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出会う二人、争う二人(2)

前話あらすじっぽいもの:屋敷へ向かい、辿り着いてしばらくして、来訪を告げる音

 先程通った道を戻り、門から屋敷へと伸びる正面の石畳へと差し掛かると、ちょうど馬車が門の少し手前で停止したところだった。


 御者の人が降りてくるのが遠くに見えたので、駆け足で門へと近付く。

 俺が足を止めるのをわざわざ待ってくれてから、恭しく頭を下げる御者の男性。


「失礼。ミュロイドの者です。姫様をお連れしました」


 少し長い前髪で目元が隠れ、特徴のない村人のような服装をしている。しかしその頭を下げる動作一つとっても無駄が少しもない。

 その動きに感心しながらも、こちらも軽く頭を下げる。


「ありがとうございます。失礼ですが、我が国の護衛は?」


 資料では、国境からこの屋敷まで、我が軍の騎兵隊が護衛に付く手筈になっていた。

 それなのにどう見ても、この場にはこの二人とこの一台の馬車しか見当たらない。


 その視線の動きに気付いてか、男性は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、頭の後ろを掻く。


「その、実は姫自身がお断りしてしまいまして。襲われても自分でなんとかするし、私もいるからいらないだとかで。せっかくのお心遣いなのに、申し訳ありません」


 国境でちょっとした揉め事が起きたのであろうことが容易に想像できた。


「正直、我が国から来る段階でもそうでして……私だって、なんとか無理矢理納得させたい次第なんです」

「それはまぁ……なんとも頼もしいお姫様で」


 他にどう言えと言うのか。


「とりあえず門、開けますね」

「ありがとうございます」


 俺一人が通った通用口とは違う大きな門扉を開け、その二頭引きの馬車を敷地内へと招き入れる。


「……って、あ」


 石畳の道の上をなぞるように馬が歩いて行くを見て、今更ながらに思い出した。


 まだ屋敷の鍵を開けていない。


 馬車ごと入ってきたということは、その荷台には『姫』の私物が積まれているということ。

 それを中へと搬入しなければいけないのに、なんということだ。


 慌てて門を閉め鍵を掛け、ゆっくりと馬を歩かせ停車しようとしている馬車を走って追い抜き、屋敷の鍵を開け、両開きの扉を開け、中へ。


 資料で間取りを確認し広いことは分かっていたが、やはり実物は大きく違う。

 想像以上の広さに、始めてこの屋敷の外観を見た時と同じく言葉を失い、しばしその時を口を開けるだけで過ごしてしまった。


 大理石で出来た、この国では珍しい靴を脱ぐスペースがあるエントランスホール。

 正面左手側にある二階への階段、正面右手側の擦りガラスが嵌められたドアの部屋はリビングだったか。その奥にキッチンとダイニングがあったはず。

 リビングと直角にある右側の壁にあるドアはお風呂場に繋がる脱衣所で、階段を素通りしての左側は物置きだったように思う。

 ドアがあるこの入り口側の壁の上はガラス張りになっており、そこから光を取り入れて、家全体を明るくしてあった。


 資料では、『姫』達のプライベートルームはその近くにある階段を登った二階にある四部屋を一人一部屋となっていた。

 つまり、この一階が『姫』達の共同スペースという訳だ。


 正直言って、このエントランスホールだけで俺が住む手はずになっているあの小屋よりも広いだろう。同じ形をしていないせいでイマイチ実感が沸かないが、同じ形をしてしまえばその想像が事実だと突きつけられ、住む世界の違いにショックを受けてしまったかもしれない。


