第1話 出合い
のんびり書いていこうと思います!
「フウッ……起きるか」
ウリュウの朝はいつも早い。まだ日も上がらぬ内から目を覚まし、厩舎小屋から卵と牛乳を収穫し、明かりも付けずに暗い室内で朝食をとる。
朝日が上がると同時に冒険者ギルドに向かい、冒険者ギルドの職員が来るよりも早く冒険者ギルドの玄関前に並んで、誰よりも先に採取依頼を受注してその依頼をこなす。
そんな毎日を送っていた。
大抵の採取依頼は報酬も安く、ウリュウの生活はあまり裕福とはいえなかったが、剣も魔法も使えないウリュウにとっては仕方が無い。
1対1での魔法無しの対人戦闘ならかなりの腕前なのだが、そんなものはソロの冒険者として依頼をこなす上では大して役に立たないのだ。
せっかく誰よりも早くに冒険者ギルドに来たのに、この日依頼が張り出されるボードには、ウリュウが目当てにしていた採取系の依頼は1つもなかった。
仕方がなくウリュウが受けることにした依頼は、ゴブリン10匹の討伐だ。
一般的な冒険者にとってはなんてことない依頼であり、新人冒険者くらいしか受けようとは思わないような低ランク依頼である。しかし普段は薬草採取等の簡単だが面倒くさい依頼ばかりを受けており、群れるモンスターとの戦闘が大の苦手であるウリュウにとっては、中々骨の折れる依頼だったりする。
「こういう依頼を受けたくないから、毎朝早くから冒険者ギルドに来てるってのに……」
ウリュウは1人、文句を言いながら依頼書を持って依頼の受付を済ませに、ギルドのカウンターへと向かった。
「おはようございますウリュウさん! 今日も早いですねぇ。そんなに私に会いたかったんですかぁ?」
この周辺の村で1番可愛いと噂の女の子であり、ギルドの看板受付嬢でもあるローラが、体をくねらせながら笑顔で問いかけてきたので、ウリュウはいつも通りの返事を返す。
「違うよ。俺に出来る依頼なんてたかが知れてるんだ。のんびり寝てたら出来る依頼や良さげな依頼なんて、起きた頃には全部取られてるだろうから早く来るしかないだけさ」
「そうですねぇ。お小遣い稼ぎの奥様方や、新米薬師の方とかも薬草採取は受けていきまうぉっと!? あのウリュウさんが討伐依頼を持ってきましたよ! どうしたんですか!? やる気満々じゃないですか!?」
「それしか受けられそうなのが無かったんだよ!」
ウリュウはそう言いながら、ローラの前で討伐依頼の依頼書に、自らのサインを書いてローラに渡した。
「えっ? 今日も採取依頼ありましたよね?」
サラサラサラ……ポンポン、ドンッ
「いや? ボードを確認したけど採取依頼なんてなかったぞ?」
「えぇー!? そんなはず無いですよ? 今朝もこの依頼を見た後、多分ウリュウさんが受けるんだろうな。って思って張りに──」
「……張りにいったんならなんでローラがその依頼書を今持っているんだ?」
本日ボードに張り出されていなかった採取依頼の依頼書を、何故かローラが右手に持っていたのでそれを指摘すると、ローラは暫く目をさ迷わせ……。
「張り忘れちゃった。テヘッ☆」
と、舌を出しながら首をかしげ、自らの頭を右手で軽くコツンと小突いた。
「いやっ、テヘッ☆じゃねぇよ! そっちがあるならそっちをやらせてくれよ!?」
「ゴメンねぇ。もう討伐依頼の依頼書、ウリュウ君の名前でハンコ押しちゃったんだ。テヘッ☆」
繰り返される先程のポーズ……。
「キャンセルだ!」
「キャンセル料は銀貨10枚になるけど、大丈夫?」
「なんで成功報酬銀貨5枚の依頼で、キャンセル料が銀貨10枚もかかるんだよ!?」
「そんなこと言われても、ランク1からランク3までの依頼のキャンセル料は一律銀貨10枚なんだもん」
「そっちのミスだろ!?」
「ゴメンねぇ。確かに張り忘れたのは私のミスなんだけど、張ってなかっただけだから、手続き上はミスでもなんでないんだよね。確かにギルドに来た依頼は、迅速に掲示板に貼ることが推奨されてるんだけど、所詮は推奨されてるだけだから、今回みたいな件、ギルド側としてはなんの問題もないんだよね」
「俺としては問題あるよ! 凶暴なゴブリン10匹の討伐で銀貨5枚か、採れる場所を知ってて、採れた分に応じて最大30枚も銀貨が貰える、薬草採取の中でも超大口のこの仕事とじゃ全然違うよ!」
「そんなこと言われても、ランクD以下の冒険者は依頼の複数同時受注は出来ないし、ランクに関係なく、依頼をキャンセルしたその日の内に別の依頼を改めて受けることも禁止されて──」
──カランカラン──
「あっ、おはよう。ドーラおばちゃん」
「おはようローラちゃん。今日も可愛いねぇ。おや? 今日は採取依頼1つも無いのかい?」
「あ、いえ、まだここに張り忘れてた採取依頼が1枚だけありますよ! ウリュウさんの相手が終わったら張りに行きますから、ちょっと待ってて下さいね」
「そういやさっき、ムスカが出かける所だったねぇ。あいつの嫁が来て依頼の取り合いになったら面倒だ。40秒で持って来な!」
「はいはい、すぐ行きますよ。そう言う事でウリュウさん。討伐依頼、頑張って下さいね!」
はぁ、仕方が無いか。
▽
──そんなこんなで、ナイフ片手にやって来た、ゴブリンはびこる森の中……ウリュウはいきなり死にました。
いや、正確にはまだ生きているのだが、ウリュウは偶然この森で見かけた、真っ赤なドレスを着た身長160cm強の金髪赤眼美女に心を奪われ、同時にその美女目掛けて弓を構えていたゴブリンにも気付き、彼女をゴブリンの矢から守るべく、彼女の前に颯爽と飛び出し、ナイフで矢を弾こうとしたのだが失敗し、お腹にそのまま矢を受けた。
──グピィッ!? ドスン──
ウリュウはゴブリンに持っていたナイフを投げつつ、あまりの痛みに土下座するかのように崩れ落ちた。
ゴブリンの短い悲鳴と倒れるような音から、ナイフはゴブリンに命中したらしい。だが、ウリュウが受けた矢もおそらくは致命傷。ウリュウは自らの運命を悟り、心の中で盛大に叫んだ!
