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命の担い人  作者: これは、神作品なのか……? いや、それは非常に遺憾であり、コインランドリーに駆け込むフィリップ氏のような感じます。
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陰る思い出

 マークがレイベルの家を訪問した日から、一月ほどが経っていた。


 あの日マークが置いていった日記。時間があればそれを馬鹿の一つ覚えのように、何回も読み返すレイベルだったが、何度も目を通していく内に日記内容の具体的な期間、そして第三者による記録ということが分かった。


 日記に綴られている内容に感情由来の表現が少なく、客観的な視点からの記録が多いのだ。加えて、筆跡のことも考えればそう判断せざるを得ないだろう。


 だが、なんにせよマークの素性は未だ不明であった。いや、メイビスの息子である可能性は限りなく高いだろう。


 だから聞きたいことはいくらでもある。けれど、あの日以降レイベルは彼と会っていない。


 今どこで何をしているのか、それは全くあずかり知らぬところであった。もしかしたら、何処かで野垂れ死んでいるかもしれない。そうでなくとも、挫折して故郷に帰っているかもしれない。


 いや寧ろそうであって欲しいと思っていた。


 マークはまだ若く場数も少ない。その上単独狩人。セルセム級討伐に至るまでに、命を落とす危険性は十分にある。


 仮に高みに登れたとして、単騎でのセルセム級討伐ができるのはごく稀な狩人に限定される。才能があったとしても、到底達成できるとは思えない。少なくとも今は——。




 それからしばらく時が経ち、珍しく依頼を請け負ったレイベルがその途中経過報告で総合行政事務局を訪れていた。


 局内の賑やかさは相変わらずであった。目的の異なる利用者たちと慌ただしく動く局員たち。彼らが織りなしている賑やかさはアウルベルクが活発になっている証拠だろう。

 それに混ざる様に、報告ついでに依頼書掲示板を眺めるレイベル。と——。


 「……ん」


 レイベルの視線は依頼掲示板ではなく、そこに隣接している情報掲示板へと移っていた。さらに言えば、彼の目は見知った名前を捉えていた。



 『天才現る。僅か一月で、初級から中位一等級へ昇格! 名をマーク・ティラ——』



 それは、一個人を取り上げた珍しい記事であった。だが多くの目を引くことは間違いない。


 世に存在する職業にはランクが存在する。大まかに分けると初級、下位級、中位級、上位級、神級の五つであり、下位から上位は一等、二等、三等の三つに細分化される。


 (初級、下位三等級、下位二等級、下位一等級、中位三等級、中位二等級、中位一等級、上位三等級、上位二等級、上位一等級、神級)


 つまり全部で十一階級が存在している。


 そしてマークが果たした偉業というのが、初級から大幅な跳躍を見せて昇格したことである。通常であれば上位への進級はおろか、等級を上げるだけでも数か月は要する。勿論職業にとって昇格難易度は変わるが、それを考慮しても彼はたった一か月で成し遂げたのだから、過大評価というわけではないだろう。しかも中位一等級となれば、次は上位三等級となり、いよいよ強者のステージへと進むことになる。


 そんな見る者によっては心打たれる記事内容であったが、レイベルは特に反応を見せることもなく、すぐさま視線を逸らして局を後にした。



 それからさらに、半年ほどが過ぎた。


 アウルベルクには四季は存在しないが、時期によって僅かな寒暖差はある。そして今は、一年で最も暑い時期となった。もっとも、平均気温が比較的穏やかなアウルベルクでは、この時期であっても過ごしやすさは変わらない。故に、都市の活気も人の往来も、絶え間なく続いている。


 変わったことがあるとすれば、マークの躍進を目にする機会が格段に減ったことくらいだろうか。

 数か月前まではマークの昇格記事が少なく無かったが、上位二等級に昇格して以降、彼に関する情報はめっきり見なくなった。


 元々興味を持っていないレイベルだったが、心のどこかで気に掛ける自分がいるのは事実だった。それでも、それを押し隠すように平静を装ってマークとは無縁な生活を送っている。


