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命の担い人  作者: これは、神作品なのか……? いや、それは非常に遺憾であり、コインランドリーに駆け込むフィリップ氏のような感じます。
6/11

否定的な決意

 

 翌日のアウルベルクも、昨日に引き続き上空には雲が広がり、雨水を降り注いでいた。


 そんな雨でもアウルベルクの活気が冷え切ることは当然ない。例日に比べれば人の数こそ少ないが、本日も多くの人・モノが絶え間なく流動している。


 特に大通りでは傘をさして歩く人が多い為、普段よりも歩みが遅い。そんな雑踏を縫うように、傘をささずにレイベルは歩みを進めていた。


 そして辿り着いたのは総合行政事務局。その大きな扉の前でコートに付着した水滴を軽く叩いて落とし、ハンカチで髪などを拭いながらそのまま中へと入っていった。


 いつもであれば仕事がらみの要件で来るのだが、本日は別の用事。昨日マークの看病で果たせなかった要件を済ませるためである。


 その為、レイベルは受付カウンターには足を運ばず、待ち合わせ場所として開放されている——ソファやテーブルがふんだんに用意されている大きなスペースへと向かっていた。


 「すまない、待たせた」


 そしてとある人物を見つけて、そう声をかけた。

 その人物は書物を嗜んでいたのか、一冊の本に目を通していたのだが、レイベルの声でやや上に視線を向けた。


 長く艶のあるブロンドヘアに、気品あふれる居住まい。そして柔らかな表情と大人びた顔立ちを両立させた美顔。


 名を、アルマティ・ピュラス。職業は聖官者であり階級は神級。紛れもなくその道の実力者である。何時ぞやの新聞に記されていた名の女性である。


 聖官者は通常、白や青が主体のローブのような礼服を身に付けているのだが、この日のピュラスは赤を基調としたドレスを着こなし、髪には花飾り、両耳にはエメラルドのピアスを付けていた。


 そんな事務局と聖官者には不釣り合いな格好の彼女は、レイベルが視界に入るなり微かに睨みを利かせた。


 「ええ、随分と待たされたわ」


 見た目通りの柔らかな声音。まるで赤子をあやすときの様な優しさすら感じられる。だがそれに反して口調は刺々しい。その様子から彼女に少なからず不満があることが伺える。


 レイベルは「すまない……少し、雨で……」と再度謝罪し、対面する形で腰をかけた。


 「ところで、ピュラスが私服なんて珍しいな」

 「どうだっていいでしょ。早く要件を言いなさいな」


 パタリと本を閉じて一層睨みつけるピュラス。レイベルに個人的な話はしたくないらしい。


 「……そうだな」


 若干の憂いを見せて両手を握り合わせるレイベル。だがピュラスに言われた通り、雑談をすることなく早速本題を口にする。


 「最近、メイビスの息子に会った」


 静かな声だが重々しい雰囲気が漂い始める。


 ピュラスもメイビスと深い関わりがある。だからその話題に少なからず関心があってもおかしくはない。だというのに、彼女の表情が揺らぐことは微塵もなかった。


 「そう。それで?」


 彼女の口から出たのは淡白な言葉。その様子を見て一つの事実を確信する。


 「お前、以前そいつに会ってるだろ?」


 彼女の様子を眺めながら、レイベルがそう結論付けた。もっとも、彼女に会う以前にその仮説は立てていた。マークから見せられた日記。そこに記された字は見覚えがあった。それは今目の前にいる者の——。