お、俺……ここで死んじゃうの?
彼女居ない歴34年のまま、この美女の名前も聞けずに死んじゃうの?
嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!
せめて死ぬ前に1度は彼女が欲しかった!
せめて1度はキスがしたかった!
せめて、せめて1度は……せめて1度は毎晩1人で延々と考え続けてきた、女を1発で落とす格好良い告白を実践してみたかった。
「おいお主、大丈夫か?」
ウリュウがゴブリンの矢から守った美女が隣にしゃがみ込み、安否を気づかってくれているのを感じたウリュウは、死ぬ前に残る力を振り絞り、渾身の告白を彼女に決めることにした。
──チュッ──
「俺は君に魂を奪われた。俺はもうすぐ死ぬかも知れない、だが俺が死んだ後も、俺の魂は君と共にあり続け、必ず君を守ってみせる」
──バタリ──
死力を振り絞っての告白が完了した直後、ウリュウは地面に倒れ伏したが、その心は晴れていた。
これで悔いは無い。
彼女の名前は聞けなかったけど、美人とのキス(相手の同意などない)に、格好良い告白(どう聞いてもキモいのだが)も出来た。
あっ! でも俺、彼女居ない歴=年齢のままだった……。
享年34歳
ロンリー冒険者ウリュウ
彼の生涯に、一片の悔い有り──
▽
ウリュウはとても温かくて柔らかく、更にはとても良い香りを感じていた。
ウリュウは身を挺してゴブリンの矢から美女を助けて死んだため、ここが天国なのだと考えた。
ウリュウは眩しさに堪えながら目を開き、膝枕してくれている人物を確認しようとしたが、逆光で相手の顔がよく見えない。だが髪の長さや顔の輪郭、胸の膨らみ等から、相当に綺麗な女性だということはなんとなくわかった。
「天使……様?」
──ペチン──
「いたっ!?」
「勝手に妾を神の使いっ走りなどにするでない!」
「えっ!? あれ? さっき俺が助けた美女? あぁそうか、あなたもあの後ゴブリンに……」
「び、美女!? 美女とは妾のことか!? ということは、やはり先の告白は本気だったのか!?」
「もちろんです! ですが結局あなたも──」
「? ゴブリンならお主が気を失う前に倒したではないか?」
「えっ? ならあなたと俺は生きてるの?」
「当然じゃ。お主の傷も妾の血──ゆ魔法? でちゃんと治してある」
「治癒魔法……あなたも冒険者だったんですね? でも、ベルテ村では見たことがないし、旅の途中の方ですか?」
「……ま、まぁその様なものじゃ。ところでお主、さ、先のとってもキモい告白じゃが。……本気か?」
「告白?」
「ほ、ほら、わ、妾に心を奪われたとか、し、死んでも守ってみせるとか言うておったではないか!」
美女がモジモジと頬を赤く染め、少し照れたように、そしてなにかを期待するようにウリュウを見たとことでウリュウはこう思った。
か、可愛いっ!
そ、そしてこれは! キモいって言われたけど、も、もしかしてこれは! 脈あり!?
ここで畳みかければ勝機があるのでは?
逆にここで畳みかけられなければ、恐らく俺は本当に彼女居ない歴=我が生涯になる! という悲しい自信が生まれていた。
なにより、ウリュウの鼓動は先程からバクバクしっぱなしだ。どうやらウリュウは、本気でこの美女に一目惚れしていたらしい。
「本気です! あなたに恋をしました。付き合って下さい」
「わ、妾もそなたも、お互いのことをよく知らぬ。わ、妾なんてそなたの名すら知らぬのじゃぞ?」
「俺の名はウリュウ。あなたの名前を教えて頂けますか? 運命の君」
「う、運命の君!? わ、妾の名はルナじゃ。じゃがいきなり付き合うというのは……と、友達からでお願いするのじゃ」