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出会う二人、争う二人(3)

前回までのあらすじっぽいもの:東の国ミュロイドから『姫』のハルがやってきた。

 七つのカバンを運び終え、御者の男性は名残惜しそうに馬車を引き、自らの国へ帰って行った。

 その姿をハル自身は見送ることをせず、部屋へと篭ってしまっていた。おそらく荷解きでもしていたのだろう。部屋の外から声をかけても、五月蝿い部屋を開けるな、の一点張りで出て来なかった。


 こうなっては仕方がない。とりあえず俺一人で彼を見送り、もう一人の『姫』が来るまで小屋で待っていようと踵を返そうとした。


 が、遠くに一つの影が見えたことで、その足を止めた。


 こちらの護衛が付いての複数人ではなく、たった一人馬に乗って駆けてくるその一人。

 ただの旅人かとも思ったが、違う。

 あちらの意識はこの屋敷へ向いている。そのことが気配で伝わってくる。ここを目的地としているのだ。


 だが一人でこんな所に来る、兵士でも何でもない人間に、アテが全く無かった。

 服装は至って軽装。鎧と呼ぶには心許ない革製の防具。動きやすさを重視しつつも確かな攻撃力と防御力を持たせたブーツ。

 一見すれば、逃げる際のキッカケを掴める程度の戦闘力を有しただけの冒険者のように見える。


 ただ村か街への道を訊ねたいだけのために近づいて来ているのかもしれない。

 が、一応はと、警戒心を強めておく。


「失礼」


 馬を減速させ、門の入口で佇む俺の目の前で停止させたその女性は、馬上から透き通る声で訊ねてくる。


「間違えていたらすまないが、今日あたしがやってくる予定は入っているかな?」


 鋭さも兼ねたその声での質問は、かなり予想外だった。


 そしてその質問のおかげで、ようやく彼女の風貌に見覚えがあることに思い至った。


 スラリとした体付きに男性顔負けの身長、さらにはショートカットの髪とつり上がった目と、特徴だけを述べればおおよそ女性らしさとはかけ離れているように見えるのに、どこか女性らしさを感じさせるその物腰柔らかな落ち着いた雰囲気。

 さっきやってきた『姫』とはまさに真逆。大人の女性といった風格を漂わせた、クールで知的な印象を与えてくる『姫』だった。


 そう、『姫』だ。

 この人の外見は、資料で書かれていた絵と文章と見事合致するのだ。


「えと……」

「ああ、失礼」


 『姫』という国にとって重要な人物が馬に荷物を括りつけ一人でやってくるはずが無い、という先入観のせいで、いまだ受け入れるの時間がかかり言葉に窮していると、彼女は「名乗るのを忘れていたな」と一言謝り――


「あたしは雛霧奈ひなきりな孔神コウガミの国からやってきた」


 そう自己紹介を重ねてきた。


 ヒナキリナ……間違いない。孔神の『姫』の名前だ。


「なるほど……確かに、あなたが来る予定にはなっていますよ」

「それは良かった。ここで正しかったようだな。それにしてもキミ、どうしてそうこめかみを強く押さえている?」


 そりゃ押さえたくもなる。

 まさか今日来る『姫』二人共が、我が国の護衛を引き連れずに来るだなんて。


 こうして二人共無事に到着できたから良かったものの、途中で何かがあったらどうするつもりだったのか。

 いや、東の国ミュロイドはまだ一人でも護衛を付けていたから良いだろう。

 だがこの南の国孔神の『姫』は一人で来た。

 正に想像外で規格外。

 頭痛の種が一気に二つもやってきた。

 今までの訓練とは別ベクトルの苦痛が訪れ過ぎている。


「いえ、お気になさらなずに。歓迎しますよ、ヒナキリナさん」


 中へ招くように横へ身体をずらし、半身になって手を屋敷へと差し向ける。


「ふふっ。わざわざすまないね」


 大袈裟にも見えるその動作が面白かったのか。

 彼女はクスリと笑いかけながら、馬を敷地内へと歩かせる。

 そのゆっくりとした足に合わせるよう、隣に並び歩く。


「では、早速屋敷に案内しますよ」

「その前に、馬小屋はどこかな?」

「えっ?」


 キョロキョロと、高いところから屋敷の全貌を見渡していた。


「これだけの広さだ。あるんだろ? まずは彼を小屋へと置いて休ませてやろうかと思ってな」

「えと……」

「ん?」

「馬小屋はこのまま右に伸びてる石詰めの道を辿ってもらえれば見えますけど……でもその前に、その馬に運ばせてる荷物を屋敷の前にでも降ろした方が良いんじゃ……」

「あ」


 もしかしてこの人、結構抜けているのかも。

 自分の荷物の存在にようやく気付いたかのように、ハッとした表情を浮かべた。


「しまった。つい失念していた。まずは屋敷の前まで馬を引いていかなければな。でないと荷物を運ぶのに手間が増えるだけだ。ありがとう。では屋敷に案内してもらおうか」

「案内も何も、正面に見えるあの建物ですよ」

「……分かってたよ。ただそれでもエスコートしてもらおうと思ってね」


 不敵な笑みを浮かべてはいるが、これは咄嗟にそういうことにしたのだろう。なんか表情作るまでに「しまった」ってのが間に挟まってたし。よく見れば顔もちょっと赤くなってるし。


 まぁ、あえて指摘することでもないだろうが。


「そういえば、キミがあたし達を守る騎士、で良かったんだよな?」


 屋敷に向かう道中のその質問を照れ隠しと取るのは、あまりにも深読みし過ぎか。


「そうです。フラット・ノイエルと申します。以後お見知り置きを」

「それは出来ないな」

「え?」

「お見知り置きして欲しいなら敬語は止めてくれ。そういうお願いをこちらはしたはずだが?」

「あっ」


 表情は柔らかいが、言葉の中に少しの不平があった。

 彼女の雰囲気が落ち着いているのと、一人で来たという動揺のせいで、気兼ねのしない相手を望んでいる、ということを忘れてしまっていた。


「すまん。じゃあ、キリナちゃんで良い?」

「ああ。それで頼む」

「じゃあ俺からも一つ聞きたいんだけど、どうしてキリナちゃんは一人で来たんだ?」

「ああ……いや何、孔神の上層部に、敵なんてのはあたし一人でどうとでもなる、って言ったら、荷物を運べそうな大きな馬を一頭だけ貸されたんだよ」

「でも、国境からはこちら側の護衛をつけてもらえただろ?」

「そうなんだが……いや、あたしが一人だということでどうも『姫』だと思ってもらえなかったようでな。通行目的を聞かれた時につい焦って「観光で」と言ってしまった結果、一人送り出されてしまったんだ」


 ……本当、この人はうっかりし過ぎている。本人の口からそう言われてはそりゃもうどうすることも出来ない。

 例え行き届いていた特徴と似ている人が来たとしても、まさかの一人だし、ましてその人が観光でなんて言ってしまえば、素通りさせてしまうだろう。


 本当、ちゃんとここに辿り着けて良かった。

 こんなにドジ属性を宿しているのに道に迷わなかっただけ、運が良かったと喜ぶべきだろう。

 明日は更新出来ません。申し訳ない

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