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第16話 ジルクニス

 とある吸血鬼支点



「おはようございます。ジルクニス様」

「おはようエダ。朝早くからご苦労様。君が毎朝綺麗に校内を掃除してくれるお陰で、今日も私達は気持ちよく過ごせるよ。ありがとう」

「め、滅相もございません! 私はこの学園の――」

「礼を言われた時に謙遜するのは良くないよ? 君が頑張ってくれているのは皆が知っていること。それに笑顔で『ありがとう』と返してくれるのが、礼を言った側からしても一番気持ちが良いからね」

「は、はい! ありがとうございます! これからも精一杯がんばります!」

「こちらこそありがとう。これからもよろしく頼むよ」

「は、はい!」



 私の名前はジルクニス。真祖の吸血鬼であり、ピースクリフ王国王位継承権第3位、ティエリア=ピースクリフ様にお仕えする超エリート吸血鬼です。

 ゆくゆくはティエリア様に王位を継いで頂き、私がピースクリフ家の参謀となっていることでしょう。その為であれば、この程度の猫かぶりなどなんの苦にもなりません。あぁ、ピースクリフ家の吸血鬼として生まれてきて、本当に良かったです。



 私は、学長室へと向かいつつ、なんとなくこの世界に存在する3つの吸血鬼王国と、その成り立ちについて思いを馳せます。



 1つはセイリオス王国。

 およそ300年程前。次期女王と目されていた継承権第一位の最も若き王女が暴走し、その王女が獲得したギフトによって殺せないはずの真祖(王族)を、自らの姉にあたる現女王を除き全員殺す。という大事件を起こした国。



 現女王はティエリア様程ではないでしょうが、とても優れた頭脳とカリスマ性の持ち主だと聞いております。しかし、暴走した件の王女を国外追放処分とし、現女王は独身の為、セイリオス王国にいる王族はその女王ただ一人。

 王族というのは、戦闘能力に特化したサラブレットであり、特殊な英才教育を受けた国の要。



 事件以前は様々な面で最も優れた国であったらしいのですが、現在は3国の中で国力も軍事力も最弱の国であると言えるでしょう。



 2つ目がブラッドレイ王国。

 セイリオス王国が300年程前、件の事件で弱体化した後急激に発展し、現在ではある意味ピースクリフ王国をも凌ぐ強大な国と言えるでしょう。あくまでも『現在』の話ですが。例の暴走した王女が身を寄せたとされる国でもあります。その事件の直後から、ブラッドレイ王国はセイリオス王国に様々な圧力をかけているのだとか。



 他には100年毎に新たな王を選ぶ為の武術トーナメントを行い、その勝者が100年間国を治めるという、特殊なルールがある国ですね。数か月前に行われたそのトーナメントにでは、今まで700年続いた王が敗れ、100歳にも満たない新たな王が誕生しました。そのお顔や性格についての情報などはまだほとんどありませんが、件の暴走した王女の子であるという噂もあります。それにより、セイリオス王国とブラッドレイ王国との戦争も危惧されています。



 戦争が始まれば、ティエリア様の計画にも少なくない影響が出ることでしょう。全く、迷惑なことです。



 最後に、我らが誉れ高きピースクリフ王国。

 ピースクリフ王国で王になれるのは王族だけ。という部分は他国と変わらないのですが、他の2国のように王に強さのみを求めるのではなく、次期王には強さよりも知性や人格を求める素晴らしい国です。前2国との関係も良好。そして我が主たるティエリア様は、人間との共存を謳い、ここ人間の国の王都にこの学園を設立し、理事長となられたお方です。



 学園では吸血鬼を含む、様々な魔族やモンスターの正しい知識と、それにあった正しい戦闘方法を教えています。それにより、吸血鬼への人間の誤った認識を正すことで、吸血鬼に対する忌避感をなくし、関係を今より良好なものへと変えることで、近い将来行き詰る。我ら吸血鬼の血の問題を未然に解決しようという素晴らしいお方。死ぬまで我が身命を賭して尽くそうと思えるただ一人の――。おっと、主君を思うあまり思考が少々それてしまいましたね。



 吸血鬼の血の問題。それは王族どころか一般吸血鬼に至るまで、血が濃くなりすぎていることにあります。

 吸血鬼は、吸血鬼としての血が濃くなればなるほど強い子が生まれてくる可能性は高くなります。強い子が生まれるのであれば良いじゃないか? と思う方もいまだに少なくはないのですが、それには大きな問題が2つあります。



 1つは吸血鬼としての血が濃くなればなるほど、子供が出来る可能性が低くなるということです。

 現在、ピースクリフ王国には真祖・セカンド合わせて1542人の吸血鬼がいますが、この300年で生まれてきた子供の数は、私を含めてたったの28人しか生まれていません。400年前は100年に30人以上の子供が生まれていたというのにです。ではなぜ出生率が下がったのか? 理由は簡単。人間に吸血鬼が嫌われたからです。



 300年前まで、一般の吸血鬼は人間をセカンドに変えて伴侶とするのが一般的でした。しかし、人間に吸血鬼が忌避されるようになってからというもの、人間を伴侶とした者の数はごくわずか。結果、真祖同士の婚姻が増え、出生率が低下したのです。ではなぜ吸血鬼が人間に嫌われたのか?



