第6話 妾とウリュウが親子じゃと?
現在ウリュウとルナは、記憶のなくなったウリュウを休めるべきと考えたルナの提案で、一先ずウリュウの家へと向かうこととなった。
今まで2人のデートは、森の中や泉、ルナのお気に入りスポットなどで済ませており、お互いに家となるとそういう事を想像してしまうため、誘ってくれと内心思いながらも意識的に避けていたのだ。
恋人居ない歴合わせて200年超えのカップルは伊達では無い。
そのためルナ自身はウリュウの家を知らなかったが、リムがウリュウをルナとのデートの後、毎晩家までこっそり護衛していたので知っていたのだ。
ルナの家──住処の方がここからは断然近いのだが、ルナの住処は崖を魔法とすらいえない魔力による力技でくり抜いて作っただけの穴倉であり、恋する乙女としては、思い人をそんな穴倉に招き入れるのは恥ずかしいという思いがあったので却下となったのだ。だがルナは今、その選択を少し後悔していた。
「ルナちゃん大丈夫? 少し顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫なのじゃ! なにも心配することはないのじゃ!」
ルナはこの百数十年、人里に入ることなく生活しており、人里というものに軽い恐れを抱いていたのだ。なぜ百数十年人里に入らなかったのかと言うと、それは実はユダのせいだったりする。
ルナが王国を追放されてから最初に訪れた街は、王国からすぐの所にある、小さいがそれなりの軍事力を有する帝国の首都であった。そしてその首都に入るや否や、ルナの耳に聞こえてきたのは『吸血鬼を殺せぇ』という声だった。
ルナも最初のうちは『人間というか弱き存在がなにを馬鹿なことを言っているんだ』と鼻で笑っていたのだが、街ゆく人の数人に1人が『吸血鬼は許さない』とか『吸血鬼は見つけ次第心臓に杭を打ち込んでやる』とか『鍛冶屋の炉に放り込んで剣や盾にバラバラに溶接してやる!』等と言う声を、3日間至る所で聞き続け、恐くなって逃げ出したのだ。
特に最後の炉に入れてバラバラというのは本当に恐ろしく、ルナの最後のお寝しょの原因にすらなっていた。
それがなぜユダのせいだったのかと言うと、ルナに呪いをかけたエリザベートと言う女は、偉そうな名前通りの偉い人物であり、この国の第1皇女だったのだ。
その上更に、次期皇帝たる第1皇子の妃も、この2週間前に盛大に執り行われた結婚式の真っ只中、白昼堂々現れたユダが次期皇帝に向かって『この女はお前如き下賎なる者には分不相応な宝。我の妾の1人になることこそ相応しい』等と言って攫っており、帝国民の吸血鬼への怒りが爆発寸前まで高まっていたのだ。
ルナもその事には初日に気付き、死して尚自分を攻めるユダをもう一度殺してやりたいと3日目の朝、布団と一緒に濡れてしまった自らのパンツを冷たい水で手洗いしながら嘆き、これからは人里には近付くまいと心に決めていたのであった。
だがそれもウリュウの為と決意を固め、ウリュウの村へと向かう道中、森を抜けて街道へと出た時、ウリュウとルナは男性冒険者5人のパーティーに出会した。
ルナは、人間自体が恐いわけではないのだが、5人ともなると少しだけ緊張し、軽い会釈だけ済ませて通り過ぎようとしたのだが、このパーティーのリーダーらしき人物が、ルナに手を振りながらウリュウに声をかけたので、仕方なくこの男の話に付き合うことにした。
「よう。ウリュウじゃねぇか? 今日はもう帰るのか?」
「……すまない。あんたは誰だ?」
「はぁん? なに言ってんだよウリュウ? 真っ昼間から酔ってんのか?」
「いや、すまない。本当にわからないんだ」
「……ルナちゃん。ウリュウの奴どうしちまったんだ?」
「実は昨夜頭を打って記憶……が?」
ルナは今、名前を呼ばれて普通に応えたが、そもそもなぜこいつはルナの名前を知っているのか? ルナにはそれがわからなかった。
「記憶? 記憶がどうしたってんだ? 忘れちまったってのか?」
「はは、んな馬鹿な」
「ルナちゃんと遊んでるだけだろ? 記憶喪失ごっことか?」
「ルナちゃんはもうごっこ遊びなんてする年頃じゃねぇだろ? ルナちゃん。3年経ったら俺のお嫁さんなってくれよ!」
「ローラちゃんに振られたからって節操ねぇなぁお前」
「うるせぇ! 俺はマジなんだよ!」
冒険者パーティー皆がルナに対して、まるで何度もあったことのある相手であるかのように楽しそうに話しかけてきたが、ルナには一切見覚えがなかった。
