第19話 王子ティエリア
「……妾がセイリオスを追放されたことでセイリオスの民を恨み、復讐鬼と化してセイリオスを滅ぼす?」
「っっ!」
ルナの横にいたリムが、セイリオスの民のことを思い、甘んじて追放を受け入れたルナに対してそのようなことを思っていたのか! と怒り、かなり濃い殺気を放ち出した。
「リム。妾の為に怒ってくれてありがとう。でも妾は大丈夫なのじゃ。妾にずっとお主がおったし、今はウリュウもいる。妾は幸せなのじゃ」
ルナはリムを抱き寄せ、頭を撫でながら先程の言葉を反芻し、自身がセイリオスにいた頃のことを思い出す。自分は自国の民達に、自国を滅ぼしに来るような王女と思われるようなことをしていたのだろうか? と。そして、
――思われていても仕方がないのかもしれない――と、そう思った。
ルナは訓練とユダのクーデターの時を除き、一度もセイリオスの者に手を出したことは無かった。しかし、真祖の王族どうしの子供であるルナは、その絶大な魔力から民達に恐れられていたことを知っていた。
もちろん封印の腕輪はいつも両腕に嵌めていた。しかし、嵌められる封印の腕輪の数は片腕につき1つだけ。両腕合わせても抑えられる魔力は9割だ。それでは他の王族の元々の魔力よりは少し弱いという程度でしかない。
今でこそ自身の魔力をある程度隠蔽することができるようになったが、当時はそんなこと出来なかったし、しようとも思わなかった。結果、民達はルナを恐れ、ルナも自分を恐れる民達に自分から歩み寄るようなことはしなかった。
「――自業自得じゃな……」
「? 私から聞きたいことは以上でよろしかったですか?」
「いや、まだあるのじゃ。お主は口ぶりから察するにピースクリフ王国の吸血鬼ということじゃな?」
「そうですね。そしてこの地はピースクリフ王国のエリアとなります」
「それはこの国の王都もピースクリフ王国のエリアという認識でいいのじゃな?」
「はい。この国の領地は全てピースクリフ王国のエリアとなっております。尤も、単なるエリアであり、この国で活動しているのは私と我が主だけですし、領地経営をしているわけでもありませんが」
「そうか! ならばこれからこれから妾達もこの国でお世話になるからお主の主とやらを紹介して欲しいのじゃ」
「……はい?」
「妾達は今後、この国の首都に引っ越そうと考えておる。お主の主も首都におるのか? お世話になる身じゃ、ちゃんと妾の方から挨拶に行くゆえ、お主の主の場所を教えるのじゃ!」
「……それは我らがピースクリフ王国に亡命し、この国の王都で暮らすと言うことですか?」
「そのつもりはないのじゃ」
「……いやいや、いやいやいやいや、何をおっしゃっているのですか? 私の話をちゃんと聞いていましたか? 他国の吸血鬼は――」
「妾は国を追放され、放浪していた吸血鬼。つまり妾は今どこの国にも属していないのじゃ。だから他国の吸血鬼ではないから問題ないのじゃ!」
「あなたに問題なくてもこちらにとって問題がありますよ!」
「まぁそう心配するな。妾達は数十年以上前からこの国で生活しておったのじゃから、そんなのはもう今更じゃ」
「――そんなに前から居たんですか……。しかしあなたの存在を知ったからには私も国に報告しないわけにはいきません。そして報告すれば色々と面倒なことになるのは目に見えて――」
「良いよ、ジルクニス。後は僕が話を聞くから」
「む?」「ティエリア様!」
突然若い男の子のような声が響いたかと思うと、ジルクニスの着けていた『魔封じの腕輪』から、突然白い手だけが現れた。
「ジル。ちょっと痛いけど我慢してね?」
「お待ちください! ここにはあのルナ=セイリオスが!」
「大丈夫。彼女とは仲良しだから。お休み、ジル」
洞窟の中を反響しているような声が辺りに響いたかと思うと、腕輪から現れた白い手は、突如ジルクニスの首を中程まで切り裂いた。当然首からは赤い血が大量に飛び散り、瞬く間に辺りを血の海へと変えてしまう。そして本来その程度は耐えられるはずであろう真祖のジルクニスは意識を失い、その場に倒れてしまった。
