第3話 ルナの過去
「まず、妾は……妾は人間ではない。人の血を糧に生きる不死身の化け物、吸血鬼なのじゃ」
ルナはウリュウの目を見ず、月に向かって語りかけると言っていたくせに、いきなりその前提を破り、声を震わせ、今までで1番ぎこちない笑顔を浮かべなながら感情を読もうと、ウリュウの目を怯えたような瞳で覗き込んだ。
「そ──」
「ルールの変更じゃ。妾はウリュウを見たり、月や水面を眺めがら自由に語るが、ウリュウは水面に浮かぶ月でも眺め、妾の目を見ず、何も言わずに聞いてはくれぬか?」
「……わかった」
「フフッ。そこは声に出さずに頷くところじゃ。後で罰として妾の言うことを聞くのじゃぞ?」
ウリュウは両手を軽くあげ、さぁ? どうだろうね? っと、言うポーズを取ったあと、ルナに先を促した。
「妾はただのヴァンパイアですらない。ヴァンパイア王とその后の間に生まれた、純血の真祖のヴァンパイア。ヴァンパイア3大血族が1つ、セイリオス家の血を引く元王女。ルナ=セイリオス」
ウリュウは真祖と言う言葉の意味がわからず、心の中で首を傾げた。
「真祖という言葉には聞きなれぬか? そうじゃな……ならば我ら吸血鬼の説明から始めるとするか。まず、生まれながらの吸血鬼を真祖。そして真祖に吸血鬼化された者をセカンドブラッド、略してセカンド。セカンドに吸血鬼化された者をサード。サードに吸血鬼化された者を、その状態によってヴァンピエール、又は亡者と呼ぶのじゃ」
ウリュウは更に心の中で首を傾げる。その状態という意味がわからなかったのだ。
「吸血鬼というのは、最も人に近い魔族の1つじゃ。事実はわからぬが、人から突然変異した種であると考えられておる。そしてその突然変異した妾達の血と魔力を人に用いれば、人を吸血鬼に変える事が出来るのじゃ。だから妾達はある意味、自らの血のことをウィルスと考えておる」
──ザクッ──
「っ!」
ルナが自らの左の掌を、眉1つ動かさず右手の爪で突き刺した。
「真祖の血から近い感染者ほど、強く血を受け継いでいき、第四感染の辺りで感染力が尽き、大半が歩く屍……亡者になり、少数がヴァンピエールになる。他にも、セカンドやサードの子で、感染力の無い血を持つ者はダムピエールと呼ばれるが、ここでは割愛する」
ルナの爪は更に奥へと進んでいき、ついには手の甲をも貫いて指の根元までに至っていたが、その傷も、ルナが指を抜き、その血を舐めとったときには傷跡1つ残ってはいなかった。
「真祖の寿命は約1000年と言われ、灰にされたとしても蘇り、強力な固有能力たる月と血の祝福を持つ。月と血の祝福についてはセカンドも同様じゃが、真祖に比べれば寿命も5~600年と短い。心臓さえ残っていればだいたい蘇るのじゃが、灰にされると蘇生は出来ぬし、月と血の祝福もかなり劣る傾向にある。……例外はあったようじゃがな……」
そう言いながら寂しそうに俯くルナの姿を、水面が映す。
「サード以降に月と血の祝福は発現せず、力の強い者でも太陽の光を浴びると肌が爛れ、そのまま浴び続けると灰になる。弱い者なら一瞬じゃ」
ウリュウ達、一般的な冒険者達が知っている吸血鬼というのはこれだった。
吸血鬼はとても身体能力が高く、人との見分けもほぼつかない。そして襲われた者はゾンビとなる。吸血鬼を殺すには心臓を潰すか太陽の光に当てなければならないというのが一般的な冒険者が知っている知識であった。
「次はヴァンパイア3大血族が1つ、セイリオス家……つまりは妾の家の話じゃな。3大血族はそれぞれの国を持っておる。妾の父がセイリオスの王じゃった。セイリオス家の家族構成は、妾の両親とその娘たる妾と、腹違いの姉のユエ、妾達の父の2人の弟、そしてその妻や妾が合わせて13人。子供は次男側に男児が3人。三男側に男児が2人と女児が1人の計25人で、最後に生まれたのが妾だったのじゃが、妾は生まれたその瞬間、王位継承権第一位となったのじゃ」
ルナは顔を上げ、今度は月を眺めながら話し始める。
「ヴァンパイアの王位継承権は、基本的には能力の優劣で決まる。妾と王たる父上を除けば、真祖同士の子はおらず。次男家三男家の子は、皆セカンドとの子であり、それまでの継承権第一位は、次男家長男のユダという男じゃった。吸血鬼というのは血の濃さや血統を重んじる風習がある。しかしユダは、それらによる差別を一切せず、セカンドやサードとも対等に接し、能力も高く人望も厚い、最も国民から愛される男じゃった。じゃが、妾達は恐らく誰1人としてユダの心の奥底に隠された野心に気付くことが出来なかったのじゃ」
