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第8話 シルキー

 ルナは焦っていた。

この二日でかなり馴れてきたとはいえ、自身が人間恐怖症であったことなどすっかり忘れ、ルナの100数十年に及ぶ人生の中でも、5指に入るのでは? というほどに焦っていた。


「おやルナちゃん。珍しいねぇ、今日は一人なのかい?」


「こんにちは。たまにはそういう日もあるのじゃ! では急いでいるのでまた今度なのじゃ!」


 焦っているというのに、会う人会う人、ほとんど全ての人から声を掛けられ、とても鬱陶しく感じつつも、ルナは思念波でリムからシルキーのことを聞きながら、全速力でウリュウの家へと向かっていた。


 ――競歩のような歩法で。


《それで、シルキーは今どうしておるのじゃ? 家の中でおびえておるのか? それとも勝手に連れてこられて怒っておるのか?》


《い、いえ……。シルキーは――くふっ》


《笑っておらずに答えるのじゃ!》


《は、はい。シルキーは私に感謝の言葉を――ぷくく……無理です。目を閉じてもルナ様の勇ましい独特な歩き方が脳裏くふっ――から離れず……》


 現在の歩き方が変なのは十分に自覚していたルナだったが、急いでいる時にこうも堂々と笑われると少々頭にくるものだ。


《……リム。3日間おやつ抜きなのじゃ》


《――っ!? はい……すいませんでしたルナ様。多少おどおどはしているものの、落ち着いております》


 ルナはリムのしょんぼりした声を聞き、幾分か溜飲が下がるとともに、シルキーが怒っているわけではないらしいことに安堵する。


《ですがなぜそのような奇怪な歩き方を? 正直少々気持ち悪いですよ?》


《仕方がないのじゃ! 人間らしい歩き方で早く歩くにはこうするしかなかったのじゃ!》


 ルナは決して運動音痴でもなければ、不器用でもない。しかし、人間らしい走り方は今まで一度もしたことがなかったのだ。というのも、吸血鬼の身体能力は人間とは比べ物にもならないほど高い物であり、人間と同じ骨格を持っていても、出せる力が全然違うので、自然と適した動き方というのは違ってくる。


 その一つが走り方だ。

 吸血鬼は魔力など使わなくとも、100mを十数歩で3秒もあれば走り切ることが出来てしまう。これは人間のように足を速く動かして速度を出すのではなく、人間の数倍もの力がある脚力で、前に跳ぶようにして走る方が楽な上に速いからだ。


 吸血鬼にとって人間の走り方を真似るのは、自転車の乗り方をマスターする程度の難しさなので、人間社会に出入りする吸血鬼達なら走り方を含めだいたいの人間らしい所作は出来る。しかし、吸血鬼王国にいた頃は箱入り王女。その後は百年以上も人間を避け続け、ほんの少しだが体のサイズまで変わってしまったルナにとって、それをいきなりしろと言うのは少々酷な話であった。


 ルナは正直、自分ならぶっつけ本番でも一応出来るだろうという自信はあったのだが、ちゃんとしたフォームなど覚えていないうえ、どの程度の速度なら村人に違和感を与えずに走れるのか? そこがわからなかったため走ることを断念し、それでも不安から早歩きで家に向かうという選択をしたのだ。


