話し合いなど通じないまったくの悪の存在というわけではなかった。


だから黙って見ていた。次に何かの変化が起きるまで。


そして変化はすぐに現れた。


「……俺達がしたことで何か逆鱗に触れたってことで、いいんだよな? 謝らせてくれ……いや、謝らせて下さい」


その人間はボロボロの操縦席から降りて、よく見える場所まで進んでくると、頭を下げた。


「すまなかった。もうこの区域(エリア)で森林の伐採などはしないようにする」


人間はそう言って、胸元にある無線送受信機(トランシーバー)を使ってこの場にいない別の誰かに話しかけた。


「コード109発生。チームアルファはただちにC地点に戻れ。繰り返す――」


言い終わった後、人間は顔を上げた。


「……では、これで俺達は失礼する。正直言って上司に何て報告したら……まぁ、それは後で考えるか」


そう言って(きびす)を返す。


この場から人間がいなくなるまで、ずっとドラゴンは人間が立ち去った方向を見ていた。


「さて……」


襲い掛かってくる人間の姿、なし。


ヒグラシの郷の騒ぎ、一段落。


問題発生、一件。


「どうやって元に戻るんだ? コレ……」


ドラゴン(カエル)は独りごちた。


すると、すぐにキイィィィという音と共に(まばゆ)い閃光が辺り一面を包み込んだ。


やがて光が収まると、カエルは元の姿に戻っていた。


「おっ?! 元に戻ったぞ」


一瞬だけ、ずっとドラゴンのままだったらどうしよう……と思ったカエルだった。


「さて……郷の様子を見に戻るか」


と、一歩足を踏み出した時だ。


「ッ!?」


時間にして一秒未満ではあったが、体中がこむら返りを起こしたかのように内側で暴れまわるような痛みがあった。


闘いの影響だろうか? しかし、今はそんなことを考えている余裕はなかった。


カエルがいたのは<ヒグラシの(さと)>から少し離れたところだった。


無意識下の中でもカエルは、郷に被害が出ないように外で戦うことを選んでいたらしい。


そうしてカエルはヒグラシの郷へ戻ってきた。


まだ襲撃の爪跡が残る場所に。


    *


「カエル! どこに行ってたんだ!」


「あのドラゴン、なんだったんだ?」


「郷を守ってくれたみたいだったけど……」


「とにかくニンゲンはもういないんだよな? 良かった……」


「はあぁ……どうすんだよ、郷、ボロボロじゃん……」



など。これらはすべて、住民たちの会話だ。


中にはドラゴンになったことさえ知らず、カエルの身を案じる者もいた。


ついさっきまで闘いがあったカエルは、それら全てに付き合う気力はなかった。


そうしてふらふらとした足取りで辿り着いたのは、ジィガの元だった。


「カエル……」


「……じいちゃん」


消耗した身体、引きづるような足取りでジィガの前へと進む。


目前、ジィガの目は悪いことをした子どもを叱る時のような鋭さがあった。


そして――パァン! という乾いた音が鳴り、続いて頬に熱い痛みを感じて、カエルはジィガに横っ面を張られたのだと遅れて理解した。


「この……ばかもの!! クリスタルに触れるなとあれほど言ったのに……」


「……」


カエルはただ黙って、周りの惨状に目を向けた。


嘘のような光景だった。


傷ついた者、泣き叫ぶ者、必死に瓦礫をどかす者、ただ呆然と立ち尽くす者。


それら全ての者が昨日まで平和に暮らしていた郷の荒れ様も散々だった。


「……」


「傷ついた者の何名かは、お前と人間との闘いの影響でそうなった、そのことは分かっているじゃろうな?」


「あァ……分かってるよ……」


「なぜ、とは聞かん……あれに触れた者は自分が自分でなくなる。そういうものなのだ」


「うん……」


(つら)かった。


あの時クリスタルに触れなければ。


怒りの感情に負けなければ。


ドラゴンに成っていなければ。


戦うための力を求めなければ。


自分の考えが若くなければ。


「……うん……」


涙が出ていた。


「……俺は……俺は……っ」


「……」


ただ、守りたかった。だけなのに。


涙があふれて来て止まらなかった。


泣きじゃくるカエルを優しく抱きしめる温もりが包み込んだ。


「……カエルよ」


「あぁっ……ひっ……あぐぁっあぅ……」


「よく、戻ってきた」


ジィガは、カエルが泣き止むまでずっと傍にいてくれた。


    *


「……それで、ニンゲンは帰っていったんだ」


「そうか。ならば当分の間、襲撃はないということじゃな」


場面は移り変わってジィガの小部屋(といってもハスの葉で屋根を作り、木の枝をツルで編みこんだものを壁にしてあるだけのものをそう呼んでいる)。今はお互いの情報交換中だ。


「その……カエル。ドラゴンに成った時のことは覚えているのか?」


「ん? ……あぁ、覚えてらァ。とにかく胸糞悪くって何かをブッ壊したいっていう気持ちだったな」


「やはりそうか……」


「何か知ってンのか?」


「うむ……」


そこで、一呼吸おいて振り返るジィガ。


そのまま背中で語りだす。


「クリスタルにはお前が体験したような不思議な力がある。その力は人間をも上回るものだ。だが強すぎる力が故に、制御しきれず、自我の崩壊を引き起こす……というようなこともある」


「なるほど……」


「この郷にあった緋色のクリスタル。あれは今お前の体の中に納まっており、暴走せず安定している」


「ふむふむ……」


「だがもし、また何かのきっかけで暴走するようなことが起きれば、郷の被害は更に拡大するじゃろう」


「……あぁ。そうだな」


ジィガはまた振り返り、カエルと向かい合った。


そして、ビシッ! とカエルに指差して言い放った。


「カエルよ! お前に命じる! お前は明日このヒグラシの郷を発ち、外の世界へ旅に出よ!」


「俺が……外へ?」


「そうじゃ。外の世界には色んなものがあり、色んな景色があり、色んなことが起きる。クリスタルについて知っている者もいるじゃろう」


「クリスタルを知る者、か……」


「お前はそのクリスタルを知っている者に会い、旅の中で修行を重ね、ドラゴンの力を完全に制御できるように克服するのだ!!」


木の中の蛙。未だ大海を知らず。


されど、家族の愛と世界の広さを知る。




    第一部 第二話 完。

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