「なるほど。今日からここに住むわけね」


 と、正方形と長方形の違いに心の落ち着きを見出そうとしているその後ろから、勝気さを滲ませた女の子の声が聞こえた。

 一気に現実へと引き戻される中、振り返る。


 まず目に飛び込んだのは、朱色の髪。

 長いその髪を二つに括り腰まだ伸ばしたその姿は、女の子がよくもつ人形を思わせる。

 子供っぽさの残る大きな瞳と小さな顔、背の低さ、裾や袖にフリフリとした装飾が施された服装が、その印象をさらに根付かせる。

 女神の落とし子、と言われれば信用してしまいそうなほど、人の手で作り上げる人形ではこうはならないと納得してしまう、綺麗な女の子だった。


 見た目的には十三か十四といったところか。

 しかしこれでも十七才。そう資料に記載されていたのだから間違いない。

 身長のデータを見た時、誤字ではないかと疑ったほどだが、まさか事実だったとは。


 こちらの国での成人は十六才だけど、東のミュロイドは十四才。

 つまり彼女の母国的には成人してから三年経っていることになる。


 にも関わらず、この身長とそれに見合った子供っぽい顔立ち。


「で、私の部屋は?」


 俺を見上げての高圧的な態度も、少し細めた鋭い目つきも、子供なのに偉そう、だなんて苛立ちよりも先に、この子は神の子ではなく人間なんだな、と思わせ、逆に落ち着かせてくれる。


「上の階の部屋に持って行ってもらえば」

「どの部屋? まさか部屋が一つってことはないでしょ」

「四つあるはずだけど」

「だから、それのどこよ」

「さあ」

「さあって。アンタ、私を守るための騎士でしょ? つまりこの屋敷を用意した国の人ってことでしょ。それぐらいちゃんとしなさいよ、まったく」


 苛立ち含めた目で睨みつけられたが、それでも怖いというよりかは、可愛らしい。子供が精一杯大人ぶろうとしているように見える。


「……なにニヤついてんのよ」

「いや、そんなつもりは無いよ」


 頬が緩んでいただけでニヤついていたことになるとは。さすがに気が緩みすぎているか。


 あくまで彼女は東の国ミュロイドにとって重要な人だ。真面目にしないといけないところはするべきだろう。

 気持ちと表情を意識して切り替える。


「一応、四部屋の中からそれぞれ部屋を決めて使ってもらうことになってるよ」

「なんだ。じゃあ早い者勝ちってことで」

「え、いや、一応他の『姫』と話し合わないと、後で揉めない?」

「そんなの、最初から私の部屋に決まってたって言えば済む話でしょ。それに、アイツだって帰さないといけないし」


 女の子らしくない動作で親指でクイッと後ろを指差す。

 視線を向けるまでもない。馬車と御者を指さしているのは明白だ。


「納得できたでしょ? じゃ、上に昇るから」

「あ、待って」

「ん? なによ。まだ文句?」

「そ。文句。靴、脱いでって」

「はあ?」


 なんでそんな面倒臭いことを、といった言葉が、表情を見ただけで聞こえてきた。


「確かにルフェヴィリアはそっちのミュロイドと同じで靴を履いたまま家に上がる文化だけど、どうもこの屋敷の造りが脱ぐスタイルっぽいからさ。他の国も来ることだし、喧嘩にならないよう屋敷の造りに合わせようかなって」

「はぁ……分かったわよ」


 渋々ながら靴を脱ぎ、揃えることもせずそのままさっさと階段を上っていく。態度以外は素直なものだ。


 それにしても、友達になれという話だったからあんな感じで対応したが、正しかったのだろうか。

 これが彼女の望むこととはいえ、子供に見える三歳年下女子に砕けるというのは、これはこれで気を遣ってしまう。思い返せば、最初の方は文字通り子供相手のような接し方になってしまっていた。

