ハル・メソルローテとの会話
前回までのあらすじっぽいもの:姫子の頼みで、ハルに話を聞きに行く
ネームプレートはかかっていない。
けれども間違いなく、昨日ハルちゃんが使うと言った部屋の前。
その扉をノックすると、中からちゃんと返事をしてくれた。
――……だれ? ――
「フラットだけど」
――なんの用? ――
「ちょっと、ハルちゃんと話したくて」
――なに? 説教? ――
「そんなつもりはないって。ただハルちゃんが役割を拒否したのには理由がありそうだから、聞いておきたいなって思って」
――……………………――
扉越しの、互いに姿を見ない会話。
でも何となく、その無言の間の取り方だけで、ハルちゃんが気乗りしていないことが伝わってくる。
まだ無理か。じゃあ今回は出直すよ。
そう声をかけ立ち去ろうとしたところで、ガチャリと、扉が少しだけ開き、部屋の主が顔を半分だけ覗かせた。
「……それを話したら、家事とか見逃してくれるの?」
「見逃すって」
心底面倒臭がっているのが伝わり、つい苦笑が浮かぶ。
「ま、少なくとも俺は、納得出来る理由だったらハルちゃんの代わりぐらいはしてあげようかと思うかな」
「……………………そう」
考えるような間を取って小さく答えた後、さらにしばらく考え、ちょっと待ってて、とまた部屋の中へと戻ってしまった。
言われた通り、しばらく向かいの部屋の壁に背を預け待つ。
こちら側の二部屋はユイカちゃんとヒメコさんの部屋のようだ。二人共几帳面に、ドアにネームプレートを掛けている。
外側に面してる部屋と内側にあるその部屋は壁で区切られていて、ネームプレートを信じるなら、ユイカちゃんが外側で、ヒメコさんさんが内側。
ちなみに、この三部屋に挟まれるよう存在しているこの廊下に接していない、一部屋だけ離れて置かれているのがキリナちゃんの部屋だ。
「お待たせ」
彼女の部屋はネームプレートを掛けているのだろうか、と少し気になったところで、確認に行く間もないちょうど良いタイミングで正面の扉が開いた。
朝から見ているフリフリとした服。
ロングのスカートの裾にはレースがあしらわれている。
しかし昨日のものよりもその膨らみは少ない。
もしかしたら部屋着みたいなものかもしれない。
それにしては面倒そうというか、裁縫の装飾が凝っているというか。
まあどちらにせよ、小柄な彼女に似合ってるから何も言うまい。
「いや、待ってないよ」
「そ。それでフラット、どうして私が屋敷のことを手伝わないか、よね」
自分の部屋の扉を閉めそこに背を預け、腕を緩く組んで話しを始めてくれる。
「あんま話したくないことなんだけど……これ、あんたにしか話さないことだから」
「そんなこと、こんな廊下でして良いのか?」
内緒にして欲しいことなら、こんなところで話しなんてしてはいけないだろう。
「正直あんまりだけど……でも、だからこそこうやって前置きしてるのよ」
「え?」
「フラットなら誰か来てもすぐに分かるでしょ。こんな広い屋敷の敷地全部を一人で警護するって言うんだから」
「……まぁ、な」
さすがに気配察知だけで屋敷全てを把握しているわけではないが……まあ、ここから階段付近までなら、例え気配を隠していようとも気付ける自信はある。
「さすがフラット。私の部屋に入れるのもイヤだし、他の場所に移動するところもあまり見られたくないし、何よりその時間が勿体ないと思うの。だから、誰か来たらすぐに教えて」
「りょーかい」
「ん。で、どうして屋敷の手伝いをしないかだけど……簡単に言えば、力を取り戻したいからなの」
「力を? なに? ハルちゃん、封印でもされてるの?」
「封印……まぁ、そんなものかも。フラットもそっちの国の『不然発破』使ってるなら知識としてはあるでしょ? 『換核』を埋めたら力が減退するって話」
「え? ハルちゃん、アレだけのことが出来るのに減退してるの……?」
見えないのについ、燃え朽ちかけた小屋の方を向いて、あの惨状を思い出してしまう。
てっきり『換核』による弊害を受けていないものと思っていたが、アレで弱った力とは。
