第2話 幸せな時間
ルナとウリュウは、お互いのことをもっとよく知るために、今日は一緒に行動しようということになった。
「そう言えばお主、お主はなぜこの森に来たのじゃ?」
「ん? 俺は依頼だよ? ゴブリン討伐。ルナさんもなにかの依頼を受けて来たんじゃないの?」
「妾は個人的に蜂蜜を取りに来ただけじゃ。ここにいる殺人蜜蜂は、上質な蜂蜜を作る。それ故妾も贔屓にしておるのじゃ」
「殺人蜜蜂って討伐難易度5のかなり強いモンスターでしたよね? そいつらから蜂蜜を取るなんて……ルナさんはお強いんですね」
「うむ。妾はとっても強いのじゃ! そ、それはそうと、出来れば妾のことは『ルナ』と呼び捨てにして欲しいのじゃ。そ、そしてお主のことも『ウリュウ』と、呼び、捨て、に、し……」
ルナは最初、ウリュウの顔を見ながら楽しそうに話していた。しかし途中から恥ずかしそうに下を向き、その綺麗な声は尻すぼみに小さくなってしまった。最後の方はゴニョゴニョとなにを言っているのか聞きとれなかったほどだ。
どうやらルナはとても緊張しているらしい。
ウリュウも実はかなり緊張していたのだが、彼女がそれ以上に緊張してくれているため、ウリュウの緊張はかなり和らいでいた。
イタズラを思いつくほどに。
ウリュウは俯いたまま下を向く彼女の前に回り込み、彼女の前で屈んで下から顔を覗き込む。
顔が真っ赤な上、ギュッと目蓋を堅く閉じており、その唇は更になにかを言おうとしているらしく、薄く開いては閉じてを繰り返していた。
ウリュウはそのまま、彼女の前髪に触れるかどうかという距離まで自らの顔を近付け、彼女の唇に自らの人差し指を当てて、優しく声をかける。
「人と話すときは、目を見て話すものだよ? ルナ」
ルナの唇に触れさせたウリュウの指に反応し、大きく目を見開いたルナは、そのままの姿勢で気絶した。
▽
「んっ、ぅん? ──ここ、は?」
「あっ、起きた?」
「妾はいった──いっ!?」
「おはようルナ。さっきはやり過ぎちゃったみたいでゴメンね? ルナがあんまりにも可愛いから、イタズラしちゃった」
「そ、そんなことは良い! そ、それよりこれは!? わ、妾は今、膝枕をされておるのか!?」
「うん。そうだね。さっき気を失っていた俺に膝枕してくれたから、そのお返し。嫌だった?」
「い、嫌ではないのじゃ! じゃが、じゃがその……恥ずかしくてどうして良いのやら……」
「ならルナ。ルナはここの景色を観ると良いよ。ここは俺の秘密の場所で、とっても景色が綺麗だから」
太股の上で顔を真っ赤にしながら仰向けになっているルナに、ウリュウは正面を指差しながらそう言うと、ルナはゆっくりとその指が差す方向へと頭の向きを変え、その景色を見て目を見開く。
「なにが──うわぁ! とっても綺麗なのじゃ」
「言っただろ? ここはとっても綺麗な俺の秘密の場所。秘密にしている本当の理由は、高値が付く薬草が、大量に自生しているからなんだけど、ここには何故かモンスターも来ないし、綺麗な花畑と綺麗な泉が同時に見られる。最高の場所なんだ」
「他の者は知らんのか?」
「俺以外で薬草を摘んだ跡は見たことがないし、ここのことは誰にも言ったことがないから、たぶん誰も知らないと思うよ?」
「そ、そうか! ならここは、妾とお主だけの秘密の場所ということなのじゃな?」
「違うよ」
「……違うのか」
「お主じゃなくて、俺は『ウリュウ』。俺はルナが呼び捨てを望んだからルナのことをルナって呼ぶようにした。ならルナも俺のことは『ウリュウ』って呼び捨てにしてくれないと、フェアじゃないよね?」
「──んっ!」
ルナは横を向いたまま、両手で真っ赤な顔を隠しながら両足を畳んで丸くなり、小さな声で『ウリュウ』と言った。
ウリュウはルナを再び仰向けにさせ、顔を隠す両手をどけさせてルナに言う。
「話すときは相手の目を見て話さないといけないよ? それにあまりよく聞こえなかったから、もう1回言ってくれないかな?」
