5話
少女と二人残された鳴は途方に暮れていた。そもそも、彼女は何者なのか。あの一瞬だけでも聞いておけばよかった。
「ねえ、ナルっていうの?」
少女は相変わらず話しかけてくる。めげずに話しかけてくる少女に鳴もとうとう観念した。しゃがむと目線を少女に合わせた。
「そうだよ。僕は丸山鳴っていうんだ」
「ふーん」
少女はそうつぶやく。興味があるのかないのか微妙な口調だ。
「私、雫っていうの」
そういえばさっきの会貝さんも言っていたなと、鳴は思い出した。とりあえずは雫と呼んだらいいだろう。
ただ相手をしろといわれてもどんなことをしようか――鳴が雫の扱いに困っていると、彼女がほんの少し鳴の元へと近づいた。何をするのかと鳴が見ていると、
「ねえ、ナル、外に行ってもいい?」
「だめなんじゃないの? さっきの人もそういっていたし」
「ううん。キョウヤが言っているだけ」
鳴は一瞬迷った。少しぐらいいいんじゃないか。どうせ見ていれば大丈夫だろうし……いや、やっぱり駄目だ。成り行きとはいえ任されている。しっかり言われたことぐらいしないと。
「それでもだめだ。藍貝さんが帰ってくるまで待とう」
雫はなおも何か言いたそうな顔をしていたが、やがて拗ねたように背を向けると、とてとてと鳴から離れていった。そのまま、しばらくいじけているように部屋の隅で何事かをしていた。だが、それにも飽きたのか、また鳴の方へ歩いてきた。
「少しでいいから」
「それでもだめ」
しかし、鳴は考えを変えない。そんな鳴の態度に雫もとうとう観念したようだ。
「じゃあ、ナルあれ取って」
その小さな手が指したのは、部屋にある棚だった。その上には何冊かの辞書のような厚い本が置いてあった。それを読みたいということだろう。
(まあ、それぐらいいよね)
外に出してあげられないから、部屋内だけでも好きにさせてあげよう。
鳴はその本の一つを手に取った。思ったより重い。鳴は何とかそれを雫の前に運んだ。
床に本を広げて少女はその本を読みだす。鳴は伸びをしながらその本を覗いた。どうやら日本文学の本のようだ。挿絵が所々入っているが決して子供向けの本ではない。
その本を理解していると思った。しかし、雫はその本を適当にぱらぱらと見るとすぐに、本を閉じた。
「わからない。別のにして」
さすがの鳴も、素直には従わなかった。
「他のも同じような感じだよ。またすぐに飽きるんじゃないの?」
雫はそっぽを向いている。鳴は一つため息をつくとさっきの隣の本を手に取った。これはどうやら科学の辞書のようだ。それをまた雫の前に運んだ。
小さな少女はまた、その身の丈に合わない本を開きだす。だが、これもまともに読んでいる様子はなく、ぺらぺらと適当にページをめくるとまたすぐに本を閉じた。そして鳴を見つめた。彼は、しばらく無視を決め込んでいたが、耐えかねて本を運んだ。それを雫がめくる。終わったらまた鳴を見る……。
そのまま繰り返されること数回。鳴の体力と共に棚の本の殆どが元の位置から消えようとした時、扉が開いた。
「ごめんね二人とも……って何しているの……」
そこには、床に山積みにされた本を見て唖然とした藍貝がいた。