10話
今鳴がいるのは高校だ。
なので、子供の遊び道具になるようなものなど、どこを探しても見当たらなかった。
鳴は周辺を探して、すぐに手ぶらで戻った。何と言い訳しようか――そんなことを考えながら教室に入った。するとそこでは見知らぬ人物が雫と対峙していた。銀縁の眼鏡をかけた男子生徒だ。
彼は鳴に気がつくと、ずんずんと近づいた。何かと思っていると、その彼は突然声を張り上げた。
「顔見せに見たと思ったら、こいつだけだ。どういうことかぐらいは説明してもらおうか」
しかし、なんのことやらさっぱりわからない。首を捻っていると、さらに追い打ちがかかった。
「お前、雫を一人で残してどこに行っていたんだ? 鍵ぐらいかけて行け。あいつが出て行ったらどうする! あいつが校内に出たら、それこそどこに行くかわかったもんじゃないぞ」
そこまで言うと、彼は雫に聞こえないように声を潜めた。
「いいか、とにかくあいつはそんなことも平気でするようなやつだ。もう二度と口車に乗るんじゃないぞ」
思わず雫を見た。鳴にはどうもこの小さな座敷童が、とてもそんな狡猾には見えなかった。そもそも、今回も大丈夫だったんだ。この人の考えすぎだろう。
鳴が反論する前に、彼はもうこの話は終わりだと言わんばかりに手をたたいた。
「さて、自己紹介といこうか。俺は貉だ。化け狸の貉だ。あんまり顔は出さないと思うが、まあよろしくな」
もう部屋は少し暗かった。棚や机も闇に沈んで、本もさらにその古めかしさを醸し出した。貉の顔にも影が差して、少し見えづらい。その中で纏った白衣だけが、わずかな光を反射して、不気味に浮かび上がった。
狐露とは違う。歓迎するような狐露とは違って、彼はあくまで鳴のことを出来の悪い新人としかみてないようだ。
(慣れなければ)
そうだ、これぐらいよくあることだ。逆に狐露が優しかっただけだ。これが普通なのだ。
鳴は壁のスイッチを押して部屋の電気を付けた。電燈がともり、白衣だけでなく、貉の理知的な顔や、眼鏡もはっきり見えるようになった。
その時、何かが走ってくる音が聞こえた。
だんだん近づいて来た。そして、
「あ、ちょっと言い忘れたんことがあるんだけど――って貉、来たの? 珍しい」
勢いよく扉が開いて、狐露が戻ってきた。途端に、貉の態度が変わる。
「お前が来いと言っていたんだろ。大体人を招いておいて自分がいないとは……」
貉の説教が始まる。しかし狐露は歯牙にもかけない。
「ごめんね。彼が言ってたもう一人。ちょっと口うるさくて、引きこもりだけど、いいやつだから」
「引きこもりは余計だ。俺が行っているのは人間の作り上げた科学の完成を目指して日夜実験をだな……」
「はいはい。頑張ってね、応援してるよ。あ、鳴、もうそろそろ雫を外に出してあげて」