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第9話 リム

 皆で手分けして(シルキーは応援)夕飯の準備をあらかた終え、後はシチューを温め直すのみとなったので、リムはルナに一礼し、ルナの部屋へと帰ることにした。


「では私は今のうちに、ルナ様の部屋へ隠れさせていただきます」


「うむ。ありがとうなのじゃリム。それと……こんなこそこそ隠れるような真似をさせて、すまぬのじゃ」


「いえ、私も突然私がここにいてはおかしいという事はわかっておりますので、お気になさらず」


「リムさんって元々狼さんなんですよね? ペットとしてこの家で住むのはダメなんですか?」


「う~む。その案も一応考えてはいるのじゃが……」


「動物は自身より大きい物や強い物を恐がります。私の本来の姿は、体長2mを超えますので、いきなりペットとして認識して頂くのは難しいでしょう」


「仕事に出た先で――」


「ルナ様。どうやら帰ってきたみたいですので、私はこれで失礼いたします」


 ――バタン――


 リムはそう言って、なんでもない顔をしながらルナに再度一礼し、ルナの部屋へと隠れたが、その胸にはつい最近まで感じたことのなかった、締め付けられるような痛みを感じていた。


「――またです。なんなのでしょうか、この痛みは? 私が犯した罪に対する罰……なのでしょうか?」


 リムは、この胸の痛みと、自分が犯した罪について考える。


 初めてリムがこの胸の痛みを感じたのは、ルナに『ウリュウと二人っきりにさせてくれ』と言われた時だった。ルナの護衛として英才教育を受けてきたリムは、当然その時も、そんな素振りなどおくびにも出さずに『はい』と答えた。


『はい』と答えながら、初めて自分の意志でルナの命に背いたのだ。


 リムはバカではない。むしろ頭は良い方だ。当然『二人っきりにしてくれ』という言葉が、リムにも席を外してくれ。という意味だということには気づいていた。しかし、気付いていてあえて屁理屈を用い、勘違いしたフリをすることで、その命に意図的に背いたのだ。


 なぜそんなことをしたのか? それは自分でもわからなかった。命に背くことに対する罪悪感も当然あった。自身の忠義はどこに行ったのか? と。しかし、なぜかそうせずにはいられなかったのだ。そして結果、ルナとウリュウが楽しそうにしているのを見て、また胸に痛みを感じていたのだった。


 そんな時に出会ったのが、あのシルキーだ。

 リムがルナの命を守り、ルナ達の周囲からゴブリンを追い立てていた時、たまたま近くに隠ぺいされた弱い結界を発見した。念のため確認に行ったところ、誰もいない家の中で、なぜか死にかけていたあのシルキーに出会ったのだ。


 なぜ結界が張ってあるのか? なぜその結界の中でそのシルキーは死にかけているのか? 『無知は時として、その身のみならず、主をも滅ぼす』と教えられてきたリムは、シルキーを起こして魔力を与え、その話を聞くことにした。その結果。


 ――懐かれた――


 それはもう盛大に懐かれた。

 

 住人の感情のこもった魔力を食べて生きるという種族がら、元々人懐っこい者が多いのがシルキーだ。そのうえ、シルキーからすれば約三年ぶりに会う相手であり、自分はもう死ぬんだろうなぁ。と思っていたところを救ってくれた恩人だ。懐かれないはずがなかった。


 普段ならリムの性格上、懐かれたとしてもたいしてどうとは思わなかったかもしれない。しかし、このシルキーが三年間、自分はいつまで生きられるのか? なんの為に生まれてきたのか? と、なにより『寂しかった』と涙を流す姿を見て、なぜか放っておけなくなった。

 それから毎日、ほんの些細な時間ではあったが、シルキーの下を訪れ、魔力を与え、シルキーとの会話を楽しむようになるにつれ、リムの胸の痛みは薄れていった。


 ウリュウとルナが楽しそうにしている姿を眺めているときは、やはりなぜか胸が痛くなったが、その分、その後のルナとの会話や、シルキーと話すときは楽しく感じられた。


 そんな時、あの事故が起こり、結果この村へと来ることになった。


 人間恐怖症のルナを、人間の村に置いて自分が勝手に離れるわけにはいかない。だが、シルキーに自分が与えられた魔力の残量を考えれば、もって数日──。


 リムとルナがこの村に来た夜。リムはルナに、シルキーの存在を報告し、この家に連れてこれないか? と翌朝提案しようと考えた。しかし、どう提案するか? 万が一断られたらどうしよう? と。


