言い渡される任務(1)
二十九。
それがこの大陸にある国の総数だと言われている。
しかしその数が正確かどうかと訊ねられると、首を傾げざるを得ない。
今この瞬間にも、小国が滅び、小国が出来上がっているかもしれないからだ。
大国とされている六つの国なら滅びればすぐさま情報が伝わってくるだろうが、この国のような無くなろうと現れようと周囲に影響を与えないような国は、情報が万全に伝わらないものである。
さらにこの地域は、他の国とは違う点が一つある。
他の小国は大国を中心に敵対、あるいは同盟という形で出来上がっているのだが、この地域だけはそれがない。
つまり周辺に、脅威となる大国が存在しないのだ。
山岳地帯で囲まれた小国四つが、それぞれで敵対し合っている形になっているだけ。
その上、大国を中心としたそれら六つの地方には、それぞれエルフや蠍人・ハーピーやゴブリンなどあらゆる種族が存在し、その地域特有の名物のように存在している。
が、これまたこの地域には存在しない。
この山岳地帯には人間以外の多種族が生息していないのだ。
大国の内二つ、エルフとゴブリンが仕切っている国がある程なのに、だ。
我が国ルフェヴィリアは、そんな人間ばかりの地域の小国郡四つの内の一つ。
山岳地帯唯二つの出入口の一つ、南西に位置する場所に城を構えていた。
「我が愛弟子よ。確かキミは、友達がいなかったよな?」
その、西からの侵入を防ぐためにあるルフェヴィリアの最硬拠点にして最終防衛ラインとされている城の戦術司令室。
師匠である彼女のための部屋と言っても過言じゃないそこに呼び出されて開口一番、俺はそんな失礼なことを言われた。
「……えっと……」
「だから、私が紹介してやろう」
あまりにも突然でとんでもなく無礼だったので返事に窮している間にも、どんどんと話が進んでいく。
「なぁに。相手はキミの大好きな女の子だ。しかも四人。いやぁ、喜べ。私の交友関係の広さに感謝するが良い」
朗らかに、楽しそうに笑みを浮かべながら、座っている椅子に背中を預け大きな胸を魅せつけつつ、持っていた紙の束を事務机の上にパンッ、と音を立てて置いた。
正直、イヤな予感しかしない。
「……師匠」
「ん? どうかしたか? あ、大丈夫だぞ愛弟子。ちゃんと全員可愛いぞ」
「じゃなくてですね……」
「なに? ……まさか、伝承記でいうところのB専というやつか。そうか……それはすまなかったな」
「そんな悲痛そうに言わないでください違いますからね!?」
「ならホモか。すまな――」
「いやそれも違いますからねっ!? っていうかそもそも俺に友達がいないって決め付けはなんなんですか!?」
足で床を力強く叩きつける。ダンッ! と強い音が鳴ると思ったのに、床に敷かれていた青く分厚い絨毯によって音が吸収されてしまった。
戦術司令室というだけあって、扉や窓がない壁側には書籍や資料が本棚の中に所狭しと収められている。その本棚の隅々には手の込んだ金装飾が成されており、それだけでお金が掛かっていることが分かる。
机も彫刻がしっかりとされている漆塗りの木製品で、正に偉い人の部屋、といった感じがする。
その部屋の持ち主たる俺の師匠は、とても偉人とは思えないほど可愛らしく、キョトンとした。
「? おかしなことを聞くなぁ。だってキミはずっと私に戦いやら勉学やらを教わってばかりで、とてもじゃないが友人と一緒にいる時間なんて無かっただろう?」
「ぐっ……」
「それともそれは私の勘違いで、ちゃんとした友達がいたりしたのか?」
「………………………………」
事実友達なんていなかったので、言い返せなかった。
「ほら師匠の言う通りだろ、愛弟子。何も間違えていない」
「でもいきなり弟子に友人がいないと断じるのはどうなんですか……」
「そうだな。師匠としても少し悲しく思う。断じはしたがどこかで友達がいると否定したがっていたのもまた事実だ。そんな寂しい人生を送らせてしまったことを申し訳なく思うよ、本当」
「ご期待に沿えず申し訳ないですねぇ……!」
「全くだ。キミに友人を作れるほどのコミュニケーション能力が無かったとは思わなかった。師としても恥ずかしい限りだ」
「いやどう考えても師匠に時間を割いていたせいでしょう……」
剣術訓練から不然発破訓練、戦術指南から生存訓練、果ては新術開発の実験など、色々なことをさせられた。
起床から睡眠まで、時には食事も睡眠も取らせてもらえずずっと付きっきりのマンツーマンで息も休まる暇もない、贅沢と言えば贅沢ながら苦しい思いをさせられ続けてきたのだ。
他のことに時間を回す余裕なんてあるはずもない。
「ん? 愛弟子の癖に一人前に反論か?」
「…………すいません」
が、そのおかげで凡人の俺がある程度のことをこなせるようになったのもまた事実。
文句を言えない立場なのは間違いない。
「よろしい。で、話を戻すが……全く、我が弟子ながら話をよく脱線させてくる……」
文句を言えない立場なのは……間違いないんだ……!
「ともかく戻すが、そんな愛弟子を師として恥ずかしいと思ったからこそ、私自身の手で友達を四人ほど見繕ってきた、ということだ」
……友人って、そんな親の紹介みたいなもので出来るもんじゃないと思う。
「なんだその疲れきった表情は。もしかして余計なお節介だったか?」
「……いえ、そんなことはないですよ、師匠」
まあ、こういう人だ。俺の師匠は。
要はここまでの話は、俺にしたいちょっとした頼みごとを、冗談っぽく・面白おかしく・回りくどく、言ってきただけ。
長い髪、ツリ目、大人の女性といった魅力が身体つきや雰囲気からバンバンと出ている癖に、どこか子供っぽい表情を浮かべたりいたずらっ子のようなことをしたがる厄介な茶目っ気を持った、自己中で厚顔無恥で――
「愛弟子よ。今何か失礼なことを考えていないか?」
「まさか。師匠は美人で可愛いなぁ、って思っていただけですよ」
――勘が鋭く――
「それはつまり、私がブサイクということか。B専のお前に言われたということはそういうことだろ」
「そのネタまだ引っ張りますか」
「そうだな。話を戻したと言った以上止めておこう。それよりも、新たに出来る友達の話だ。愛弟子ならとっくに察していると思うが、これには存分に、王の願いを叶えるための私の企みが濃縮されている」
――頭が良くて純粋に強い。
そんな人。
でなければ、戦術司令長だなんていう、兵達の実質トップに君臨出来るはずがない。
それも、一般兵から尊敬され、王からも一目置かれる形で、なんて。
「改めて愛弟子よ。いつもの私からの“お願い”だ。協力してもらうぞ。王の悲願でもある、四天同盟計画をな」
遅くなった上に短くてすいません。せめて時間だけは統一出来るようにしたい