《あの人間とこの村で生活するのであれば、走り方を含め、色々と人間らしい動きも覚えた方が良いかも知れませんね》


《そんなことより……いや、良いここを曲がったらすぐそこじゃ。リムは今……木の上じゃな? 周りに人の気配はないが、念の為妾の陰に入るのじゃ》


《わかりました》


 ルナは夕日で伸びた自身の陰の中にリムを入れると、ウリュウと自分の家へと入り、玄関を閉じてからリムを出した。


「……どういうことじゃ? ウリュウの部屋から妾が知らぬかなり小さな気配は一つ感じるが、シルキーの気配は感じぬぞ? この気配はなにで、シルキーはどこなのじゃ?」


《そのルナ様が感じている小さな気配がシルキーです》


「ありえん。シルキーは人と同程度のサイズを持ち、魔力を糧とする妖精じゃ。しかしこの者の気配は、大した自我すら持たぬ小精霊程度のものではないか?」


《そうなのですが……隣の部屋にいますので、見ていただいた方が早いかと》


「……それもそうじゃな」


 ルナはリムを伴い、ウリュウの部屋の扉を開け、その後しばらく言葉を失った。


「ZZZz――ZZZz――むにゃむにゃ。ふへへー。もう食べれないにょぉ」


 ルナはそこにいた生物を指差しながら、リムに尋ねる。


「――リム。このだらしない顔で腹をぷっくり膨らませ、涎を垂らして寝ながらぷかぷか浮いてる20㎝くらいの物体は何なのじゃ?」


《シルキーです》


「……これが?」


《はい》


「……まぁ良いのじゃ。とりあえずこの者も起こして話を聞くのじゃ。おい、お主、起きよ。起きて話を聞かせてくれぬか?」


 ルナは寝ているシルキーのお腹をツンツンし、声をかけて起こしてみることにした。


「――う~ん。……ふみゃ? なに? ――っ!? ち、ちちち痴漢っ!?」


「いやいや、痴漢ではなく妾は――」


「なら泥棒っ!? このボロ屋には盗む価値のあるものなんてなにもないよ!? 悪いことは言わないから別のところで盗んだ方が良いよ! うん!」


「――失礼な奴なのじゃ。確かにボロ屋で盗む価値があるようなものは特にないというのは認めるが、だからと言ってこう面と向かって言われると、少しムカつくのじゃ」


「えっ? あれっ? リムさん?」


《こちらの方がさっき話したルナ様です》


「えっ? てことはこの人が吸血鬼でリムさんと私のご主人様!? あわわわわ! 失礼しました。初めましてご主人様! わちゃ、私、家妖精のシルキーです! 名前はまだありません! 生まれてから約3年間一度も働いたことはありませんが、きっと働き者です。良い子に育つと思うので、これからよろしくお願いします!」


 ルナは自称シルキーを見ながら考える。

どうやらこの家に連れてこられたことに関しては、なぜか割と好意的にとらえているらしい。この感じだとリムはシルキーの同意を得てから連れてきたのかもしれない。しかしシルキーにしてはサイズが小さいし、生まれてから一度も働いたことがないのに働き者ってどういうことなのじゃ?


「ボロ屋云々に関してはとりあえず良いが。いくつかお主の口から聞かせてくれぬか? まずなぜそんなに小さいのじゃ? それとお主はここではなく、別の家で生まれた家妖精のはずじゃ。妾の記憶が正しければ、家妖精は生まれた家から離れられぬはずじゃ。どうやってここまで来たのじゃ?」


 シルキーと言うのは、魔力濃度が高く、プラスの感情で満たされた家に生まれ、その家の家事などを手伝う代わりにその場の魔力を食らって生きる存在だ。そしてシルキーは、自分が生まれた家が依り代となるため、家から距離的な意味でほとんど離れることが出来ないとともに、その命は依り代たる家と運命を共にすることになる。

 つまり、家が燃やされたりすればシルキーも死に、逆にシルキーが死ねば家も朽ちるのだ。

そんな存在たるシルキーが、なぜここに来ることが出来たのか?

 ルナにはそれがわからなかったからシルキーにそう尋ねたのだ。

 するとシルキーは、突然涙を流しながら両手を開き、ルナの顔目掛けて迫ってきた。ルナは咄嗟に自身の顔とシルキーの間に右手をはさんで止めようとするが、シルキーはその出した手に体ごと抱き付き、話し始めた。