 「だったら何?」


 曖昧な返答だが、この場合肯定ととっていいだろう。


 「別に。ただの確認だよ……だとすれば、メイビスを記した日記を渡したのはやはりお前か」

 「日記? ああ、あれのことね。ええ、私がくれてやったわ……まさかそれが本題?」

 「……いや、違う」

 「随分と遠回しに話を進めるのね。さっさと本題について話しなさいよ」


 機嫌を損ねた子供の様に、話の核心に触れろと急かすピュラス。いや、じれったい会話に嫌気がさしたのではなく、レイベルと不要な会話をするのが不快なのだろう。


 それでも、レイベルはすぐに口を開くことはなかった。話すことを躊躇っているというよりかは、言葉を選んでいるように見えるが。


 「なら単刀直入に聞く」


 意を決してピュラスを鋭い双眸でもって射抜く。


 「狩人への転身をあいつに提言したのは、お前か?」

 「は?」


 単刀直入に聞いたわけだから何の脈絡もない切り出し。それでも、あまりにも突拍子もない問いにピュラスが呆れた声をこぼす。


 「全くもって質問の意図が分からないのだけれど」

 「そのままの意味なんだが……まあいい。あいつが……メイビスの息子が騎士学校の出身なのは知ってるか?」

 「……ええ、一応。私が会った時は、彼が騎士学校在籍中だったから」

 「そうか。だがあいつは、騎士ではなく狩人をやっている。俺はその動機が知りたい」

 「なら私じゃなくて本人に聞けばいいでしょ」

 

 当然と言えば当然の解決策を、ピュラスが冷めた眼と共に言い放つ。


 「……いや、そうなんだけど……」


 とはいえ、それができないから今ここで尋ねている訳である。それはピュラスも薄々は気付いていた。


 「察するに、無理だったのね。で、日記と関連付けて私に聞きに来たって訳?」

 「まあ結果的には。本当はお前に先に聞くつもりだったんだが——」

 「そんなのどうでもいい。それを聞く意図は何?」


 ピュラスの口調と目つきがより一層鋭さを帯びる。その理由は不明だが、少なくとも彼女の機嫌が良くないことだけは分かる。

 それを弁えた上で、レイベルは語り始めた。


 「あいつは狩人よりも騎士の方が向いている。だから…………いや、違うな……あいつの生き方が、どこか危うく感じるんだ。うまく言葉にできないけど、目標を目指して前進しているというよりかは、迫りくる焦燥から逃げて退くことを躊躇っているような、そんな感じ。だから、自分の意志ではなく他人の影響で、狩人になった気がするんだ。……お前がもしあいつを狩人の道に勧めたのなら、諦めさせて欲しい。そうでなくとも、一緒に説得して欲しいんだ。でなければ、近いうちにあいつは——」



 ——はぁ。



 と、レイベルの弁を遮る様に、深いため息が彼の前を過る。そのため息は他でもなく、ピュラスが発したものであった。


 「あのね、レイベル」

 「……なんだ?」


 そして、唐突に改まった口調でピュラスがレイベルの名を口にした。彼女の雰囲気ががらりと変わる。けれど、それは決して肯定的な意味合いではなかった。


 「人を馬鹿にするのも大概にしろよ」

 「……は?」


 予期せぬ発言にレイベルの言葉が詰まる。


 「あんたが何を考えようと構わないけど、私を巻き込むな」

 「何を——」

 「利己的な憶測で私に関わるなって言ってんだよ」


 先程までとは一変した、重々しい声でそう言い放ったピュラス。


 「私は彼に転身を勧めた覚えはない。全くもってね。それを私のせいにして……私はね、あなたを恨んでいるし、メイビスの息子に関心もない。だから彼とは関係もないし、関わるつもりは一切ない。これが答えよ、いい?」


 一方的に言い終えてピュラスは再びため息をついた。

 その間にレイベルは反論をすることは無かった。いや、する気にはなれなかった。それは彼女の言葉故だろう。


 レイベルは薄々気付いていた。ピュラスが自身を憎んでいることを。それでも、改めて言葉にされると心に来るものがある。


 「それじゃあ、この後別件が控えてるから私は失礼するわ。今回は気まぐれで付き合ってあげたけど、当分は関わらないでね。お願いだから」

 「……ああ、今日はありがとな」


 最初と比べれば随分と弱々しい声で感謝を告げるレイベル。

 だがその言葉に返事はなく、ピュラスはそのまま事務局を後にした。


 独りになった瞬間に、レイベルは天を仰いだ。広く豪華絢爛な天井と照明が目に映る。けれど、それが一瞬ぼやけた。内の奥から目を通して悲哀が流れ出たのだ。


 思わず目を閉じる。それでも、哀しみを閉じ込めることはできない。


 ——メイビスが生きていれば……。あいつがいれば……。


 そんな身も蓋もない願望を、無意識に抱き始める。そして無意識に過去を振り返る。


 中途半端に狩人を引退し、中途半端に鍛冶師を続けて迷走している。厳密には狩人を引退した訳ではない。今も認定証は保有しているから、活動自体は自由にできる。いや、だからこそ中途半端なのだ。

