出会う二人、争う二人(4)
前回までのあらすじっぽいもの:南の国・孔神の『姫』も無事到着
「そういえば、あたしはキミのことをフラットさんと呼べば良いのかな?」
「いや、“さん”はいらない。確かキリナちゃんは十八才だったよね?」
「ああ。ん? もしかしてあたしより年下なのか?」
「それはさすがに。俺はもう二十才で、キミから見ればオジさんだ。でもだからこそ、二才も年下の人に呼び捨てされた方が若々しい気分でいられるだろ?」
いたずらっ子のような子供じみた笑みを浮かべると、プッ、と小さく吹き出された。
「なるほどね。分かったよ。あたしもよく年上に思われるから、下に見られたい気持ちも良く分かるしね」
確かに。その落ち着いた雰囲気は、実年齢より上に見えてもおかしくはない。
でもこれまでの行動を思い返すと……。
「とてもそうは思えないなぁ」
「なに?」
「あ、いや、とても実年齢より上には見えないなぁ、って思ってさ」
なんとなく、年齢より上に見られていることを悲しんでいるように見えたので、思ったことをそのまま馬上の女の子に告げていく。
「確か、キリナちゃんの国では、女の人は十六才で成人だったよね? でもなんか、今年でようやく成人かな、って思って」
「こんなに背が高いのにか?」
「確かに背は高いから、最初はまぁ、成人してるかなとは思ったけど……でも、馬に荷物を括りつけたまま馬小屋に真っ先に行こうとしたり、屋敷が見えているのに屋敷に案内しろって言ったり、どっか抜けてるところがあったからさ」
「…………」
「それに、キリナちゃんのそうやって落ち着いた雰囲気も、抜けているところを知った後だと、大人になろうと背伸びしている子のように見えてくるからさらに可愛く見えてさ」
「っ……」
「だから、十八と聞いて驚いたよ」
上向きの目尻を下げ、頬を朱く染めて視線を逸らす。
「…………………………………………そう、か」
ショートカットの髪を耳にかけ、小さく、納得したような言葉をつぶやく。
その仕草が何とか捻り出した照れ隠しにしか見えなくて、可愛い、とまた思ってしまった。
◇ ◇ ◇
その後、屋敷の前へと辿りつき、馬に括られていた四つの荷物を二人で二階へ持って上がり、部屋を決めてもらってその中へと運んだ後、彼女とは別れた。
忘れられたままとなったキリナちゃんの馬を馬小屋へと連れて行き、離れへと戻ってしばらく資料を読み直し時間を潰す。
――と、不意に立ち上がり、小屋を出て屋敷の出入口へと向かう。
その左手には、先程まで何も無かった黒の手袋。
今まで見えないようにしていたものが、見えるようになったのだ。
それはつまり、発動していた『不然発破』が解除された証。
良くないことが起きようとしていると確信するには十分過ぎる。
『五法術』。
それがこの『不然発破』の名前だ。
我が国二つ目の『不然発破』にして、『利具』を必要とする唯一の『不然発破』。
そして、つい最近出来た対『影陰』用『不然発破』の未完成版でもある。
それぞれの国の『不然発破』が、我が国の『姫』が宿す『換核』とそれぞれの国の『換核』の二つが必要であるのに対し、この『不然発破』は他の三国全ての『換核』が無ければ発動できない。
それぞれと同盟を結びそれぞれの『不然発破』の情報を得ているからこそ出来た芸当であり、だからこそ今回のようにそれぞれの『姫』を集める口実にすることも出来た代物だ。
そう。この『五法術』こそが当初、『影陰』を駆逐するために特化された『不然発破』なのだ。
その特徴の一つがこの黒の手袋型の『利具』。
コレを手に嵌め発動すると、十一種類の武器に変化させることが出来る。
もちろんしっかりと鋼鉄製。一応人間との戦いにも対応している。
ただし、この『不然発破』はあくまで未完成版。そう呼ばれるが故の弱点があるのだ。
まず第一に、武器の決定方法。
視界の端に十一種類もの絵柄がリールとして廻る中、自分が決定と願う。
瞬間、選ばれた絵柄に応じた武器に、手袋が変化する。
つまり、武器化の際にある程度のランダム性が伴ってしまうのだ。
次に耐久度。
五十回何かにぶつける――あるいはそれぞれの武器に宿された特殊能力を発動すると、また手袋の形に戻ってしまうのだ。
そして次に別の武器を生み出すまで、同じ武器は生み出せなくなってしまう。