 そのはずだったのだが——。


 「……」


 この日は珍しく雨が降っていた。暑い時期の雨であるから、気温が下がる影響で不快感は無い。それでも外出予定のあるレイベルからすれば、些か鬱陶しさがある。


 とはいえ雨を理由に延期できる予定でも無かったので、身支度を済ませて家を出た。


 だが玄関の扉を開けた直後、いや開ける瞬間に、すぐそばに人が座り込んでいるのが分かった。

 無意識に警戒心を持ったレイベルだったが、見知った顔を見てすぐさま緊張を解く。

 そいつは、マークであった。


 レイベルの家を背もたれにして、剣を片手にうなだれている。いや、寝ているだけのようだ。そして剣以外に目立った装備は無く、強いて言えば申し訳程度に軽装を身に纏っているだけ。また、腰に掛けるバッグも外見からして、大して物は入っていないように見える。


 「おい——」


 正直無視しても差し支えないのだが、無意識にレイベルは声をかけてしまった。


 「……ん? ああ、久しぶりだな」


 ゆっくりと首を上げながら、律儀に返事をするマーク。ふてぶてしい態度だが、それは疲労によるものだろう。


 「こんなところで何してんだ?」


 あきれ気味にレイベルがそう尋ねる。


 「……あんたに、腕の装備を作って欲しいんだ。防具なら作ってくれるんだろう?」


 そう言ったマークの腕につけられていた籠手の装備は、ひびや傷が無数にあり、かなり痛んでいる。次の戦闘で破損してもおかしくないだろう。


 「腕っていうか、他の装備はどうした? 優先順位的に言えば頭や胸だろ」

 「俺のスキルは俊敏性を最大限に駆使するから、そういう重たいのは……着けてない」


 淡々と告げているが、軽装の狩人は実に稀である。


 「早死にするぞ」

 「余計なお世話だ。それで、籠手は作って……くれるのか?」

 「まあ、それぐらいなら見繕っても構わない。……が、何で俺なんだ?」


 マークは上位二等級の実力を有している。だから使う金に余裕はあるはず。であれば、レイベルよりも腕の立つ鍛冶師に依頼するのが普通だ。それこそ、名の知れた鍛冶師はアウルベルク内に複数人存在する。


 「……親父を知っているあんたに、興味があるから」


 対する答えは、実に幼稚なものだった。先の見通しの甘い子供の戯言と同義である。


 「そんなんで命預けていいのかよ」

 「……そこは信用してる……ともかく、防具は任せた。額も期限も……その他諸々も、後はあんたに任せるから……よろしく頼む」


 弱々しい口調でそう言い放ち、ゆっくりと立ち上がるマーク。そしてそのまま雨に打たれながら、都市の中心部とは真反対の方へ歩いて行ってしまった。


 「おい——」


 流石に寸法や最低限の希望を聞こうとしたレイベルだったが、その声がマークに届くことは無かった。わざと無視しているわけではないのだろうが、釈然としない気持ちは少なからずあった。


 何が彼をあそこまで責め立てるのか。


 少なくとも、それだけは気になった。だが予定の都合上、マークを追いかける訳にはいかない。

 だというのに、レイベルの足先は彼の所在を向いていた。

 そして——。


 「——おい、ちょっと待て。どこ行く気だ」


 急ぎ足でマークの後を追って彼の肩を叩いて制止させるなり、そんな言葉をかけていた。


 「どこって……事務局だよ」

 「中心部は真逆だ。……お前、一回休め」

 「……どうして?」

 「どうしてって——」


 ——疲れているから。


 そう言おうとしたレイベルの言葉が一瞬詰まった。単純な言葉が出てこなかった。

 何故なら。

 マークを気遣う理由を考えてしまったから。


 正直言って、レイベルはマークのことを心の底から気にかけてはいない。死んでさえいなければ、それでいいと思っている程度。それに、見た感じマークの体自体に変化がないことから、ただの過労と判断できる。だとすれば安静にして体を休めるだけで事足りるだろう。


 だから彼を引き留めたことをレイベル自身、良く分かってはいなかった。

 それでも何とか返答しようと口を動かす。

 

