出会う二人、争う二人(5)
前回までのあらすじっぽいもの:屋敷に近づく『影陰』
茜色が空を支配し始める、青と朱の混じった世界の下、その黒の物体は存在していた。
数は五つ。破壊された自然から生まれるその災害は、その生まれた場所から離れれば離れるほど、群れの数を減らしていく。
平均で二桁・多ければ三桁を上回るのが当然の『影陰』と対峙して、この数は圧倒的に少ない。
個で集団と戦うために作り出された我が国第二の『不然発破』『五法術』。
故にこの程度の数、苦でもなんでもない。
「すぐに……終わらせてやる」
狼の形をした『影陰』がこちらに気付き、四肢で地面を蹴り駆けて来る。
『五法術』を発動させ、視界の端に廻るリールの中から、タイミングよく“弓”を選び出す。
遠い距離から口を開け、飛び掛かってくる狼型の『影陰』。
その下顎で地面を抉り、こちらを踵から頭頂にかけて一呑みしようとしてくる。
その、今まで見ていた狼の質量を無視した攻撃を、腕を伸ばし、弓をつっかえ棒代わりにして、止めた。
「…………」
矢は無い。
だが弓を武器化した際の特殊能力によって生み出せる。
弓の先端に触れて腕を引き、弦へと触れたところで光の矢が一本、現れる。
これで-(マイナス)一耐久度。
これを五指同時に行い、指を重ねて一つの太い矢へと纏める。
これで合計、-五耐久度。
視界の端は既に黒。
噛み喰えないと知り、左右に黒を広げてそのまま呑み込むつもりなのだろう。
もしこのまま呑み込まれたなら、地面と共に消えて、この場所に自然を蘇らせることになる。
それが『影陰』の実態。
飲み込んだ人間を自然のエサとする存在。
故の災害指定。
もしかしたら自然に帰るのが本能で分かっているからこそ、人は『影陰』に対して恐怖しないのかもしれない。
シュパァァ……ン……!
矢を放つ。
頭の中に響く爽快感。
同時、矢の軌道に沿って捻れるように、黒の視界が晴れた。
支えにしていた弓には確かに重さがあったのに、まるで霧でも晴れるかのようにすぐさま軽くなる。
空気に溶け込んだ黒の色は、既にそこには存在していなかった。
『影陰』はその身体の八十%を失えば消滅する。
消滅すればまた出現した場所から沸いてくるのだが、今は近くにそのポイントが無いので関係ない。
追い払うだけの形になるけれど、これで十分だ。
喉の奥へと消えて貫通した光の矢は、さらに奥から迫っていた残りの一体と、上へと飛び掛かり始めていた二足歩行型『影陰』の下半身を貫き消し飛ばしていた。
残り三体。
武器の耐久度は口を閉じさせまいとして機能させたのと、さっき放った矢で七つ程消費し、残り四十三。
楽勝だ。
油断と余裕がない交ぜになった心のまま、左右からほぼ同時に襲い掛かってきた二体へと意識を向ける。
向かって左は錐揉み状になって迫る何か。
右は人間でいう腕の部分を鋏にし、掲げるように迫る三足歩行の何か。
判断は一瞬。
錐揉み状の物体に向け、こちらから間合いを詰める。
突進してくる黒の塊へと詰め寄りながら弓を構え、ぶつけ操り軌道を逸らし、倒れこむようにして前転して後ろへと回り込む。
そして片膝をついて、起動を逸らした『影陰』――とは別の三本足の『影陰』に向けて、文字通り矢継ぎ早に矢を十本放つ。
消滅させることは出来なかったが、怯んだのを確認。
再び狙いを、先程避けた『影陰』へと戻す。
方向を転換し、再び錐揉み突進してくるその『影陰』に、四本纏めた太い矢を正面から放ち、消滅させた。
そして怯ませていた『影陰』に三本纏めた矢を放って消滅させ、下半身が消えたまま何もしていなかった『影陰』に、最後とばかりに五本纏めた矢を放って消滅させた。
「…………」
終わった……と一息。
残り二十一の耐久度を消耗するために、地面を何度も小突いて手袋型の『利具』へと戻す。
戻ったところで、再び屋敷に同じ結界を張るために“盾”を生み出し、範囲を想い描いて結界の特殊能力を発動。
生み出された盾が消え、手袋すら手に嵌められているのが見えなくなったのを確認し、屋敷への道を戻り始める。
その途中、屋敷の敷地内が大きく瞬いた。
「っ!!」
続き響く爆音。
まさか先程の『影陰』は囮で、俺をこちらに引きつけている間に他の『影陰』が中に……!
