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命の担い人  作者: これは、神作品なのか……? いや、それは非常に遺憾であり、コインランドリーに駆け込むフィリップ氏のような感じます。
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異変の最中で

 「自然調査班からの報告によれば、アマニュバーハ―は現在ムータルクに生息しております」


 クァゲータルを討伐した翌日、レイベルは再び総合行政事務局へと足を運んでいた。旅支度の整った軽装に、背には重量感のあるリュック。明らかに、遠出を前提とした姿だった。


  昨日と打って変わって晴天の空になったことで、事務局の利用客は増しており、レイベルと同じ様な目的で訪れる人も少なくない。


 事務局では他国の環境情報や現状の生態系などを無料で提供しており、大体の情報はここで手に入る。税金が使われているとはいえ、それは都市の安全に安全を支える重要な投資だ。


 レイベルが今回訊ねていたのは、アマニュバーハーの現生息域。

 正直なところ、わざわざ都市外に出向くつもりはなかった。だが「装備が整うまで狩りに出るな」と言い切った手前、行動せずに待つ選択肢は彼にはなかった。


 「……そうですか。ありがとうございます」

 「お役に立てて光栄です」


 華やかな笑顔で社交辞令を口にする女性職員。彼女も恐らく、レイベルの悪評はしっかりと記憶していることだろう。だが彼女の顔に曇りは一点もない。それは教育の賜物か、あるいは職無意識の高さ故か。


 「それで、次のムータルク行きの馬車は何時発ですか?」

 「えっと……三十分後でございますが、今から向かわれるのですか?」


 少しだけ眉をひそめた彼女の顔に、レイベルは違和感を覚える。


 「ええ、急用があるので。何か問題でも?」

 「……現在ムータルクでは、緊急避難警報が発令されています。移動はお控えになった方がよろしいかと」


 警報。その言葉に、レイベルの表情は変わらなかったが、内心には小さな刺が刺さった。


 ムータルク周辺はもともとモンスターの活動が活発な準危険地帯だ。警報が珍しい訳ではない。だが、職員の表情はどこか深刻だった。


 「忠告、感謝します」


 それでもレイベルはそう言い残して、乗車場へと向かった。



 ムータルク行きの馬車はヴェンゼル級モンスター、『フェルメイス』によって牽かれている。体力・筋力・耐久力に優れ、準危険地帯への大人数長距離運送に用いられる。


 通常であれば多くの便があるのだが、この日は違った。警報の影響で本数は激減し、加えて同伴する狩人も、生半可なものでは無く両方とも実力者。


 そして本数が少ないにもかかわらず、この日の乗客数は狩人とレイベルを除きたったの五人だけであった。


 異様な空気が馬車内に充満し、皆の顔も必然的に険しくなる。そんな陰鬱な雰囲気を乗せたまま、フェルルメイスが大地を蹴り、静かに出発した。



 ムータルクはアウルベルクの遥か西に位置する大都市である。準危険地帯に面していながら、平穏な営みを基本的には維持できる戦力と、それを支える物資が不足しない流通網。それらが実現できているのは、偏に狩人と騎士の協力体制が親密になっているからだろう。


 そんなムータルクは、通常の馬車であれば休憩も含めてアウルベルクから一週間近くはかかる。しかし今回のフェルメイスでの運輸であればたったの二日で事足りる。ヴェンゼル級という位が示す通り、体力とスタミナ、そして強靭な肉体は伊達ではない。


 そして予定通りの日数でムータルクに到着したレイベルは、馬車を降りた瞬間に異様な空気を感じ取っていた。


 レイベル自身何度も訪れた地ではない。だが明らかに、目視でも戦闘系統職の割合が多いように見受けらえる。恐らく今回の警報発令は異例中の異例だろう。だとすれば、この異様さも頷ける。