 何も得ることはできず、失ったものは数知れず。そんな十年間だった。

 ……もう、終止符を打ってもいいだろう。踏ん切りをつけるいい頃合いかもしれない。


 「ふぅ……」


 ゆっくりと目を開けて深いため息を吐く。


 だが、引退するにしてもやることをやってからだ。マークの装備作成、それだけは完遂しなくてはならない。

 そう心の中で結論付けてゆっくりと立ち上がる。

 そして重い足取りで事務局を後にした。



 その後レイベルは一度自宅に戻り、都市外へ出るための身支度を整えていた。マークはもういない。


 恐らく、今頃は現役狩人にスキル習得を手助けされているだろう。


 そして再び家を出て数時間後、アウルベルク近郊に位置する森に来ていた。雨は依然降り続けている。それでもレイベルは気にせず森を歩き続ける。


 都市から歩いて数時間しか離れていない立地と低級のモンスターが頻出する為、新人狩人がよく足を運ぶ森なのだが、森の中心近く——深層領域と呼ばれる区域には上から四番目の階級である、デュクス級も出現する危険領域となっている。その深層領域との境界線は曖昧であり、新人狩人はそれを見誤って進み続け、結果命を落とすことが少なくない。


 その為、新人殺しの森という通称で危険視され、軽んじるルーキーは少ない。


 そんな森であるが、レイベルは微塵も恐れることなく歩みを進めて、ついには深層領域へと足を踏み入れていた。


 事務局での容姿とは打って変わって、動きやすい服装に胸や腕、脚などに防具を付けた戦闘服。それでも、どこか物足りなさを感じる程度には軽装である。加えて、腰に差している剣も珍しい代物ではない。


 それでも彼が物怖じしないのは、仮にも神級狩人であり、この程度の森であれば軽装でも問題ないと判断したからだろう。


 そして、この森に訪れた理由はただ一つ。マークの装備を作るための素材調達である。


 鍛冶師が素材調達を行う場合、それが流通していないものであり、モンスターが調達源であれば狩人に依頼するのが普通である。つまり、鍛冶師本人がわざわざモンスターのいる巣窟に出向くのはレアケースである。だからレイベルの行為は元狩人だからこそできる所業である。とはいえレイベルは、狩人らしい活動をここ数年してこなかった。だから全盛期と比べれば腕は間違いなく落ちている。それでも、レイベルはマークの装備作成において、他の狩人を頼る気は全くなかった。


 因みにレイベルが狙っている獲物は、この深層領域に巣くう鳥類モンスター、アマニュバーハ―。そのモンスターの羽が目当てだ。とはいえ、奴らは渡り鳥の特徴を持つため、必ずしもこの森に生息している訳ではないのだが。


 アマニュバーハ―は大人の掌より一回り程大きい小型の鳥類モンスターなのだが、多様に色を変化させる羽毛と、群れで狩りをする統率力、そして鳥類にはあるまじき鋭利な牙を持ち合わせている。その脅威度合いは、上から五番目のヴェンゼル級であり、油断はできない。


 と、そんなモンスターを探しながら森をすまし顔で歩いていたレイベルだったが、僅かな気配を感じて足を止め、周囲に目を配る。


 雨の匂いに混ざって、獣の気配がした。


 その刹那——。


 咆哮が森を裂いた。

 無数の鳥が空へ逃げる。羽音の轟き。だがアマニュバーハーの姿は無い。


 アマニュバーハ―は決して弱くは無いが、基本的には臆病なモンスターである。つまり先程の咆哮で姿が見えないということは、恐らくこの近辺にはいないだろう。いや、既に別の地に飛び立った可能性すらある。奴らは不定期に、気まぐれに移動するから不自然ではない。


 そう判断して踵を返した、その時だった。


 レイベルの視界の先で佇む、異形の影。


 体躯は三メートル。鰐に似た胴体と頭部、しかし手足は蜘蛛のような細長い節足であり、数は計十本。全身は白い毛でを覆われ、顔に目は無い。代わりに絹のようにひらひらとした赤いものが垂れ下がっている。