 だがその瞬間——マークの体がグラッとよろけた。どうやら限界が来てしまったようである。


 「とにかく、休め。じゃなきゃ防具は作らん」

 「そうか……。それなら……仕方ないか」


 意識はあるが目は虚ろなマーク。だからひとまずレイベルは彼に肩を貸して、そのまま自宅へと連れ込んだ。



 数時間後、マークの目の輝きが少しはましになっていた。


 流石にただ座らせるだけでは物足りないと判断したレイベルが、マークを寝室のベッドで寝かせていたのだが、実際それは英断だったと言えるだろう。


 特に理由はないが、レイベルはそばで経過を見守っていたため、その回復傾向はよく分かった。

 それにしても、短時間でこの回復。彼が狩人の上位二等級という立ち位置にいるのは伊達ではないことが良く分かる。


「そういえばあんた、家を出ていたけど何か用事でもあったんじゃないのか?」


 ベッドに横になったことで少しはましになったマークが、正常な思考でそんなことを訊ねていた。今もまだベッドに横たわっているが、呼吸や口調は穏やかだ。


 「気にすんな。そんなことより人の命の方が優先だ。それに一報はもう入れた」


 それが本心から出た言葉かはともかく、その一言でマークの表情が微かにほころんだように見えた。


 「それよりお前、今まで何してた? 上位二等級なら衣食住足りてんだろ。なのに、その様子といい、疲労ぶりといい……」


 先程までの体調不良を気にかけてか、レイベルがそんな心配の声をかける。


 「……」


 返事はない。代わりに、ゆっくりと起き上がり、枕元に置いてあったバッグから一つのカードを取り出し、それをレイベルに手渡した。


 「これは……狩人認定証か」


 狩人に限らず、各職業に正式に就いたときに認定証を発行し、それを受け取る義務がある。そこに名前や年齢、住所などの個人情報と、任意で獲得したスキルなど特筆したいことを記載できる。また認定証は各職業によって異なるため、複数の職業に就いている場合は、それぞれで認定証を発行する。その為、レイベルも鍛冶師と狩人の認定証をそれぞれ保有している。


 それを受け取ったレイベルが目を通し始める。


 『マーク・ティラ 十七歳——』


 認定証に記された名前。それはメイビスと同じ性。公式の証明カードにもその名が刻まれているということは、彼はやはりメイビスの息子なのだろう。だが目を通すべき箇所は他にあった。


 「……」


 レイベルが言葉を詰まらせたのは、マークのスキル欄を見てからだった。

 そこに記されていたのは、もれなく低級スキルのみ。そのスキルであれば上位級はおろか、中位級になることですら一筋縄ではいかないだろう。


 「俺は——」


 と、そんな疑問に答えるかのように、マークがゆっくりと口を開いた。それに反応するように、レイベルの視線が彼に向く。


 「元々、騎士学校卒の人間なんだ。それで狩人スキルは何一つ覚えていなかった。だから、モンスターの討伐と並行して、狩人スキルの修得に注力してた。まあ、騎士スキルでも上位級まで登り詰めることはできたけど」


 騎士と狩人は共に戦闘に特化した職業。故に、似通った部分は多い。それでも騎士と狩人で区別されるように、戦う相手の特性に合わせてスキルやスタイルも変わってくる。


 早い話が、騎士スキルは人型特化、狩人スキルは大型生物特化なのだ。つまり、ある程度の騎士スキルの実力があれば、それなりのモンスターは討伐できる。それでも、全ての敵に通用する訳ではない。


 「だとしても……騎士スキルだけで上位級になるのは無理があると思うんだが……」


 レイベルの疑問はもっともである。同じ戦闘職とはいえ、その本質は似て非なるもの。マークと同じ軌跡をたどるのは無謀と断言していい。

 だからマークも一度は頷きレイベルに同意した。だが——。


 「一般的にはそうだろうな。だが、自慢じゃないが俺はムータルク騎士教育学校の出だ。相手が人外であろうと、それなりに相手できる自負はある」


 呼吸をするようにあっさりと吐露した事実。それを聞いたレイベルが目をまるくした。


 「は? ムータルクって言ったら名門じゃねえか。そこの出身が、何で狩人に——」


 マークが口にしたるムータルク騎士教育学校。それはこの世界最高峰の騎士学校であり、簡単な話がエリート集団の集まりである。優秀な騎士を毎年輩出しており、神級に至る騎士のほとんどがこの学校出身者だと言われている。


