家が燃えて、『姫』二人がやってくる(4)
前回までのあらすじっぽいもの:夜中、何故か屋敷の外へと向かう東の国の『姫』。
◇ ◇ ◇
正直言って、何か忘れている気がしていた。
もちろん、朝ご飯の準備じゃあない。
昨夜ハルちゃんが部屋に戻るまでバレぬようしっかりと見守った後、ちゃんと作り上げた。どうせ彼女達を守るためにほとんど寝られないのだからいい時間つぶしになったな、とさえ思ったほどだ。
それから熟睡しないよう睡眠をとって、朝になって、準備したご飯を二人に振舞っても気付かなかった。
気づいたのはそう……我が国の『姫』が来た時だ。
「やあ愛弟子。早速、その格好について説明してもらえるかな」
朝と昼のちょうど間の時間。『姫』を守るために五台ほどの馬車と沢山の兵を連れてやってきた“師匠”を見て、どうして今まで思い至らなかったのかと自分を責めた。
「えと……これはですね、師匠……」
昨夜俺、あの人に向けての報告書作ってたんだぜ。なんで護衛としてやってくるって考えなかったんだ。
「私の記憶ではインナーはともかくとして、服は動きやすいよう我が国の兵服と男物の服しか持ってこなかったように思えたのだが?」
「いや、これは……ちゃんと俺が持ってきた男物ですよ、師匠」
「そうか……? 私には女性の服にしか見えないが……それは愛弟子ので間違いないんだな?」
「……はい」
一緒の屋敷に住めるようにと『姫』二人が考えてくれた方法だ。
腹を括ると覚悟した以上、必死になって誤魔化してあげて最後まで付き合うのが筋というものだろう。
「そうか……そんな服の趣味だったようには思えなかったけどな……」
「その……実は隠してきた趣味でして……ちょっと、離れたので、趣味に生きてみようかなぁ、なんて思った次第でして、はい……」
「ふぅん……」
その結果俺の尊厳が地に落ちたとしても……!
「……まあ、特に服については規定していなかったしな。仕方が無い。そこは愛弟子の好きなようにすれば良い。ただ、こんな中途半端な女装をするのが趣味という変態を君達『姫』の護衛につけてしまって申し訳ないな」
「全くよ。まさかこんな変態を寄越されるとは思ってなかったわ」
「っ!」
「しかしまあ、こういった特殊性癖の男性の方が安心度は高いけれどね」
「っ!!」
えぇっ!? なんか俺一人おかしい人みたいな扱い受けてない!?
「ははっ、そう言ってもらえると助かる。さて、私はこの愛弟子に、色々とこの趣味について厳重注意するという任務が新たに発生したのでね。すまないがお二人さん、我が国の『姫』であるあの子に、部屋を案内してやってはくれないかな?」
やってきた五台の馬車の内の一台、中央に守られるようやってきたのであろうソレは、門を開けると同時に真っ先に敷地内へと入ってきていた。
他の二台の馬車が外に待機し、残りの二台が随時敷地内へとやってくる中、出迎えた俺達三人の前にまず師匠が現れて……俺が動揺する中先の質問をぶつけられている間にも、同じ馬車に乗っていたのであろう女性使用人の手を借りた一人の女の子が、馬車から降りてきていた。
素朴っぽく見えるが装飾や刺繍が豪華さを露にしている、少し服に着られている感じがする装いの、その、小柄な少女が。
「は、はじめましてっ! ユイカ・キュラレンスです! よろしくお願いします!」
預かった子猫のように緊張しているその子は、慌てながらも大きな声で自己紹介し、大きく頭を下げてきた。
「「か……可愛い……!」」
先に屋敷に来ていた『姫』二人の声が後ろから。
どうやら、我が国の『姫』のことを一目見て気に入ってくれたようだ。戸惑っている彼女に早速近付いていく。
昨日焼失した資料で見た年齢では、確か十一才だったか。
瑞々しい桃のような髪も、そのハルよりも低い身長も、年齢通りの子供っぽさも、正に資料どおり。
頭の上に小さく二つ、ピョコンと動物の耳のように括られている髪と、緊張しながらもどこかこの生活を楽しみにしているような期待に満ちた瞳。何も知らなそうな無垢で純粋な、それこそ“子供”そのものな雰囲気。
おそらく今まで親などに教えられてきたこと全てに、何の疑問も抱いてこなかったのだろう。もしここでソレを否定しようとも、純粋にソレを受け入れて、この場所ではそうなんだ、と教えられていたこととはまた別のこととして、どちらもおかしくない、と両方とも抱えて受け入れそうな感じがする。