「アレだけのことが出来ても、全然本領じゃないのよ。というか、アレだけのことしか出来ないのが悔しい、っていうのかな」
落ち込んでいるのか、ハルちゃんは隣の窓をどこか疲れた目で眺める。
「『換核』を埋める前の私は、炎属性以外の『崩色唱』を使えたの。それが今では、炎しか使えなくなってしまってる」
「炎しか……?」
「分かってるわよ。それならあの時、あの建物の火を消した水はどういうことか、って聞きたいんでしょ」
「いや、あの時は頑張ったって説明してくれたし、別に気にはならないけど」
小屋の火を消してくれた時、当初は「水を降らせることが出来ない」と言っていた。それなのに最終的に水を降らして消してくれた。
その後の少し呆然とした様子から、出し惜しみではなく、本人が言っていた通り頑張ってくれたからだと信じて疑っていなかった。
「ただ俺は、『換核』による力の減退っていうのは、ただ単に威力が下がるだけだと思ってたからさ。まさか使える種類が減るなんて思ってもいなくて」
というかもしかして、ハルちゃんだからこそ、威力は維持され種類が減っただけという可能性もある。
本来なら両方とも減退し、結果的に力自体が弱まったように錯覚してしまうのかもしれない。
「でもなるほど……つまりハルちゃんは、あの時一時的にせよ力がほんのちょっとだけ戻ったから、その感覚が残ってる内に、本格的に力を取り戻しておきたいって訳か。だから屋敷の手伝いをする間も惜しみたいと」
「ん。分かってもらえて何より」
だからなんか妙に焦っているように見えたのか。
僅かでも力が戻る兆候があったから、感覚として植え付けておきたい、と。
なるほど。そもそも『換核』を埋めてきたということは、『換核』を守れるほどの実力があるからこそ。それなのにその実力が欠如したままだと、気が気でないのも分かる。
「というかフラット、物分り良過ぎ。私ほとんど説明してないんだけど」
「まぁ、理由が理由だし。場所が場所だしね。なんだかんだ言ってもこの屋敷、敵国ばかりの中一人でいる訳だし」
仲良くなるまで、それは変わらない。
そう思わせなくして「敵国」ではなく「友人」と思わせるのが、俺の役目だ。
その努力が実を結んでいない現状で、そう考えるのを止めろと言えるはずもない。
四者四様、それぞれ明るく仲良く振舞ってみせていても、今はまだそれは偽りでしかない。
真に安心できる場所は無く、真に信頼できるのは自分しかいない。
発案者である我が国ルフェヴィリアの関係者だけは辛うじて信頼できる、と思ってくれていれば幸い。
それが今だ。
だから力が減退したままなのが不安なのは仕方が無く、それをどうにか出来るかもと思えるのなら実行に移していきたい。
そう思うのは自然で、当然のことだ。
最低限自分自身を守る力はある、という安心感を欲するのなんて、当たり前だ。
「……ん。分かった」
「ん? ああ、分かってるって。フラットが私の言いたいこと分かってくれたのは」
「じゃなくて……いや、それもだけど……ハルちゃんの言いたいことは分かったからさ、俺がハルちゃんの分も屋敷のこと、手伝うようにするよ」
「えっ? ……………………良いの?」
「良いよ」
極力、口調が柔らかくなるようにする。
俺の任務と役目……確かにそれもあるが、しかしそれを抜きにしても、彼女のために頑張りたいという気持ちも確かにある。
だから引き受けた。
でなければ引き受けなかった。
他の子達――特にキリナちゃんとは変な溝が生まれるのは目に見えている。
でももし、溝が生まれてしまっても、このためならそれを埋めていこうと頑張れる。
そう思えた。
小柄な彼女の無茶のため、少しでも負担を減らしてあげたいと。
「その……………………ありがと」
小さく、目を逸らしながら、頬を染めてのお礼の言葉ももらった。
可愛い。
うん、前払いとしては、その言葉だけで十分だ。
これから屋敷のこと、彼女の代わりに頑張っていこう。
今日もまた応募用書けなかったので、明日は休みます