そう。
『影陰』は賢い。
その可能性を考慮すべきだった。
自分の浅はかさに苛立ちを覚えながら、走り敷地の中へと戻る。
瞬時に敷地内全てを見渡し、『五法術』をすぐさま解除できるようにと特殊能力の解除を準備し――ようとして、そこに『影陰』なんて存在していないことに気がついた。
ついさっき五体の『影陰』を倒したのすら嘘だったのではと錯覚してしまいそうな程静かな、つい先程まで見ていた景色が広がっていた。
だが、そこにはある違いがあった。
芝生を踏み締め対峙する、二つの人影。
一人はコチラに背を向けた高い人。
対するは……ミュロイドの『姫』ハルちゃん。
「ってこれは何事!?」
駆け寄り声を張りつつよく見てみれば、こちらに背を向けている高い子は、先程屋敷の中へと案内したもう一人の『姫』キリナちゃんだった。
「あ、フラット」
俺と目が合ったハルちゃんは、道端でばったりと会ったような気軽さで挨拶してきた。
「ごめんごめん。騒がしかった?」
「そういうレベルじゃないって! なにさっきの光っ!?」
「なにって言われても、私の『崩色唱』よ」
当たり前でしょ、と続きそうなその口調。
『崩色唱』とは、彼女達の国ミュロイドの『不然発破』の名称だ。
「コイツが避けるからちょっと前を通り過ぎただけじゃない。大袈裟ね、フラットは」
「通り過ぎただけじゃないって! 見てあそこっ! ちょっと外壁焦げてるって!」
事の重要さを分かっていない物言いに、黒くなっている倉庫傍の屋敷外壁を指差し怒鳴る。
「なんでハルちゃんは同じ『姫』相手に『不然発破』使ってんの!? その子同居人だから!」
「ふんっ。仲間な訳ないでしょ。だってソイツ、私に喧嘩吹っかけてきたのよ。しかも先に。つまり私は悪くない」
「超理論!」
「そうね。彼女、バカげたことを言ってるわ」
こちらに背を向けたままチラりと視線だけをこちらにくれたキリナちゃんは、焦がされそうになったという事実があったはずなのにクールなまま答える。
「あたしはただ彼女に挨拶をしただけよ。荷解きも終えたし、フラットにこれからどうしようか話を聞きに行こうと散策がてら探していたら、バッタリと会ったのよ。そこから挨拶をするのは当然じゃない?」
「あっ、アレが挨拶ですってぇ……!?」
丸い瞳を逆立てたハルちゃんは、怒りで拳を握りしめプルプルと震わせ
る。
「膝を曲げて目線合わせて、頭撫でてきて子供扱いしてきておきながらっ……! 挨拶ですってぇっ!?」
あ~……なるほど。
「こっちがよろしくって言った途端にんなことされりゃ、誰だって怒るに決まってんでしょっ!?」
「だからと言って、いきなり『不然発破』を放ってくるのはどうなんだ? あたしで無ければ当たってるぞ、あの距離での不意撃ちなんて」
「そりゃ燃やすつもりだったもの、当然よっ! そんな人をバカにしたような態度取るやつなんて、一度火傷しちゃえば良いのよっ!」
「そんな訳ないでしょ。そもそもあなた、まだ十三歳ぐらいじゃないの? むしろあたしの反応は当然だと思うけど」
「これでも十七じゃ舐めんなっ!」
「えっ……? あたしの、一歳下……?」
「あ……あっ……ああ~……そう……」
心底ビックリした、というキリナちゃんの感情露わな言い方に、ハルちゃんの声が一気にトーンダウンした。
「よ~く分かった……私とアンタは仲良く出来ないってことがね……え~、そうだよね~。私ガキっぽいもんね~、仕方ないよね~」
燃えていた瞳は静かに半分伏せられ、それでも相手を見据えるためにと顎を上げ、ツインテールの髪をファサりと撫で上げるハルちゃん。
それは子供のような見た目だからか、余計に偉そうに見えた。
だからか、そこから続く言葉は相手を小馬鹿にしたものになるだろうなと、容易に想像できた。
「アンタみたいに背が高くて大人っぽくて年増に見えてりゃ良かったのにって心底思うわ~」
「……年増……?」
今までと違うキリナちゃんの反応。それを見逃すはずもなく、ハルちゃんは畳み掛けるよう演技がかった羨んだ声で煽りにかかる。
「あ~、羨ましいな~。十八歳には見えないぐらい大人っぽいもんな~。二十五歳って言われても通じちゃいそうだもんな~。本当羨ましいわ~」
「……………………」
「私もプラス七歳ぐらいに見えるような外見になりたかったな~。いや~、本当羨ましいわ~」
「…………………………………………」
「……ま、さすがに行き遅れに見られるのは勘弁だけど」
「よし分かった。改めてその喧嘩を買おう」
「ちょっとっ!?」
ボソッと付け加えたハルちゃんの言葉が決定打だったのか。
今まで黙秘を貫いていたキリナちゃんの声が、底冷えするぐらい低くなった。
「待って待ってハルちゃんもキリナちゃんもっ!」
さすがに、これ以上傍観者でいる訳にはいかない。言い合いだけで済むのならと思っていたが、これはまた『不然発破』を使った喧嘩になりそうだ。
「『姫』二人が争うのはさすがにマズいって! 二人とも落ち着いてっ!」
「さっきも言ったでしょフラット。先に喧嘩を売ってきたのはソッチだって」
「いやいやいやハルちゃん、その人ちょっと抜けてるからきっと素で喧嘩のつもりなかったって!」
そりゃキリナちゃん自身が年齢間違われたら怒るくせに自分が間違えて謝らないのはどうかと思うけどもっ!
「さすがにあたしもそのフラットの言葉は聞けないな。あの子はあたしの尊厳を踏み躙った」
「だったらそれをキリナちゃん自身もしたんだってことを自覚して大人しく謝ってよ!」
その間を与えずすぐに『不然発破』放ったハルちゃんの態度は確かにあまりにもガキっぽいと思えてしまうけどもっ!
「ふんっ。ようやくやる気になったって訳ね、年増」
「言ってなさい、ガキ。次、同じ至近距離で同じことをすれば……カウンターでぶち当てる……!」
「はんっ! 見た目通りに動きが老化してなけりゃ良いけどねっ!!」
叫ぶや否や、ハルちゃんは腕を振りかぶり――
「『我の手より一粒の火球』!」
開いた手をキリナちゃんに向けて突き出し、『崩色唱』を発動するために必要な感情を込めた言葉を叫ぶ。
同時、その手の平から、俺の片手でなんとか掴めそうなほどの小さな火の玉が放たれた。
中途半端ながらここでストップ。
明日は休みのつもりだったけど、本当中途半端だから明日も更新。
……出来るように頑張ります。
もし出来たら、代わりに金曜日を休みにします。