家が燃えて、『姫』二人がやってくる(2)
前回までのあらすじっぽいもの:何故か女装させられるハメに
「ねぇまだって聞いてるんだけど~」
「っっっ!!!!」
入口の隅にハルちゃんのそのヒラヒラとしたスカートの端が見えてようやく、再び離していた意識を掴み直せた。
「なんだ。フラットもう着替えてるじゃん。だったら早く来てよ。っていうかなんでそんな顔真っ赤なの?」
「いっ!? いやこれは!? 別にっ!?」
「? なに声裏返ってんのよ。早くこっち戻ってきてよ」
その言葉に導かれるように、胸がドキドキしたまま二人の元へと戻る。
「ほ~……」
戻ってきた俺を、キリナちゃんが上から下まで眺める。……この服、あの子が着てるものなんだよなぁ……。
「うん、バッチリだ。これならいけるだろう。それよりもフラット、顔が赤いが大丈夫か?」
「だ、大丈夫! いや、大丈夫じゃないっ!」
「……ん? それってどっちだ?」
「いや、俺は大丈夫だけど、いや大丈夫じゃないんだけどそうじゃなくて……」
今までこんな慌てることがなかったのに、何故か今はこの服の持ち主に話しかけられていると思うだけで上手く言葉が滑り出てこなくなる。
「? フラットは何が言いたいんだ? ハル」
「なんかさっきからずっとこうなのよ。もしかして霧奈の服と思って興奮してんじゃないの?」
「っ!」
図星を突かれてしまって、一人また別のベクトルに焦る。
「まさか。ハルが着ているような露骨に女の子って服なら分からんでもないが、男物として売られても遜色ないぐらい無骨なものだぞ。あたしの服は」
「ほら、女の子の匂い、的な」
「っ!」
なんでハルちゃんはこんなに人の気持ちをピタリと言い当ててくるのか……!
「それこそまさかだろ。二十歳にもなって女の子の匂いがどうとか考えるものか? 洗濯前のものや好きな人のものなら分からないでもないが、さすがに洗っておいた服でというのは……」
「じゃあ霧奈のことが好きとか」
「ま、それならそれで悪い気はしないな。フラットのような男に好かれるのだったらな」
「っ!!」
その、お世辞だと分かる言葉を聞いただけで、さらに心臓が一際強く跳ね上がる。
「ただまあ、ココに来てまだ日は浅いからな。あたしからの返答は保留と言うことで」
「あら~。残念だったね~、フラット」
「そ、そうじゃなくてっ!」
年下にからかわれているという事実はかなり恥ずかしいことだけれど、今はそんなことを気にしている余裕もない。
ただただ、このまま恥ずかしさを上回ったままでいるのがイヤで、声を荒げて自分を叩き示し、無理矢理話を元に戻す。
「これ! どう考えても無理だろって話っ! なんか服キツいし! 見た感じ変なとこないけど絶対違和感あるってっ!」
「「いやいや全然無いって」」
「だからなんでこんな時だけ息ピッタリなんだよお前らはぁっ!」
「いや、本当に違和感がないから言ってるんだけど」
「ハルの言う通りだ。服がキツいのはやっぱり身長差のせいだろう。少し裾の長い服と腰幅に余裕のあるズボンを持ってきてやったんだけど、それでもか」
なんか、無理矢理服を買わせようとしてくる店員を思い出す。
「大体、フラット自身が言ったように、本当に見た目的な違和感は皆無よ。ねぇ? 霧奈」
「ああ。そこは誇っても良い」
「っていうか、ぶっちゃけ男の服って言われても納得するしね。ソレ」
「そういう意味では、女性っぽく見えないかもしれない」
「でも女々してる服だとさすがに違和感出るかもだし……」
「そうだな。中性的な服装をして、辛うじて女性に見える人が女性だと名乗ることに意味がある。となれば、後は……」
「う~ん……でもこれはこれで、男物に見えるラフな服とボサボサの髪。まさにズボラな女性そのものって感じしな」
「なるほど。そのキャラ設定なら言葉遣いも一人称もそのままで大丈夫になるしな。正してやろうと思っていた手間が省けてちょうど良い」
ハルちゃんとキリナちゃんが勝手に何かを納得していく。
前髪だけ視界を塞がないようにと自分で切っている不揃いでボサボサな髪。先程までの白を基調とした軽装兵服とは違う、着易い男性用にも見えるラフな女性服。
どう客観的に見ても酷い格好だと思う。これじゃあ男物と女物の服の区別がついていないダサい奴にしか見えない。
「面倒臭そうな態度を取る男っぽい女騎士……なるほど。伝承記の一キャラクターみたいな属性ね」
やっぱり読んでたかハルちゃん……。
「じゃあその方向でいきましょうか」
「いやいきましょうかってキリナちゃんも――」
「「いやいや。大丈夫だから」」
今更反対しようとする俺に二人揃えて手を突き出すしその言葉を止めてくる。
……はぁ……しゃあない。
これでいくしかない、か。
「……分かったよ。それで、今日はもうずっとこの格好?」
「そんなことしたらあたしの服が伸びる」
「えっ? コレ後で返すのかっ!?」
「当たり前。あげないぞ」
あげないもなにも……むしろ新品を買って返そうかと思ってたのに。どうせもう伸びてるだろ、この服。若干キツさに慣れてきてるということは、同時に服も変形してきてるってことじゃないのか?
「それ、あたしのお気に入りなんだ」
この状況でお気に入り渡すってこの短髪男女は何を考えてんだ!?
……いや、キリナちゃんのことだ。どうせうっかりを発動させてしまったのだろう。
「ま、ともかく着替えてさ。晩御飯の準備でもしてよ。私お腹空いた~」
「そうね。頼むわよ、フラット」
「え? 俺が作んの?」
ナチュラルに二人から料理を頼まれてビックリする。
「当たり前でしょ。だって私、料理なんて出来ないし」
「あたしもよ」
「…………」
それは……女性としてどうなんだろうか……。
「まあ、兵士時代に料理はさせられたし、材料さえあれば大丈夫だけど……味の保障はしないぞ?」
「マズくなかったらなんでも良いわよ」
「あたしもよ」
そう言っちゃいるが、ハルちゃんは一番文句言いそう。
っていうか、風呂を沸かすのまで俺がせにゃならんだろうし、風呂場のお湯通し用の水も熱くしないといけないし……なんだこれ。
女装っぽい服装させられた途端主夫にジョブチェンジかオイ。なんでこんな騎士業とは関係ないところで忙しくなるんだ。
「ほら、早く着替えて早く晩御飯」
「すまないね」
「その後はお風呂沸かして、お風呂」
「頼むぞ」
「……………………」
こんなに遅くまで話し合うことになったキッカケ二人に急かされる俺……なんか理不尽なものを感じる。
「分かったから。ちょっと待ってろ」
それでも、文句一つ言わず、その要望に応える俺は……実はこの中で一番女性っぽく気弱なんじゃなかろうか。