 赤いひらひらはセンサーとなり、目の代替の働きをしている。それがゆらりと揺れる。まるで血の花が舞うように。


 《クァゲータル》。それこそがルーキー殺しの異名を持つ、深層領域を支配するデュエクス級のモンスターだった。


 とはいえ、レイベルからすれば格下。一切動じることなく剣を抜き構える。

 鈍く輝く刃が雨粒を受け、ひときわ静かに光る。


 戦う理由はないが、行く手を阻まれた以上、迎え撃つのみ。


 視力が無いというのにレイベルの動作に反応して、魔獣が口を開く。黄ばんだ牙を見せつけて殺意を放つ。直後——。


 ——ズザ!


 クァゲータルが大きな跳躍を見せた。白い体躯が灰色の空と混ざり、天から獣影が迫る。確かにこの身体能力であれば、新人狩人が命を落とすのは訳ないだろう。


 だがレイベルは微動だにしない。

 ほんの僅か、左足を軸に身体をずらしただけ。


 直後、クァゲータルが通り過ぎた——その瞬間。


 ≪上級狩人スキル・流閃(りゅうせん)


 レイベルの剣が走る。光の起動が斜めに輝き、クァゲータルの左目と左脚三本を裂いた。返り血が雨に溶ける。


 流閃——不意の一撃に対応するカウンター技。そしてレイベルの得意技だでもあった。


 だが決して致命傷ではない。

 クァゲータルは着地と同時に距離を取る。負傷してなお、その動きに迷いはない。


 いや、それどころか——加速した。


 地を蹴り木を蹴り頭上を舞う。最早この空間全てが奴のテリトリーであった。奴の姿が点から線となり、空間を乱れ飛ぶ。


 そして空を裂く音とともに、不快な音が鳴る。それは肉が裂けるような不吉な音であった。


 やがて、レイベルの前にある一本の樹の上で姿を現した。その口元から、赤黒い液体が滴っている。


 レイベルは剣先を向けたまま、奴の能力を思い出していた。


 ——他の獲物を喰ったな。


 再生能力。

 このモンスターの厄介な特性だった。獲物を喰らった瞬間に、即座に肉体を再生させる。


 いつの間にかクァゲータルは目の傷までをも完治させてており、まるでそれを見せつけるように、ひらひらを揺さぶっている。

 そしてその直後——再び跳んだ。


 クァゲータルが空を裂く。速度は先ほど以上。

 だがレイベルはその奴の軌道を捉えていた。


 体が再生しようと、動きが俊敏になろうと、どうという訳ではない。振り出しに戻っただけ。その程度、レイベルからすれば僅かな延長に他ならない。


 慢心ではない。それが事実。それが奴とレイベルの力量差。


 それを知る由もないクァゲータルが、レイベルの後方の木に接すると同時に攻撃を仕掛けた。樹木を力強く蹴り、高速のまま襲い掛かる。


 だがそれは、レイベルが予知していた行動パターン。奴の攻撃が迫りくる直前、身をひるがえし剣先をクァゲータルの目の前に突き出す。

 剣先が一閃を放った。


 しかし、その攻撃を奴は容易に躱し、すり抜け、奴が再び背後を取る。


 ——フェイントだ。背後を取られたレイベルに死が迫りくる。


 その死を感じさせる間もなく、奴の鋭利な牙が、レイベルに迫る。


 瞬間、血が霧散し生臭さが充満する。


 勝負あり——だが。


 「…………」


 流血を見せたのはレイベルではなく、クァゲータルの方であった。奴の攻撃は不発。対するレイベルの剣はクァゲータルの頭部を貫通していた。


 ≪狩人中級スキル・一閃後裂(いっせんこうれつ)


 背後からの攻撃に対して突き技でカウンターするスキル。レイベルが一枚上手だったのだ。


 レイベルは人一倍勘が鋭かった。故に、この様なスキルが体に馴染んでいたのだ。そしてそのスキルを以ってクァゲータルの体が止まり、崩れ落ちる。


 白い毛に、赤が滲んだ。


 それを感傷的に眺めた後に、剣を引き抜いた。

 瞬間、血が舞う。


 そうしてレイベルはクァゲータルの遺体を回収して帰路へとついた。




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