 それは、セイリオス王家のユダという人物が最大の原因であるとされています。彼は人間の王子の結婚式で、白昼堂々その妃をさらう等、好き勝手に悪行を重ねました。これにより、人間の吸血鬼に対する印象は悪くなり、その後はあることないこと全て吸血鬼のせいにされ、吸血鬼=無差別に人の血を吸い、吸われた相手をゾンビに変えるモンスター。という誤った認識が人間の世界で広まってしまったのです。



 そしてもう一つが、血が濃くなりすぎると、魔力が暴走する者や、危険な思考をもつ者が生まれてくる可能性が高くなるということです。300年前の惨劇を起こした王女のように。

 だから人間の血を入れ、適度に吸血鬼の血を薄めなければならないのです。



 吸血鬼というのは、元をたどれば邪竜を退治して呪われた、セイリオスとブラッドレイ。この2つの血から始まっており、ピースクリフ家はその両家の直系にあたります。



 皆親族であったのに、何故吸血鬼王国が3つに分かれているのかというと、当時一緒に邪竜を討伐したセイリオス子爵家長女ミリアリアが、レイン(ブラッドレイ家初代当主の父)の子アルトリアを孕んだことが判明し、ミリアリアとレインは婚約しました。しかしその後、当時は一冒険者でしかなかったレインの浮気が発覚。セイリオス家はこれに激怒し、浮気相手との縁を切ることを要求しましたが、レインはこれを無視して浮気相手と駆け落ちしてしまったのです。



 ミリアリアはアルトリアを出産後、再婚して新たに生まれてきた子に家督を継がせ、アルトリアをピースクリフ家へと嫁に出しました。

 その後、発覚したのが邪竜の呪いです。浮気したレインの息子と、ミリアリアの2人の子供。それらが実は、人間ではなく新種の魔族。血を求める、我ら吸血鬼であったのです。



 コンコンコン



「入って良いよ。ジルクニス」

「はい。失礼いたしますティエリア様」



 しかし、元は呪いであったとは言え、私や他の吸血鬼達も、吸血鬼に生まれたことを後悔している者などほとんどおりません。

 特に、素晴らしい主たるティエリア様にお仕えできる私など、幸せすぎて滅んでしまいそうなほどです。薔薇色の人生というのはきっと、私のような人生を言うのでしょうね。



「おはようございます。ティエリア様。本日も――」

「昨夜南西の方角から強い吸血鬼の魔力を感じたんだが、君は気付いたか?」

「申し訳ございません。気付くことは出来ませんでした。……しかし南東の方角……でございますか? 現在出国中の方は何名いらっしゃるのですか?」

「鏡で兄上に聞いたが、現在外に出ているのは僕達だけらしい」

「……どうやら厄介ごとのようですね」

「そのようだ」



 この大陸において、我ら吸血鬼は中央の中立地帯(山脈に囲まれた盆地)を挟み、3つのエリアに分かれて生活しており、互いの許可無く他のエリアを侵すことを条約で禁止しています。

 大陸の西側一帯をセイリオス王国。北側一帯をブラッドレイ王国。そして東側一帯を我らがピースクリフ王国という形です。



 ここより南東に吸血鬼がいたということは、ピースクリフ王国の吸血鬼ということになるのですが、ピースクリフ王国では国外に出る際、城門で出入国の手続きを欠かさず行っており、現在国から出ている者はいないという。

 つまり、考えられる理由は限られます。



「では、私がその違反者を捕まえてまいります」

「あぁ、すまないが頼む。方角はわかったが距離についてはよくわからなかった。だが、それなりに離れているだろう所からでも僕が魔力を感じられたことから察するに、おそらく相手は相当強いと思う。無理はしないでくれ」

「お心使い、痛み入ります。ですがご安心ください。こと戦闘においてのみであれば、私は王族の方々にも引けを取らないと自負しておりますので」

「あぁ、搦め手なしの直接戦闘なら、きっと僕よりも強いだろう。でも無理だけはしないでくれ。嫌な予感がする。もしピースクリフ王国に仇成す意思がない相手だったら、場合によっては迎え入れても良い」

「……かしこまりました」



 私はその場で一礼し、この部屋から退室しながら心に誓います。



「ティエリア様に愁いをもたらす俗物よ。四肢を石化し、内臓を虫に食べさせ続けた状態で牢屋に入れて差し上げます。地獄の苦しみを味わいながら、数十年・数百年かけて獄死して下さい」

次話は5/31予定です。

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