 そんなことを考えている時に現れたのが、ローラという女だった。

 この女はギルドで受付嬢をしているらしく、昨日はウリュウに『なにかあれば力になる』と言っており、玄関前に板と、その上に黒パン二つを置いていった。

 リムはそのパンを見て、おそらくは『朝食として食べてくれ』という意味だろうと悟り、その後とあることを閃いた。


 ――起きた時にすでに朝食が用意されていたらどうなるだろうか?


 ウリュウの認識上、この家にはウリュウとルナしか住んでいない。そして、起きるのが苦手なルナが、ウリュウよりも先に起きるとも思えない。つまり、リムが朝食を作ってしまえば、ルナにはリムが作ったとわかるが、ウリュウの中では、『この朝食はいったい誰が作ったのだろうか?』と言うことになる。


 メイドなどを雇っている家を除き、家人が寝ている間に朝食を作る存在と言えばシルキーだ。自分のミスと言うことにして、シルキーのことをルナに提案し、シルキーを連れて来ざるをえない状況にする。


 普段であれば絶対にしない背信行為。結果的にうまくいったが、なぜ自分がこんなことをしたのか? 自分でもよくわからない。


「おかえりなのじゃウリュウ!」


「は、はは初めましてご主人ちゃ、様。今日からこの家で厄介になるシルキーです。その内大きくなってバンバン家事とかも頑張っちゃうので、これからお願いします!」


「えっ? ……シルキー?」


「はい!」


「まだ小さいが、家に憑く家事を手伝ってくれる良い妖精なのじゃ。ご飯はこの家の中にある感情の籠った魔力で、妾達が生活するうえで勝手に垂れ流してしまう程度のものじゃから、仲良くする分にはメリットはあってもデメリットはないのじゃ」


「ここの魔力は美味しいのぉ」


「そうなんだ? ここの魔力って、他とはどう違うんだ?」


「「――っ!?」」


「う、ウリュウ。シルキーは家から出られない妖精じゃから、ここ以外の魔力なんて知らないのじゃ」


「う、うん。とっても美味しいと感じるだけで他のところの魔力なんて知らないよ?」


「へぇ。……ちなみに、仲良くしないとどうなるんだ?」


「な、仲良くしてくれないのぉ!?」


「あっ、いや、あくまで例え話だからね?」


「シルキーと家は一蓮托生じゃ。じゃからシルキーが死ねば家は朽ちるし、家が朽ちればシルキーも死んでしまうのじゃ」


「……この家、それなりのボロ屋だけど、大丈夫なのか?」


「「「……」」」


「き、きっと大丈夫なの。かなぁ?」


「つ、憑いてしまったものは仕方がないのじゃ! そういうわけで、シルキーを新しく家族として迎えたいのじゃが、どうじゃろうか?」


「迎えないっていう選択肢が最初からない気もするけど、それならまぁ良いんじゃないか?」


「感謝するのぉ」


「じゃあ折角ルナが夕飯を作ってくれたんだし、果実酒や果実ジュースもある。シルキーの歓迎会も含め、今からささやかなパーティーだな」



 隣の部屋から楽しそうな声が聞こえる。

 あのシルキーが、この家の家族として認められたことは嬉しい。嬉しいはずなのに、なぜか私の目からは涙が零れる。

 うれし涙? ……違う。

 ならなんの涙だ?

 隣の部屋から楽しい声が聞えるたび、私の胸はキュウキュウ痛む。

 あぁ、そうか。これはきっと悲しみから出る涙なんだ。

 この時私は、自分の胸が痛む、その本当の理由を知った。


 あぁ、そうか。今まで感じていたこれが、あの時シルキーが言っていた感情だったのか……。

 ルナ様の護衛となってから百数十年、一度も私が感じたことの無かった感情。


 ──そうか、私は寂しかったんだ──

実はリム。天然キャラを装った確信犯でした。


次回、リムが家出(?)します。

リムはなぜ家出(?)をするのか? そしてその後どうなるのか?


次回【◯◯◯◯◯の◯◯】をお楽しみ下さい。

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