 そんなことを考えながら、この都市で総合行政事務局の役割を担っている施設へと、レイベルは歩み始めた。


 ここムータルクは『騎士の都市』と呼ばれ、その通称通り多くの騎士がこの都市で生活を営んでいる都市だ。最近では狩人の移住者も増加傾向にあるが、それでも鍛冶屋や武具屋では、騎士を専門とする店も未だ少なくない。


 そして騎士職が多い最たる理由、それは世界的に見ても名門である、ムータルク騎士教育学校がこの都市に構えているからである。


 卒業者は皆、例外なく高い戦闘力を持ち、逆に脱落者や死者も少なくないと噂される、精鋭の名門だ。


 そんな学校を誇るムータルクであるが、レイベルはそれを拝むことなくムータルク版総合行政事務局に足を運んでいた。

 正式名称、聖騎士連盟議会。その名が示す通り、騎士が中心となり運営する施設である。事務局と同じ役割に加えて、様々な決議がここで行われる場所。


 そして外観、内観共に事務所を上回る豪華絢爛さと広大さ。赤い絨毯や光を反射させるシャンデリアは勿論のこと、純金の装飾や精巧な芸術作品が陳列されている。さらに、金融取引もここで可能なため、金融財産を警備する騎士が巡回している。


 そんなことを気にすることなく、レイベルは外出許可を貰いに狩人支援課に足を運んだ。


 「現在、ムータルク周囲のモンスター生息区域には、立ち入り制限がかかっています。戦闘系統の職業であることに加えて、狩人なら上位三等級以上、それ以外なら上位二等級以上が条件でございます。したがって、お客様の認定証の提示を願います」

 「……了解しました」


 女性職員から告げられた上位級以上の立ち入り制限。それはすなわち、それ相応のモンスターが確認されたことを意味する。


 普段レイベルは鍛冶職の認定証を見せる機会しかなかった為、狩人の認定証を取り出すのに時間をかけたが、言われた通り職員の前に提示した。


 職員はそれを丁寧に受け取り、レイベルの階級を確認し始める。


 「神級狩人……はい、問題ありません。では外出許可証を発行致しますので、少々お待ちください」


 彼女は一通り認定証に目を通した後、そう笑顔で告げて番号札をレイベルに渡した。


 この都市の職員はレイベルの悪評を知らないだろう。だから彼女はレイベルを神級狩人として認識したに違いない。現役神級狩人は希少な存在。普通であれば驚きや敬意、或いは畏怖を抱いてもおかしくはない。


 にもかかわらず彼女は淡々と業務を進めている。その職業意識の高さに、レイベルは感心していた。


 そうして間もなくしてレイベルの番号が呼ばれ、現在の森の状況とモンスターの説明をされた後に、許可証が手渡された。


 その時の職員の瞳は僅かに揺れていた。


 「……どうかお気を付けて」


 その言葉に嘘は無かった。



 ムータルクには主要な門が複数存在するが、警報発令の影響で門の開閉状況も通常と異なっている。

南に位置する馬車の出入が頻繫に行われる正門、東に位置する狩人の往来が最も多い第二流通門。それ以外は閉門措置が取られ出入りは現状不可。


 そして現在レイベルは、第二流通門に足を運んでいた。門番を務める狩人や騎士の数が例日より遥かに多く、装備も見ただけ分かるほどに質が高い。強面というわけではないが、厳かな風貌とがっしりとした風格の者が多く、近寄るだけで萎縮する人がいてもおかしくないだろう。


 「外出許可証、確かに確認致しました。お気を付けて」

 「ありがとうございます」


 そんな門番の一人に怖気づくことなく、レイベルは外出許可証を提示し都市外に出ようとしていた。


 門の上壁にいる門番が外壁状況を確認し、合図が静かに出る。それを確認した地上班が、ゆっくりと開門した。


 重々しい開門の音が鳴りやんで、レイベルが都市の外へと足を踏み出した。

 背中に微かに不安を背負いながらも、彼の歩みは止まらなかった。



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