つまり、なんでもかんでもスポンジのように吸収しそうな危うさを感じさせる。
子供だから、純粋だから、どちらか一方しか正しくないんじゃないかとか考えることも、こちらが正しいんだと自分で決めることも出来ない……って、十一歳に対して思うことじゃないな、コレは。
小柄で子供っぽすぎるからと、五歳児相手に考えるようなことを考えてしまっている。これはあまりにも失礼が過ぎた。
十一歳だったらそんなこと、自分で整理出来る年齢だろう。
だけど……そのはずなのに、そんなことを考えてしまうほどの雰囲気が彼女から伝わってくるのも、また事実だった。
「私はハル・メソルローテ」
「あたしは雛霧奈だ。よろしく」
「よろしくお願いしますっ! えっと……メソルローテさんと、ヒナさんですね! 覚えましたっ!」
元気一杯だ、我が国の『姫』は。
「ハルで良いって。私もユイカちゃんって呼ぶし」
「あたしも霧奈で頼む。苗字はこそばゆいからな、ユイカ」
「あっ……はいっ! 分かりました~!」
ニッコリと、見るもの全ての心を癒し・軽くしてくれそうな満面の笑み。
自己紹介をした二人も早速ポワ~っとした雰囲気に侵されていた。
「それじゃあ、早速部屋決めよっか、ユイカちゃん」
「他にも二つ空いている部屋があるから、どちらか選ぶと良い」
「えっ? 良いんですか? わたし、一番年下だと思うし、最後でも良いんですけど……」
「良いのよ。早いもの勝ちだって決めてるんだし」
「そうだな。なんなら、残っている二つともが気に入らなければ、片付けも出来なさそうなズボラな人の部屋を無理矢理空けてやろう」
「えっ?」
「いや~、それならなんか男が住んでそうな散らかった部屋から追い出してその部屋を貸してあげるって」
「まぁ、確かにあたしの部屋の方が移動は楽そうだな。なんせ彼女の部屋、一日目にしてカビとか繁殖させていそうだし」
なんであの二人はさっきまで侵されていたあのゆるゆるな空気を維持できないんだ……。
「カビねぇ……本当バカって困るわ~。カビが生える気候なんてしてないのに」
「いや、これは失礼。カビのようにジメジメした場所を好みそうだから、てっきりハルが選んだ部屋は事前にカビを生やしてもらっているものとばかり思ってしまったよ。いや、勘違いをして悪かった」
「ええ、本当。そういう勘違いはやめて欲しいわ。これだから脳みそが筋肉で出来てる人は困るのよ」
「ほ~……言ってくれるじゃないか 掃除も出来ないぐらいに散らかっていたのは事実なのに、よくそんな大きな顔が出来たものだ」
「何勝手に見てるのよ。覗き?」
「朝起こしに行ってやったのをもう忘れたのか? どちらか脳筋なのか分からんな。あ、いや、キミには筋肉すらもないから、すっからかん、と言ったほうが正しいかな」
「ほっほ~……良いわよ。その喧嘩買ってやっても」
「ちょっ、ハルさんもキリナさんも! ケンカはダメですよーっ!」
不穏な空気。まさに一触即発にまで膨れ上がったそれを爆発させず萎ませたのは、怒っていながらも可愛らしいユイカちゃんの声だった。
「わたしのためにお部屋を見せて下さるんですよねっ? 案内してくれるお二人がそんなケンカしちゃったら、わたしが困っちゃいます!」
「ぐ……」
「ん……」
「分かってもらえたら良いんです。それよりも、ごめんなさい。ハルさんもキリナさんもお姉さんなのに、こんな生意気なことを言ってしまって……」
「……ううん。悪いのは私たちだから」
「ああ……ユイカの前でケンカをした、あたし達が悪い」
「ハルさん……キリナさん……」
「よしっ。それじゃあ改めて部屋に案内してあげるっ」
「ああ。残っている二つを見よう。気に入らなければ、あたしの部屋と交換しよう」
「えへへっ。ありがとうございます、キリナさん」
それなら私の部屋でも大丈夫だから! と今度は自分の部屋を推すためのケンカでも始まりそうな会話を繰り広げつつ、ソレをまたユイカちゃんがさり気なく宥めながら、ドアを開けたまま階段を昇って二階へと上がっていった。