 だからその出身者が狩人になったのは、レイベルからすれば解せなかった。

 だがそれに対してマークが答えを示すことは無かった。


 「それについては、あまり言いたくない」


 何かしらの事情があるのだろう。マークの声音がややか細くなったのがその証拠だ。


 その様子を見てレイベルは深掘りすることなく、「そうか……」と言葉を漏らした。


 ひとまずマークが現状の地位にいてもおかしくないこと理解したレイベル。だが。


 「だからって、習得が容易な中級スキルすら無いのはおかしいだろ」


 その奇妙さに、レイベルは思わず問いかけていた。

 もっともらしい質問に、口を閉じるマーク。というより、何かを悟った様な表情で言葉を選んでいる様子。それでも意を決して——。


 「どうやら俺は、狩人に向いていないみたいだ」


 淡々とそう告げたのだった。悲壮感や哀愁はない。いや、既にその事実と向き合った結果なのかもしれない。


 「何故そう断言できる?」

 「俺には騎士スキルが身体に馴染んでいる。それを払拭できなかった。独学で中級スキル習得にも努めたし、上位級狩人に教えも請うた。それでも、俺は会得できなかった」

 「なら何故狩人を続けているんだ?」

 「……夢の為だ」


 夢の為だけでそこまで頑張れるだろうかと疑問を抱いたレイベルだったが、それ以上言及することは無かった。


 「そうか。やはりお前は早死にするタイプだな」

 「余計なお世話だ。それより、俺からも一つ聞かせろ」


 と、今度はマークが質問を投げかけていた。その時の彼の目はやけにぎらついており、口調もやや荒々しい。


 「……なんだ?」

 「何であんたは、狩人として有名じゃないんだ……あんたほどの凄腕が——」


 何の脈絡もない問いと、何かを知っているかのような口ぶりに、レイベルが眉をひそめた。そしてマークの発言に割って入る様に——。


 「お前はどこまで知っているんだ?」


 抑揚のないトーンでそう迫っていた。だがマークはそれに怖気づくことは無く、ゆっくりと口を開いた。


 「別に。ただ、あんたが神級狩人だったことは、騎士学校時代に耳にした経験はある。そんな奴が無名になれるか」

 「……」


 一瞬言葉を詰まらせるレイベル。


 マークの弁は正しい。レイベルはかつて神級まで上り詰めた。その才は唯一無二のものであり、遠い地であろうと彼の名を知る者は少なくない。


 因みに神級昇格の条件は、単独でのセルセム級討伐である。恐らく、マークが提示したパーティ結成に対する条件の理由はそれが大きいだろう。


 そしてその条件故に、神級狩人は希少な逸材。だからマークがかつてレイベルの名を耳にしたことがあっても、何ら不思議ではない。


 そんな自身の過去を知っていたことに複雑な心境を抱いたレイベルだったが、落ち着いた声音と微動だにしないマークの表情が、レイベルの心を宥める。


 それに応える様に、レイベルが穏やか口調で語り始めた。


 「確かに、そんな時代もあったな。けど昔は昔。名声の風化は珍しくねえよ。それに、俺が狩人をやってたのはこの都市じゃないし、凄かったのは俺じゃなくて、お前の父さんの方だったから」


 達観した口調とは裏腹に、心の奥底では悲哀と後悔が渦巻いているようにも感じられた。


 「だとしても——」


 それを聞いて間髪入れずに反論するマーク。だがレイベルはそうはさせなかった。


 「お前の過去や動機はもう聞かねえから、代わりに俺の過去はそれ以上詮索はするな」

 「……」


 食い気味にレイベルがそう提案する。思わずマークの口が閉じる。余程自身の過去を知られたくないのだろう。


 その無言を肯定と仮定して、レイベルが話を続けた。


 「とにかく、身の上話はこれで終いだ……それと、一つ忠告してやる。お前しばらくは狩りに出るな。スキルを覚えたいなら習得に専念するべきだし、どの道その籠手じゃ狩りはお預けだ」


 レイベルの話に一通り耳を傾けたマークだが、返事はすぐに出なかった。


 表情すら動かさず、何かを考えているようにも見えた。


 「なあ——」


 と、不意にレイベルに視線を向けて、そう声をかけた。


 「籠手の作成以外に、もう一つ依頼を頼めるか?」


 またしても藪から棒にそう尋ねるマーク。


 「要件だけ聞いてやる」

 「……俺に狩人スキルを教えてくれ」


 そう言った時のマークは、芯を見通す様な真っ直ぐな双眸をしていた。それが一瞬、レイベルにメイビスを想起させる。似ても似つかない顔だというのに……。


 それが不思議で、けれど懐かしくて、レイベルが微かな笑みをこぼした。

 けれど——。


 「断る。今は鍛冶師なんだ。狩人スキルのことは狩人に聞いてくれ」


 またしてもマークの提案を突っぱねた。


 「そうか……」


 対するマークも、落胆した表情を見せることはない。もはや肯定的な結果になるのが珍しいと悟っているのかもしれない。


 それで会話と呼べる会話が終了し、外の雨音が鮮明に耳に響くようになった。


 まだ雨は止みそうにない。


 だからという訳ではないが、レイベルとマークの心の靄も同様に、未だ晴れることはなかった。

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