「なるほど。この者はお主の子飼いであったか、ティエリア。それにしても相変わらずお主の月と血の祝福、潜血者は悪趣味なのじゃ」
ルナが倒れたジルクニスの体に向けてそう言うと、ジルクニスの体はみるみる縮みだし、身長160cmくらいの男の子へと、その姿を変えてしまった。そしてその男の子――ティエリア=ピースクラフトは立ち上がりながらルナとリムに声をかけた。
「ふう。まぁそう言わないでよ。すごく便利なんだよ? これ。それと久しぶ――――。……ルナとリムだよね?」
「そうじゃ」「はい」
「……なんか二人とも縮んでない?」
▽
「要するに君は、人間に恋をし、その人間に告白した結果断られた。そして何故かその人間が死にかけ、助けるために月と血の祝福を使用したらその人間は吸血鬼になり、君はその人間の娘になっていた。と、そういうことかい?」
「そうなのじゃ」
「全く意味が分からないけど、そこはまぁ良いよ」
断られたルナが逆上し、その人間を半殺しにした後セカンドにした。そして自身や他人を若返えらせたり記憶を操作したり出来る能力をもつ月と血の祝福を用いて娘の位置に入り込んだ。実際はそんな感じだろうとティエリアは自分なりに納得することにしたのだった。
「それで、君達はこの国の王都で暮らしたいんだよね? その話に出てきた男も一緒に。ということで良いのかな?」
「そうじゃ」
「う~ん、そうだねぇ。いくつか条件があるけど、それを全部呑んでくれるのなら良いよ?」
「まず一つ目は、王都滞在中君達が吸血鬼やライカンであることは、僕が許可した相手以外には絶対に秘密にすること」
「わかったのじゃ」
「二つ目は、王都内で僕の許可なく暴行・吸血などを行う事の禁止。吸血に関しては僕が場所と相手を用意するから、するならそこでのみにすること。そして暴力行為については、例え馬鹿な人間に絡まれたとしても、相手に怪我をさせるようなことは避けてほしい。特にリム。ルナが絡まれたとしても、相手に怪我を負わせることなく解決すること。いいね?」
「問題ないのじゃ」「……善処します」
「三つ目だけど、僕がピースクリフ王になるために協力して欲しいんだ。あぁ、協力とは言っても、誰かを殺してくれとか言うつもりはないから。少なくとも今のところはね」
「なら妾にどうして欲しいのじゃ?」
「君も知っての通り、僕の最大の欠点は戦闘面での能力の低さだ。頭や人望では他の継承権を持つ兄弟に負ける気はしないけど、僕も僕の月と血の祝福も戦闘には不向きだからね。君を僕の後ろ盾にさせて欲しいんだ。それに僕が王になれば、君達を僕の国に移住させてあげることも出来るしね」
「後ろ盾と言うても、王国には妾の存在を秘密にするのじゃろ? 後ろ盾になるのか? それにあのジルクニスとかいう部下もおるではないか?」
「ジルは頭が良くて僕の言うことをなんでも聞いてくれるけど、本当は弱くて馬鹿なんだ」
「? どういうことじゃ?」
「君達は彼が『封印の腕輪』を二つも付けているのを見たよね?」
「うむ」「はい」
「あれ、実は偽物なんだ」
「は?」「はい?」
「彼は『封印の腕輪』のことを、王族と王族が認めた優秀な者が身に着けられるアクセサリー程度にしか思っていないんだ。王族の魔力が本当はどれくらいなのかも知らない。着けている人ってほとんどいないでしょ? だからそれに似せた物を作って彼に渡したんだ。彼、演技は上手くないんだけど自信家だから。今のところはバレてないしね」
「妾達は人間の王都で暮らすつもりだから必要ないのじゃ」
「僕達が人間の町で何年も暮らし続けるということは、多分君達が考えているよりもずっと難しいと思う。だからこの提案は、君達の考えが変わった時、王となった僕が用意する受け皿だと思ってくれたら良いよ」
「……わかったのじゃ」
「じゃあ四つ目。これが最後だね。君達が僕の学園に通う事」
「学園?」
「うん、学園。実は僕今、君達が来ようとしている人間の王都で学園を経営しているんだ。そこの生徒になってよ?」