ルナは真っ赤な顔で、少し潤んだ赤い瞳をウリュウに真っ直ぐ向け、恥ずかしそうにしながらも、さきほどよりも大きな声でウリュウのことを呼んでくれた。
「ウリュウ。ここは妾とお主だけの秘密の場所なのか?」
ウリュウはルナの頭を撫でながら、彼女の問いに答える。
「そうだよルナ。ここは俺と君だけの秘密の場所だ」
「な、何故頭を撫でるのじゃ!?」
「うーん……2度も同じことを言わせた罰。で、どうかな? やめて欲しい?」
「……やめたら許さないのじゃ」
ウリュウ達はそのまま日が暮れるまで、幸せな時間を過ごし続け、ギルドが閉まる前に帰れるギリギリの時間に、また翌日も会う約束をして別れた。
ちなみにウリュウが受けてきた討伐依頼は、本日中に達成し、ゴブリンの耳を提出しなくてはならかった。そのため、その時は名残惜しかったが、仕事は仕事として全うしなければならない事をルナに伝え、依頼を終わらせて戻ってくると言ったのだが、彼女はウリュウに膝枕をされたまま、召喚魔法で体長2mを超える狼を影から呼び出し、その狼に命じてウリュウの代わりにゴブリン討伐を十分程で終わらせて帰ってきてくれたのだった。
狼が帰って来たとき、討伐予定数を明らかに超えていると思われる数の耳が入れられた腰袋を、近くの木に吊り下げ、狼はルナの影の中へと帰っていった。
ありがとう狼さん。
▽
「凄いじゃないですがウリュウさん! 流石は元王家武術指南役ロイドさんの次男にしてダリルさんの弟! 古武術の達人さんです!」
ウリュウはその日、ベルテ村冒険者ギルドの、日間ゴブリン討伐記録歴代1位を獲得した。
どうやらゴブリンの耳は、オークやオーガと思われる耳も合わせて綺麗に圧縮された状態で、隙間すらないほどビッチリ入っていたらしく、耳の数は100枚を大きく超えていたらしい。追加報酬もないのに……。
この事を知ったときウリュウは思った。……やり過ぎです狼さん。と。
この日までのウリュウの周りからの評価は、親兄弟が強かっただけの出涸らし冒険者だったのだが、なぜが薬草採取ばかりして実力を隠していた実力者へと変わっていたのだが、恋に落ち、盲目となったウリュウは、その周りからの評価の変化に気付くことはなかった。
ウリュウはそれからも毎日薬草採取依頼を続けながらルナとデートを重ね、色々な話をした。
家族の話やお互いの過去の恋愛話(互いに0)
ペットを飼うなら犬が良いのかそれとも猫か?
好きな季節は?
遊びに行くなら海に行くのかそれとも山か?
趣味はなにか?
好きな小説のジャンルは?
好きな作品と作家は誰か? なぜ好きなのか?
将来的に子供が出来たら何人欲しいか?
ウリュウ達の好みは笑ってしまうくらいに見事に一緒だった。
唯一違ったのは、もし男の子と女の子、生まれてくる子を選べるのならどちらが良いか? という他愛も無い話くらいで、ウリュウは女の子を、ルナは男の子を選んだ。まぁこれについては、ルナとの子ならどっちでも良かったのだが、ルナの娘なら間違いなく可愛いだろうし会ってみたいと思ったのが理由だった。
ある日ウリュウはルナに、真剣な顔で話があると切り出され、満月の夜、例の花畑に呼び出された。
ウリュウが約束の花畑に着いたとき、ルナは泉の近くにある岩に、泉の方を向いて座っていたので、ウリュウはルナの隣に腰掛けた。
「こんばんは、ルナ。綺麗な月夜だね」
「そう、じゃな。妾は今から月に向かって話そうと思う。じゃがそれは、あくまで全部妾の独り言。お主はただたまたまそれを聞いてしまうだけ。もし仮に疑問に思うことがあったとしても、口を夾まず聞いていて欲しいのじゃ」
「なんでそんなことを?」
「今から話すことは、あまりウリュウに話したくはない話なのじゃ。もし途中で否定でもされたら、妾は……」
「わかった。俺は今、たまたまルナの隣に座っていて、そしてルナの独り言もこれからたまたま聞いてしまうだけ」
「ありがとう。恩に着るのじゃ」
そしてルナは、自らの過去を語り出した。