「聞いてくださいよ! 私、生まれてすぐに家ごと捨てられちゃったんです!」







 まるで要領を得なかったうえ、ところどころ何度も同じ話を繰り返したこのシルキーの話を端的にまとめるとこんな感じだ。


 このシルキーが生まれたのは、人里離れた森の中に建てられた、二階建てで結界が張ってあり、地下室まである立派な家の二階にある書庫だった。

 生まれてすぐ、地下室に人の気配を感じたこのシルキーは、家の住人にあいさつをするべく、あいさつの言葉を考え、何度も口ずさんで練習した後、地下室へと向かった。

 地下室にいたのはローブを纏った30代後半の女で、彼女は大鍋を用いてぐつぐつと、異臭が漂う液体を真剣な表情で煮込んでいた。

 あまりに集中していたためか、シルキーが女に声をかけたり視界の中に入りに行っても、それどころか体を揺らしても気付いてくれなかったらしい。

 シルキーは仕方がないので、彼女の作業が終わるのを待つことにした。


 数時間後、突如その女は瞳孔が開いた眼で「クケーケケケケ」という奇声をあげ、大鍋からコップ一杯分の液体を取り出すと、その液体を満弁の笑みで眺めた後、こう言いながら走り去ってしまったという。


「クケケケケ、さすがは私だ! 最高の惚れ薬が完成したよ! これさえあればレメネイド子爵は私のもんだ! 若い奴なんかにゃあ負けない。これからが子爵夫人としての第二の人生のスタートだぁ!」


 それから約三年。このシルキーは誰もいない家で、食糧たる魔力が徐々に減っていくのを感じながら、ぎりぎりまで食事量を減らし、自分は後何日で飢え死にするのだろうか? と恐怖しながら暮らしていたのだという。

 そんな時に出会ったのがリムだった。リムはルナがウリュウと会っている時、魔物や人が近づけないように追い払っていたのだが、その時たまたま結界の存在に気付き、危険がないかの確認に行った。そして飢えて意識を失っていたシルキーに出会い、これを助けたらしい。


 その後も何度かリムがシルキーの家を訪れ、リムが纏う魔力を摂取することによりシルキーは生き永らえ、本日依り代となるシルキーが生まれた部屋にあった間柱以外の全てをぶっ壊し、その間柱を運びやすいサイズにカットしたら体が縮んだらしい。


「縮んだって……それは大丈夫なのか?」


「うん。魔力を食べてたらその内大きくなると思うの」


「……リム、妖精とはそういうものなのか?」


《……どうなのでしょうか? この者が大丈夫と言ったので柱を刻んだのですが……》


「こんな幸せな魔力で満ちたところにいれば、きっとすぐに大きくなるの! 家事全般はきっと得意だし、これから頑張るからここに住まわせてほしいの」


「……家に満ちた魔力を食べるだけだし、妾やリムは掃除が苦手だからっ好都合なのじゃ。ここの主人はウリュウというのじゃが、彼もおそらく断ったりなんかせんじゃろう。ただいくつかウリュウに内緒なルールがある。まずはそれを覚えてもらうのじゃ」


 このシルキーはリムからルナが吸血鬼であることなどを聞いていたらしいので、それらに関することや、現在リムのことはウリュウには内緒にしてあり、機を見てなんらかの形で話す予定であることなどを教え、ウリュウを迎えるための手料理をみんなで作ることにした。


「では説明は以上なのじゃ! 寂しい思いをした分、これからは皆で楽しく暮らすのじゃ!」


「はい」《はい》


 リムが人型に変化する。その姿は白い肌、銀色の長い髪を持つ身長170㎝近い美女だ。


「うわぁ! リムさんとっても綺麗なの……」


「うむ、そうじゃろう。リムより綺麗な者など滅多におらんのじゃ!」


「ありがとうございます。では時間もあまりありませんし、そろそろ夕食の支度にとりかかりましょう」


「うむ」「うん」


 シルキーがこれから行う初仕事に口元を綻ばせ、笑顔でドアに向かって飛んでいき、その動きを停止した。


「ん? どうしたのじゃ?」


 シルキーはドアノブに抱き着きながら、目に涙を浮かべて振り返り、ルナの疑問に答えてくれた。


「……小っちゃくなって力が弱くなったのか、ドアノブが回せないよう」


「「……」」


 ルナとリムは、思わずシルキーから目を逸らし、互いに微妙な表情で見つめ合う。

 はたしてこのドアノブを回す力すらないシルキーに、家事などすることが出来るのだろうか?

やる気はあってもサイズのせいで家事が苦手なシルキーちゃん登場。


次回、リムにとある変化が起こります。その変化とはなんなのか?


次回【リム】(仮)をお楽しみ下さい!

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