つまり十一種類あろうとも、選べる武器は最初の一回目を除けば常に十種類の中からしか選べなくなってしまうのだ。
その“選ぶ”という行為すらランダム性が伴ってしまい、不確かなものになってしまうのに、だ。
そんな『五法術』が今、見えなくなるという発動結果が解除され、手袋の形となって俺の手へと戻ってきた。
つまり、この屋敷に着き、乗ってきた馬車を見送っている間に発動させたものが解除されたということ。
今までずっと発動してきたのは“盾”の武器。
その特殊能力は、指定範囲内に指定された物体が侵入すると『利具』へと戻る、といったもの。
端的に言うと「結界」だ。
今回指定していたのは『影陰』。
それが結界のどこから侵入したのかも分かっている。
今はまだ屋敷からかなり離れているが、当然、対処しなければならない。
そのために俺は今、ここにいるのだから。
◇ ◇ ◇
そもそも『影陰』とは、自然を破壊した際に生まれてくる謎の生物である。
いや、資料分類的には生物ではない。
災害だ。
少なくとも四国間ではそう分類されており、災害指定生物ですらない。
ただ、姿形は生物そのものなのだ。
上半身は人間で、下半身は肉食獣のような四足生物。
上半分は犬で、下半身はゴリラのような二足生物。
まんま犬のように見えるのに、口を開ければ鰐のように急に見た目の質量を上回る生物。
ありとあらゆる生物を二つ混ぜたような形状をし、その質量は見た目の数十倍とされている、真っ黒な存在。
それが『影陰』だ。
攻撃手段も移動方法もそれぞれの形で全く違い、現れる際は必ず群れを成し、さらには互いに自由に動いているようで完全な連携攻撃を放ってくる。
そんなものが相手では、並みの軍はすぐさま連携を乱され、全て喰われて消えてしまう。
その証拠に昔、戦場として我が国以外の三国が争っていた大陸中央部に、突如『影陰』と名称がつく前のそいつ等が現れた際には、戦争をしていたミュロイドと星ノ宮は双方共に軍の半分を失った。
それにより戦争が出来なくなった隙を衝き、孔神がその『影陰』の群れを倒しきり占領しようとした時も、完全な準備を行っていたにも関わらず兵の三分の一を失ったのだ。
一体一体なら確かに、人間は『影陰』に負けないだろう。
『不然発破』しか通じない存在ではあるが、逆に言えばそれぐらいしか懸念事項が無いのだから。
だが相手は必ず複数で現れ、意思が無いにも関わらず、それぞれをフォローし合って襲ってくる。
それも厄介なのはそれだけではない。
普通、そうした複数の群れを相手に、人間は恐怖するはずなのに――ましてや、不気味だと理解できるほど異形な姿が襲い掛かってくるのに――恐怖しないのだ。
それが奴らの連携攻撃以上に恐ろしい。
例えば、刃物を持った人間と対峙した時。
訓練を積んでいない・刃物慣れしていない人間は、本能的に怯え、逃げようとする意思が働く。
腰が引けたりするのはその最たる例だ。
これはナイフも含めた相手と現在の自分の力量を見極めた上での結果であり、敵わないから生き残るために逃げようとているのだ。何も間違いじゃあない。
だが『影陰』が相手だと、これが起きない。
喰われると地面に飲み込まれ、自然環境の回復の糧とされてしまうと分かっていても、恐怖しない。
目の前に現れても。初戦闘でも。緊張していても。
『影陰』を目の当たりにした瞬間に、友人や家族に囲まれているかのような、安堵感に包まれてしまう。
戦場においてそれがどれほどの恐怖か。
初めて敵と相対したのに怖くない。訓練中に恐怖することすらあったのに。『影陰』ならいくら目の前にいても恐くない。もしかしてアレに勝てるということなのではないか。ならば自分が学んだことをぶつけてみたい。
そういう気持ちが一番、無自覚に、無謀な行動へと走らせる。
そのため我が国では、「恐怖しないことに恐怖する」ことが出来てようやく、一人前の兵とされている。
逃げようとするという行為は、それだけ大切なことなのだ。
例えそれが、『不然発破』を覚えたての素人を戦闘に狩り出せないことになったとしても。
生き残るためには、必要なことなのだ。
あ~……SS書きたい
ちょっとネタ固まったらこっちの更新止めて書き始めるかも
その際はちゃんと後書きに書きます