この話を聞いたとき、ウリュウはすぐさま思った。
ユダ。お前まさか名前通り裏切ったんじゃねぇだろうな? と。そしてその推測は当たっていた。
「ユダが動いたのは、妾の20の生誕祭最後の儀式、血盟の儀と呼ばれる、月と血の祝福を得るための儀式の時のことじゃった。王族の血盟の儀には、王族以外の参加は禁止され、逆に王族はほぼ全員参加する。妾の時も、国事で席を外していたユエを除き、全ての王族が参加した。儀式の大まかな流れは、コロシアムのような会場の観客席に王族が並び、祝福の言葉を皆順番に妾にかけ、全員が終わると同時に妾以外の王族は血の入ったグラスを飲み干す。そして妾が舞台の真ん中で、皆に感謝の言葉を返し、妾が指名した王族の血の入ったグラスを飲み干し、満月に向かって自らが欲しい力を請うと言う物。ユダはこの儀式を利用し、その場に居た全員に手をかけたのじゃ」
ここでウリュウにまた1つの疑問が生まれた。それは、王家は全員が真祖かセカンドで、真祖なんて灰になっても蘇る不死身なのに、どうやって殺したのか? というものだった。
「吸血鬼の間でも、真祖を完全に殺す方法はないとされておる。じゃが実際には王家のみが知る簡単な殺害方法というものが存在したのじゃ。それは、死後数時間が経過した死者の血を飲ませること。吸血鬼とは生者の血を吸い生きる者。死滅した血液を吸ってしまうと、それが完全に抜けるまで、月と血の祝福と、不死性を失う。ユダは儀式の時配られるグラスに死者の血を入れ、弱体化した王族全てを自らの月と血の祝福を用いて殺害し、その後妾も殺そうとしたのじゃ。月と血の祝福を持たぬ妾と、月と血の祝福を持つユダの戦いの結果は、ほぼ相打ちのような形での妾の勝利じゃった。妾は動けなくなったユダの胸に穴を開け、心臓に直接死者の血を流し込み、その心臓を潰して殺した。そしてその時、あの女が現れたのじゃ」
ウリュウはすぐさま国事で席を外していたという姉の存在を思い出すが、答えは違った。
「ユダがセカンドに変え、正妻とした女。名をエリザベートと言った。その女は、愛するユダに会いたい一心で儀場に入り、妾がユダを殺害するところを目撃した。しかしどうやらエリザベートには、妾がどうやってユダを殺害したのか? その殺害方法まではわからなかったらしく、瀕死の妾に何度か蹴りをくれた後しばらく途方にくれると、周囲の血と満月に気付き、殺害されたばかりの王族達の血を吸って月と血の祝福を取得した。発現したその月と血の祝福は呪いのような物で、妾にかけると同時にエリザベートは死に、妾もその暫く後に気絶した。その呪いの能力は、妾の血を封じること。正確には妾の体外に出た妾の血を、数秒で死滅させるという物じゃ」
人間であるウリュウには、なんのデメリットもないように感じられた。しかしこの呪いが、ルナを百数十年にも及ぶ孤独に突き落とした要因の1つであった。
「妾が目覚めたとき、妾は一族殺しの重罪人として流罪が確定しており、更にエリザベートの呪いで眷属を作ることも出来ぬ体となっておった。それからの妾は、それ以前からの眷属たるライカンスロープのリムと2人、残り2つの吸血鬼王国に身を寄せようとしたが、妾は少々有名すぎたらしく、それぞれの民に追い払われ、その後2人だけで百数十年を生きてきたのじゃ」
「王族殺しはユダの犯行だろ!? なぜルナが流罪にならなければいけないんだ!?」
と、ウリュウは思わずルナに叫ぶようにそう問いかける。
「黙って聞く約束じゃぞ? 仕方のない奴なのじゃ」
ルナが寂しそうに、でもちょっぴり嬉しそうに笑いながらそう言うと、ウリュウの問いに答えてくれた。
「王族以外に真祖の殺害方法を知る者はおらず、その方法がある事すら知られておらんかった。だから王国の民達は、妾が血盟の儀において真祖を殺せるような能力を願い、それをもって王族を皆殺しにしたと考えたのじゃ。その場にいた生き残りも妾だけじゃったしな。真祖の殺害方法があると民に教えてしまえば、国が瓦解するやもしれぬし、実証するわけにもいかぬ。妾は父と母が愛した民達に、愛情こそあれ怨みはなかったからな。よって妾は流罪を受け入れ、国を姉のユエに継いでもらい、今に至るという訳じゃ」
次回は火曜日予定です。