十七歳と十九歳が十一歳の女の子に喧嘩を止めてもらうなんて……いやそれよりも、十一歳の女の子が緩衝材にならないといけない関係なことを懸念しないといけないのか……? あんな二人を仲良くさせないといけないのが、俺の任務でもある訳だし。
にしてもユイカちゃん、とても十一歳とは思えないぐらい空気が読めるな。正直、普通の十一歳があんな不穏な空気を霧散できるとは思えない。
アレは正に、あの子だからこそ出来たことだと断言できる。
おそらく本人も、さっきの行為が空気を読んだ上での行動、という認識すらしていないだろう。
もはや、形作っている性格の一部・身に沁みついている行動原理の一つ、のレベルにまで至っている。
貴族の社交界とか身分制度とか、そういうのの真っ只中で引っ張り回されるように生きてきた子だからだろう。
やはりさっき感じた「五歳児のような危うい吸収率」なんてのは俺の勘違いか。
「……なるほど、ね」
かしましくなって屋敷の中へと入っていった三人を見て、今まで無言を貫いていた師匠がポツリと呟き、顎に添えていた手を自分の髪を撫でるために移動させた。
「大体の事情は把握した。お前が住むはずだった小屋は燃えていたし、大方、あの『姫』二人の喧嘩を止めるために仕方なくあそこを燃やして、でも『姫』二人は自分たちのせいだという罪悪感からなんとか屋敷に一緒に住んでも違和感のない状況を作ろうとお前に女装させたのか」
「さすがです、師匠。全て正解です」
キリナちゃんの「女装趣味だから一緒に住んでも安心」という言葉は、その時はまだ姿を見せていなかった我が国の『姫』に向けて、さり気なくフォローをしたからに他ならない。
要は、男性は男性でも、女性に興味のない男性だと思わせれば良いと考え、そういう方向へと女装させた目的をシフトさせたのだ。
そのことを瞬時に理解できなかったからと言って、俺を売ったような発言をした時に大声を上げなくて良かった。
ユイカちゃんがいたのにそんなことをしていては、それこそハルちゃんとキリナちゃんの行動を無駄にしてしまうことになっていた。
「ただあの子達の場合、本当に俺を女性に見せかけようとしていた節がありましたけどね」
「今朝になって少し冷静になったか。だから、女装趣味なら女性に興味が無い、とこちらの『姫』に思わせようとするプランに切り替えた、と」
「だと思います」
「なるほどな……で、弟子はそれにいつまで乗っかってやるつもりだ?」
「向こうの気が済むまで。それが仲良くなる近道のような気もしますし」
四天同盟計画のために『姫』同士を繋げる。
彼女たちを守る以外にも、俺にはその役目がある。
「ふっ、そうか。ま、現場にいるお前がそう判断したのなら、私も少しぐらいフォローを入れておくさ」
「フォロー……?」
「あえてあの黒く風通しの良い小屋へとリフォームしたそれを維持しておいてやろう」
「いやそれだと俺『姫』達と同じ屋敷で寝泊まりすることになりますよっ!?」
「その方がもっと仲良くなれるだろ?」
そのために彼女たちの提案に乗っかったままなんだろう、と続けてきそうだ。
とはいえさすがにこのまま一緒に住んでしまうのは色々とダメな気が……! それぞれの国へと行った事前説明に反してしまうだろし……!
「ま、『姫』当人達が納得したのなら本当にその方が良いだろ。一緒の建物の方が何かと護りやすいのも事実だ。もし一人にでも拒絶されたら、隅にある倉庫にでも寝泊まりしろ」
「マリアさーんっ!」
ちょうど話を終えたタイミングで、ユイカちゃんが屋敷から顔を覗かせた。
「部屋が決まりましたので、荷物を運んでいきます!」
「かしこまりました。ユイカ様」
明るく返事をした師匠は一緒にやってきた年配の兵に指示を出し、その人を中心に十人ほどが力を合わせ、馬車の中から屋敷の中へと次々と荷物を運び入れ始めていった。
「部屋の場所と内装は、階段を上がってからユイカ様の指示に従ってくれ」
「了解!」
それぞれがバラバラに、けれども同じ言葉で返事をし、手際よく統率された動きで続々と出入りし荷物を屋敷の中へと吸い込ませていく。その荷物のどれもがそれなりに上等なものだ。
三人目にしてようやく、『姫』らしい『姫』が来てくれたものだ。
明日は書き上げたSSを投下するからお休みで。
まあ明日分にするつもりだった分も(調子が良かったから)一緒に書いたつもりなので、許してください。




