第5話 冒険者登録【前編】
ギルド長が自身の敗北を認めた後、ルナは笑顔でこう言った。
「ありがとうなのじゃギルド長! では妾の冒険者登録をお願いするのじゃ!」
「……う、うーむ」
ギルド長が尻もちを付いたまま、申し訳なさそうーに、ちらりとローラとウリュウを見た。
「え? いや私を見られても……」
「ま、待て! ちょっと待ってくれルナ!」
先程まで何も言わずに成り行きを見守っていたウリュウが、慌ててルナを止めにかかった。
ウリュウが何も言わずにギルド長とルナの手合わせを含む成り行きを見守っていたのは、ギルド長とローラから『任せろ』というニュアンスのアイコンタクトをもらっていたからだった。
ギルド長からはルナが実力を見せると提案する直前に。ローラからはギルド長が手合わせを受けた直後に、それぞれアイコンタクトをもらっていた。
ルナが怪我をするのでは? と、内心かなりハラハラしていたウリュウだったが、ギルド長とローラを信じ、そのまましばらく事態を見守ることにしたのだ。
ギルド長の提案した手合わせの形式は、ギルド長自身は攻撃をせずに結界をはり、その結界内にいるギルド長に対して、10分以内に一撃をくらわせてみなさい。というものだった。
その内容を聞いた時、ウリュウは心底安心した。
これならルナが怪我をすることはないし、きっとルナはなにも出来ずにこの勝負に敗れることになるだろうと思ったから。そしてギルド長とローラからのアイコンタクトは、『ルナが負けた後に3人でルナを説得し、冒険者登録を諦めるように促そう』という意味だと悟ったから。
しかしふたを開けてみれば、ギルド長は自信満々に受けたにも関わらず、ものの10秒で負けを認め、現状申し訳なさそうにウリュウとローラに視線を送ってくるだけである。
ギルド長は手合わせの前に、ルナがギルド長に勝てば、もうルナが冒険者になるのを止めないと約束してしまっている。つまりこれでギルド長の援護はあてにできない。しかしウリュウはルナを、危険と思しき冒険者になどさせたくはなかった。
だからウリュウはルナに静止の声をかけたのだが、ルナの返答は、
「妾の実力はそこにいるギルド長の発言が正しいのであれば、この村のどの冒険者よりも強いことになるのじゃが、それでも冒険者になるのはダメなのじゃ?」
というものだった。
「……実力がどうこうじゃなく、俺はルナに危険なことをしてほしくないんだ」
これはウリュウの本心だった。そしてそこにローラからの援護射撃が飛んでくる。
「そうよルナちゃん。いくら強くても冒険者っていうお仕事はとっても危ないの。とっても強い冒険者が、ちょっとした失敗で命を落とす。なんてことは日常茶飯事なんだから。実際私が王都で受付をしていた時に担当していた、元軍人さんは、勲章をもらったことまであるくらい強かったけど、ほんの些細なミスで命を落としちゃったんだから。ルナちゃんがとっても強いことはわかったけど、冒険者は強さだけではやっていけないのよ?」
ウリュウはローラにありがとう。と微笑みかけるが、ルナは即答する。
「だから妾はウリュウと一緒に活動するのじゃ。ウリュウは何年も冒険者をしてきたのじゃから、なにか問題が起きてもきっと対応できるのじゃ」
「確かに、少し前までのウリュウさんなら何かが起きても適切に対応できたかもしれない。でも今のウリュウさんは記憶をなくしているの。だから――」
「だからこそ妾が冒険者として一緒に活動するのじゃ! パパ一人では危険かもしないけど、妾がいれば何とかなるかもしれないのじゃ!」
「いや、ダメだ。娘を危険にさらすようなことはしたくない」
ルナはとっても悲しそうな顔で俯くと、すごく頼りない、小さく寂しそうな声で答えた。
「……大切な人が死んで、後に一人で残されるものの気持ちがどのようなものか? それも少しは考えて欲しいのじゃ……ウリュウが目の前で死ぬと思ったあの時の妾が、いったいどれだけ怖かったのか……」
「……ルナ」
「……ルナちゃん」
「……」
それを聞いた3人は、なにも言えなくなってしまった。
そしてこれは、ルナのウソ偽りのない本心だった。
姉を除く肉親全てが一夜にして死に、唯一残った姉とも、王国の民のため、今では会うことすら叶わないその寂しさ。
唯一の眷属たるリムと、100年を超える放浪の日々の後にウリュウと出会ったことで、100数十年ぶりに心を許せる相手が出来たあの喜び、そしてそれを失うかもしれないと思った時のあの絶望感。
ウリュウを救えたのは、たまたま運が良かっただけだった。
ルナがあの時たまたま月と血の祝福のことを思い出すことができたから。
ユダにより儀式が中断され、その時月と血の祝福を獲得できず、その後他国でも受け入れて貰えなかったため、あえて月と血の祝福を獲得しようとは思わなかったから。
ウリュウが怪我をしたのが、たまたま満月の夜だったから。
偶然に偶然が重なり、最後は成功する保証などどこにもない、単なる思いつきでしかない方法にかけ、それがたまたま成功しただけだったのだ。
あの時は必死にウリュウを救う方法を考えることで恐怖を押しのけ、大して取り乱すこともなかったが、後々落ち着いて自分の布団の中でそのことを考えてみると、途端に恐怖に耐えられなくなってしまった。
昨夜ウリュウの布団にもぐりこんでしまったのも、それが原因だ。
一度は自分とリム。それ以外の全てのものを失ったルナは、自分でも気づかぬうちに、なにかを失うということに対して恐怖するようになっていたのだ。
「だから妾がウリュウを守るのじゃ! そしてウリュウに同じ思いをさせないためにも、妾は絶対に死なんのじゃ!」
「……ごめんルナ。それでも俺は、娘に危険なことはさせたくないんだ……」
次回タイトルをコロコロ変えてしまっているし、私の場合次回タイトル書くのはやめた方が良いかもしれませんね。
次回 ルナの気持ちは理解しつつも、親としての心情的に認めたくないウリュウさん。ですがルナからしてみれば、自分はは半不死身なうえ、最強クラスのヴァンパイア。自身について、恐れることはなにもない。しかしウリュウを失う恐怖には耐えられない。一緒に働くことは決定事項! よってルナは、これだけは使うまいと思っていた最後の非情な手段に手をかける。
その非情な手段とは!? そしてルナは、無事冒険者登録をすることができるのか!?
次回【冒険者登録 後編】をお楽しみ下さい。
次回投稿は、12/23の午前中を予定しています。