 同僚に接するような態度を自然と出せるようになるまでの道は険しい。


「すいません。我侭ばかり言ってしまって」


 子供のように階段を駆け上がっていくその後ろ姿を見えなくなるまで眺めていると、隣に並ぶ足音と共に、後ろから声を掛けられた。


 バラバラに散らかった『姫』の靴を直すその優しい声の持ち主に向け、自然と微笑むままの顔を向ける。


「気にしないでください。部屋ぐらい、別に我侭でもなんでもないですから」

「ですが他の国の『姫』と揉めてしまうことになるかもしれませんし」

「これからその別の国の『姫』と共同生活していく訳ですし、その程度のトラブルは仕方ないですよ。それに、その揉め事で距離感だって掴めてくるでしょうし」


 不安気な男性を安心させるための言葉がどうやら狙い通りに働いてくれたようで、立ち上がり見えた表情が幾分か和らいでくれていた。


「ちょっと!」


 階段の上から顔を覗かせた『姫』様の声。どうやら、四部屋のどこにするか決まったようだ。


「荷物運ぶの手伝って! そこの騎士様もよ! せっかくの男手なんだからお願いねっ!」


 こちらの返事を聞きもせず、再び向こう側へと顔を引っ込ませる。


「ちょっ、あ、すいません」


 また男性が肩身を狭くしてしまう。


「本当に我侭で……大丈夫ですよ、騎士様。自分だけで大丈夫ですから」

「いえ、俺も手伝いますよ」

「そんなっ、これから守ってもらう人にこれ以上の負担は……」


 どうしてこの人にこんな表情を作らせたくないと思ってしまうのか。

 あ、師匠が周りに迷惑をかけた時の俺と同じように見えるからか。意外なところで類友と出会ってしまった。


 そのことに気付くと、余計にこの人を手伝いたい気持ちになってくる。


「気にしないで下さい。どうせやることもないですし」

「ですが……」

「むしろ、手伝わせてくださいって感じですから。本当」

「でも……」

「いいからいいから」


 一方的に話を打ち切って、さっさと御者さんが停めてくれた馬車の荷台へと向かう。


「これ、特に下ろす順番とかないですよね?」


 さっさと中へと乗り込み、七つあるカバンの内の一つを手に取る。


「いや、本当、騎士様にそんな……」

「もうここまで来たら良いじゃないですか。それに俺、これ以外特にやることがないんで。暇つぶしさせて下さいよ」

「……では、お言葉に甘えて……」


 ようやく折れてくれた。


 荷物を屋敷の入口まで運んでくれればいいということなので、早速言われた通りカバンを持ち上げ移動を開始。御者さんがその荷物を持ち二階に上がっているようで、玄関へと持って行っても持って行っても、カバンの数が二つ以上増えていることは無かった。


 そうして、四往復目となる最後のカバン二つを入口へと置いたところで、二階からこのカバンの持ち主たる『姫』が降りてきた。


「ウソ……本当に手伝ってるなんて」


 そして何故か驚かれた。


「なんでそう驚くかなぁ」

「いやだって、あんたにとって手伝う理由なんて何もないじゃん。それなのに手伝うなんて思わなかったのよ」

「ま、暇つぶしだよ。次の『姫』が来るまで特にすることもないし」

「ふ~ん……ねぇあなた、名前は?」

「……人に名前を訊ねる時は――」

「…………」

「――っと、冗談はともかくとして……」


 すごく睨まれた。下らないこと言ってないでさっさと言え、って目だった。


「フラット・ノイエルだ」

「フラット……分かったわ。ちなみに私は、ハル・メソルローテって言うの。よろしく」

「ん。よろしく」


 資料を見て知ってたよ、というのは野暮というものだろう。


「部屋、階段昇ってUターンしたところに決めたから。最後の二つは部屋の確認も兼ねてあなたがよろしくね、フラット」


 それだけを告げて、こちらの返事を聞くよりも先に、またさっさと上へと行ってしまう。告げることだけ告げて満足したのだろう。


 でもどうせだったら二つの内の一つぐらい自分で持って上がってくれれば良かったのに、と思ってしまうのは、俺がみみっちい人間だからだろうか。

 今回からあらすじっぽいものを前書きに書き出したのは、前の話からが実質本編みたいなものだから。

 本編中にちょろちょろと設定を出してるとややこしいかなぁ、ってことで最初にある程度一纏めにしてみたが……これはこれでテンポ悪くなったかもなぁ、とちょっと後悔

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