6話
藍貝にも手伝ってもらったが、本を元の場所に戻すには中々に時間と体力を有した。それでも何とかすべての本を棚に戻し終えると、藍貝は雫の手を引いて教室の外へ出ようとした。鳴は止めようとしたが、
「今は外に出してあげる時間だからね。それより君にも話があるからね。付いてきて」
そういって藍貝はさっさと外に出て行ってしまった。
これはさすがに断ったらまずだろう――そう思い鳴は藍貝についていった。それに雫も外に出たがっていたしちょうどいい。
藍貝は雫を連れて部屋を出ると、鳴が歩いてきた道をまっすぐ歩いた。そして、階段の下まで戻ると、さらにそこを曲がってさらに進み続けた。
すぐに開けた場所に出た。玄関前の広間のようになっている場所で、雑談用の椅子なども設置してある。壁の一つが全てガラス張りになっており、晴れた日にはそこから日が差し込んでぽかぽかと気持ちがいい。ゆえに雑談所としても生徒によく使われているらしい。
だが、今は無人だった。
「この時間は校内に人が少ないからね」
藍貝はそう言いながら雫の手を離した。あれだけ外に出たがっていたんだ、何かしたいことがあるのだろう。しかしそんな鳴の予想とは裏腹に、雫はその辺りをゆっくりと進みながら、あたりをきょろきょろ見回しているだけだ。
一方、藍貝は椅子に座りながらそんな雫の様子を見ていた。まるで何か彼女を投影して何か別のものを見ているように。鳴はその隣に座って声をかけた。
「先輩、何か僕に話が……」
「あ、そうだ。鳴君ちょっと君に話があるんだ」
藍貝は、雫から目を離すと慌てて鳴に向き直った。
「まず、疑問に思っている彼女のことだけど……実は彼女は人間じゃないんだ」
人間じゃない。その言葉は、だが鳴には簡単に受け入れることができなかった。
「彼女は座敷童だよ」
「座敷童ってあの幸運を呼ぶっていうのですか?」
昔から日本に伝わる伝説のものだ。家などに住んでおり、姿を見た物は幸せになるといわれたり、その家が栄えるといった言い伝えもある。
「そう、その座敷童」
さらに混乱する。そんなのただの伝説じゃないのか。それが何でいるのか。いない。じゃあ、目の前にいる彼女は何のか。
藍貝は、混乱しているその鳴の心情をくみ取ったらしい。
「まあ、そういうことはとりあえず受け入れたほうが楽だよ。考えても仕方ないしね」
僕もそうだったから、と付け足すと、少し口を閉じた。そして鳴の混乱が少し落ち着いたころ、藍貝は再び口を開いた。
「とりあえず話を進めるよ。で、僕は――まあ、正確には僕だけじゃないけど、雫の相手をしているんだ。あんな性格だから、放っておいたらどこに行くかわからないんだよ。それに、何も知らない普通の生徒に彼女の姿を見られるのもよくない」
鳴も始めて雫を見たときは驚いた。確かに、あんな小さな少女が校内をうろうろしたら大変なことになるだろう。
「で、よかったら雫の相手を一緒にしてくれないかな? 毎年新入生から一人してもらうことになってるんだけど……」
「じゃあ、先輩も去年こんな風に?」
「うん、僕も去年こんな感じで雫の面倒を見ることになったけど、まあ毎日じゃないから。僕と交代になるからね。どうかな?」
鳴は雫に目を向けた。視線の先で相変わらずきょろきょろとあたりを見回している。先ほどとは場所が変わっているものの、やっていることはやはり変わらない。
もう、どうせ関わってしまった。今更断っても仕方ない。
「僕でいいなら、お受けしますよ」
藍貝がほっと息を一つはいた。その直後、まるで図ったかのようにチャイムの音が響く。下校時刻だ。
「さて、雫帰るよ。おいで」
また雫がとてとてと歩いてくる。藍貝は来た時と同じように雫の手を取ってまた来た時と同じように帰って行った。
(これから……)
彼女と関わることになる。別に不安はない。
ただ、やるからにはしっかりやらないと。今日みたいに先輩に迷惑もかけないようにしないと。
鳴は覚悟を決めると、二人を追いかけた。