13話
「お、やってるね。お疲れ様」
雫を外に出していると、狐露が現れた。彼女は鳴の横に来ると雫を見た。相変わらず雫は遠くで何かを探しているようで、狐露が来たことにも気がついていない。気づかせようと雫を呼びに行こうとしたが、狐露に止められた。
狐露は雫を見守った。優しげな、しかしその中にどこか悲しさを感じさせるその目がひどく印象に残った。
「どう、雫の様子は? なんか困ったこととかない?」
ふいに、ぽつりと狐露が呟くように言った。一瞬どきりとしたが、何もないかのように自然に振る舞った。
だが、狐露はすべてを見透かしているようである。
「ここじゃ聞こえないわよ。あの子の突発な行動は困ったものでしょう? よく今まで何も言わずに堪えてるわね」
「いえいえ、これぐらい大丈夫ですよ。悩みなんて……」
途中まで言って鳴は、あっと口を閉じた。これでは、あの少女が厄介者と認めているようなものだ。
バツが悪そうな顔で黙り込んだ鳴を、狐露はぽんぽん、と頭をたたいた。
「別にいいわよ。藍貝なんて三日で私に泣きついてきたのよ。それに比べれば十分立派だって」
お互いにまた黙り込んだ。その時、雫が狐露の存在に気がついた。雫はまるで、小さな動物のようにあっという間にさらに遠くへと行ってしまった。
狐露は人知れずため息を吐いた。
「あの子のこと、できるだけ自由にさせてあげて」
いつになく真摯な口調で狐露が言った。
「ああ見えてあの子、君より長生きしてるのよ。人の尺度で比べられないぐらい長くね。だから大体のことはわっているから心配しないで」
「心配です。もしも自由にさせすぎて何かあったら……」
「……もう話しておく時かもね」
学校はひっそりとしている。衣擦れの音すら、とても大きなものに聞こえる。
狐露がなおもためらう様なそぶりを見せている間、その場は完全な静寂に支配された。無音――しかし、そこにはいくつもの思いが行ったり、来たりを繰り返していた。
鳴はただ次の言葉を待った。そのうち、狐露が決意したように口を開いた。
「あの子は――雫は一人になることをとても怖がっているの」
狐露の口から紡がれたことは意外なことだった。いつも一人で本をまさぐっている姿からは、全く想像できなかった。むしろ、一人のほうが好きなのかと思っていた。
「君と藍貝は珍しいのよ。大体はあの子のことを不気味に思って投げ出す奴らばっかりよ」
「狐露さんと貉さんが毎日いてあげたらどうですか?」
「できたいいんだけどね……。私たちじゃだめなの。他に誰かがいれば大丈夫だけど、私だけなら警戒されてだめなのよ」
鳴は、先ほどの雫の様子を思い出した。確かに、狐露を見た瞬間、脱兎のごとく消え去った。それを思い出し、納得して頷いた。
「だから、あの子のことお願いね。最悪行ってあげるだけでもいいから」
そう言うと、狐露は鳴の膝を降りて、子狐の姿のままどこかに行ってしまった。そして、それと入れ替わるように雫が現れた。
「そろそろ、帰るよ」
鳴は雫の手を引いて教室へと歩き始めた。
(これから、そうしよう)
狐露の言っていた通りに、なるべく孤独を味あわせないようにしよう。
鳴は自分の手に重なる小さな手を見た。それは、今にもするすると鳴の手を抜けて、ふらふらとどこかへ一人で行ってしまいそうである。
これをどこかへ行かせてはいけない。一人にさせちゃいけない――鳴は自分に誓った。