部屋のキオク1
「ねえ、どこいくの?」
立ち上がろうとした瞬間、何か小さいものが制服の裾を引いていることに気が付いた。それが先ほどまで話していた小さな少女とわかるまでにそう時間はかからなかった。
花柄の綺麗な赤の振袖に、鮮やかな黄色の帯――まるでどこかの旧家の子供のような彼女の姿は、残念ながらこの教室という場所では、そのすべてが調和とは程遠かった。
そして、窓からの陽光に照らされたその顔は不安げにこちらを見上げている。その表情は人間と何ら変わることはない。
「もう、帰らなくちゃ。遅いしね」
言った瞬間、しまったと思った。まるでそれまで必死に内に隠していたものが、耐えきれず外にどばっと溢れ出すように、少女の表情に大きな変化が訪れた。表情にさらに影が差し、見る間に彼女の目にはどんどん涙が溜まっていった。そして、それは目元を盛り上げ、その数滴がこぼれ出ようと――
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。また来るから」
彼女は慌ててしゃがむと安心させるようにやさしくその頭を撫でた。彼女の手ですっぽり覆ってしまえるほどの小さい頭だった。まるで、今にもこの瞬間でも手を離れて消えてしまいそうなほどに。
「本当?」
「うん、大丈夫だから」
その今にも泣きそうな顔を見ていると、彼女の中にある決意が浮かび上がった。
ずっと言えなかった。あの言葉。
準備は全部した。後は言うだけだった。でも決心がつかなかった。
そのまま今日までどれぐらいたっただろう。ずっと言えなかった。言ったらこの子と永遠に別れる気がして。言いたくなかった。
だが、今確信した。
言わないと。
でないと、この子はずっと――
少女の頭からゆっくりと手を放すと、彼女はゆっくりと、長らく言えずにいた言葉を紡ぎ始めた。
「ねえ、お願いがあるの。聞いてくれる?」
「なあに?」
少女の純粋な瞳に、負い目を感じつつも彼女は語り始めた――