「……その前に、なぜそなたは妾の名を知っておるのじゃ?」
この問いかけに、このパーティーは5人で顔を見合わせたが、またルナに笑顔で話しかける
「親子揃って記憶喪失ごっこなんて、相変わらずこの親子は本当に仲が良いよなぁ。俺の娘もこれくらい可愛けりゃ……」
──ゲシッ──
「あの行き遅れの熊をルナちゃんと一緒にしたらルナちゃんが可哀想だろ!」
「うっせぇ! 俺にとってはルナちゃんに匹敵するくらいの天使なんだよ!」
「そう見えるのはお前だけだよ」
「違いねぇ」
「「「「はははははははは」」」」
5人が去った後、ウリュウとルナは顔を見合わせて同時に呟いた。
「「……親子?」」
その後もベルテ村へと向かう道中、会う人会う人皆がウリュウは当然としても、何故かルナのことまで知っており、しかもルウリュウとルナを親子と認識していた。
記憶をなくしたウリュウは特に疑問に思うこともなく納得し、それ故にルナとの距離感や接し方について悩んでいたりするのだが、記憶のあるルナにとっては、記憶があるからこそなにがなにやらわからない。
2人の間に微妙な空気の流れる中、隠れて歩くリムの思念波による道案内で、2人は無事にウリュウの家へと到着した。のだが……。
「……ボロいな」
「……そうじゃな。横にある厩舎小屋の方が立派に見えるのじゃ……」
2人は家を見るなり再び途方に暮れた。ここに着くまでの間に見てきた他の家と比べると、それなりに大きい家ではあるのだが、築数十年という歴史が感じられ、老朽化が激しくいたる所に補修跡が見てとれた。
「こ、ここが俺達の家で良いんだよな?」
「そ、そうじゃな。ここが妾達の家じゃ」
ルナは一瞬『俺達の』という所に反応して言葉を詰まらせてしまったが、ここまでの道中でウリュウの中では既に“ルナが自分の娘である”と認識されてしまったようなので、記憶を無くしたウリュウにこれ以上の混乱を与えるのは良くないと判断し、とりあえずは娘として振る舞うことを決めていたのだ。
家の前に突っ立ていても仕方がないので、2人は家の中に入ることにした。
2人が玄関ドアをくぐって最初に目にしたのは、椅子が4脚用意された食事用のテーブルだ。そしてその奥には台所があり、左右の壁には扉が1枚づつ付いている。天井の一部に補修跡があるものの、床に穴が空いていたりと言うことはなく、割と小綺麗に整頓されていた。
「中は大丈夫そうだな」
「妾達は2人とも綺麗好きじゃからな。補修はともかく、掃除はまめにする方なんじゃ」
ウリュウとルナはその後、ルナの提案で、台所・ウリュウの寝室・ウリュウの兄嫁が使っていたという寝室の順に見て回ることにした。
台所は綺麗に整頓されており、食器棚には二組の食器が置かれていた。
ルナはこの食器を見て、片方は2年前に亡くなったという兄嫁の食器だろうと推察しながら、それがまだ残っていたことに安堵した。もし食器が一組しかなければ、せっかく娘として完璧な演技(自称)をしてきたのに、ウリュウにおかしいと気取られてしまう所だった。
次にルナとウリュウが向かったのは、ウリュウの寝室だった。
ウリュウの寝室は、四畳半くらいの広さの部屋に、文机とタンスとベッドが置かれており、少し手狭には感じられたが綺麗に整頓されており、窓と文机の上には割と新しい花瓶に花が飾られていた。
そしてなにより目を引いたのは、明らかにおろしたての綺麗な布団。
これらを見たウリュウは少し困惑気味の表情を浮かべ、ルナは心の中で『ウリュウは妾を家に連れ込んだ時のことを考えて準備万端待っていたのじゃあ』と叫びながら顔を赤くして俯いた。するとその時、玄関扉を激しくノックする音が聞こえたかと思うと、その扉は勝手に開かれ、ルナから見ても可愛らしい女の子が飛び込んで来た。
──ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンガチャ──
「ウリュウさん! 記憶をなくしたって本当なの!? 私のこともわからない!?」
ウリュウが驚いた顔でその女の子を振り向き、数秒間見つめた後、ウリュウは「すいません」と言いながら頭を下げた。
その後この女は悲しそうな顔をした後色々とウリュウに確認し、ウリュウが本当に記憶を無くしていることを知ると、ウリュウに彼女が知るウリュウのことを詳しく話し始めてくれたので、ルナも一緒に聞くことにした。
次回【妾、娘になるのじゃ!】をお楽しみ下さい!