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24話

 鳴は旧校舎を歩いていた。

 いつもの古教室のルートからは外れている。階段で二階に上がり、そこのある一室の前で足を止めた。

 元は理科系の授業の実験室だった場所だ。真っ白だったと思われる壁も今は劣化により汚く濁っている。

 鳴は教室の中に入った。すると一人の男子生徒がいた。

 制服の上から真っ白な白衣を羽織っている。今しも実験中の学生に見えるが、この教室では満足な実験は行えかっただろう。眼鏡の奥には理知的な瞳が輝いている。しかしすましたような怒ったようなどちらともつかない表情がどこか気難しそうな印象を受けさせた。

 彼は鳴を見つけると、

「この前はすまなかった」

 突然目の前でその青年が頭を下げた。

「……どうしたんですか」

「すまなかった」

「……いや、だからどうしたんですか?」

 鳴は貉のもとへ訪れていた。彼は基本旧校舎の教室の一つにずっといる。時々出てくるが基本的にこの教室を動かない。

 カノジョのことで貉とも相談しなければならない、そう思っていただけにちょうどよかった。だがそれと同時にまた何か怒られるのでは、と内心気が気でなかった。

 それが箱を開けてみればこれである。鳴が何事か戸惑っていると頭を上げた青年――貉が、

「この前の雫の失踪事件のことを覚えているか?」

 鳴はこくりと頷いた。忘れるはずもない。ついこの前のことだ。

 雫が突然部屋から消えるということがあった。それを急いで貉たちと探して、なんとか見つけることができた。

「でもそれがどうしたんですか?」

「俺はあれがお前のミスだと思っていた。でもそうじゃない」

 あの後雫から聞いた話によると教室を出るときに誰かの声を聞いたらしい。誰かが雫を外に出すように誘導したのは間違えない。

 雫を嫌っている人の仕業とも考えたが、そもそも嫌う嫌わない以前に雫の存在自体がほとんど知られていない。かといって雫のことを知っている者となると、それこそ藍貝や貉、狐露など限られてくる。だから誰がやったのか、ということはいまいちわからなかった。

 貉は何人か疑っている人物を挙げていった。少なくとも鳴が知っている名前はなかった。

「今のところその犯人の素性も目的も不明だ。またそいつが何かしでかしてこないとも限らん。ひとまずこいつらには用心はしておけよ」

 貉は話は終わりと言わんばかりに背を向けた。そこで鳴は、

「すみません貉さん。ちょっと最近……」

「あー、言い忘れたが最近お前、何かしているようだが俺は一切知らんからな」

 話ぐらい聞いてくれてもいいんじゃないか、そう思って鳴が抗議をしようとしたが、貉が手をかざし、自分の話を聴くように示した。

「俺はずっと規律を守ってきた。もし誰かが何か俺たちの現状――こうやって共存している状態を壊すようなら俺はずっと止めてきた。だが俺は知らなければ止めることはできない……たとえその誰かが現状を壊していてもな」

 貉はこちらに背を向けている。まるで鳴の顔を見ないようにしているように。そして、少し間を置くと独白のように呟いた。

「鳴、俺は自分から現状を壊すようなことはできない。俺が許さない。だから協力はできない」

 貉がどのような表情をしているのかはわからない。だが鳴にはどんな顔をしているかが少しわかる気がした。

「だが鳴、俺はお前がやっていることは決して間違っているとは思わない。それがたとえ俺や狐露がそのままじゃいれなくなるようなことでも、な」

 彼はそのまま窓際の方まで歩いて行った。

(貉さん……)

 彼も彼なりの気遣いをしてくれたのだ。認めてくれただけで嬉しかった。

 貉はしばらく窓の外を見つめていたが、突然鳴の方を振り返った。その時には元の、すましたような、怒ったようなものが顔に張り付いていた。

「さあもう用は済んだだろう。早くいけ」

 鳴は貉に感謝しつつ、その場を後にした。


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