渇ききった砂漠
そこは酷く乾いた場所で、真上のジリジリと燃える太陽が更にその渇きを強くしていた。
「はあ、ちょっと休むか」
男は近くの岩場に腰を掛けて、腰から水筒をチャポチャポと揺らした。
もうこれだけしかないのか……
水筒の中身は既に二割ほどしか残っていなかった。
ここから次の街まで、とても持ちそうにない。
しかし、この何もない砂漠の中心で、水などというものがあるはずもなかった。
それでも、男は我慢できずに水筒の中身を飲みほした。
コーラなんて入れてくるんじゃなかったな、と男は思う。
砂漠を舐めていたわけじゃない。ただ、男はコカコーラがどんな飲み物より好きだったのだ。
ご飯を食べるときはコカコーラを飲むし、普段喉が乾いたらコカコーラを飲む。お酒を割るのもコカコーラだったし、コーヒーだってコカコーラを沸かして淹れた。
風邪予防にコカコーラで手洗いうがいをすることもあった。風呂にだってコカコーラの湯船を張った。
近所からはコカ中毒というアダ名で呼ばれ、警察にあらぬ疑いをかけられることもあった。
とにかく、男はコカコーラが好きだった。
ああ、口がベトベトする。
男は口の中のヌルヌルとした唾液を吐き出して、また歩き出した。
次の街まで、あとどれくらいだろうか。
男は地図を確認して、次の街までの距離を確かめる。
それは絶望的な距離だった。
もう飲み物はない。太陽は相変わらず、男を照らしていた。
男は辺りを見回したが、都合よくオアシスがあるわけがない。
ここで死ぬのか。
朦朧とした意識の中で、物音がした。
男ははっとして、耳を澄ます。
それはラクダの足音だった。
人がいる。近くに人がいるのだ。水を分けてもらおう。なんなら、コカコーラを分けてもらう。
男はそう考えて、音の方へ向かった。
ラクダに乗っていたのは大きな男だった。背中には大きなリュックを背負っており、ラクダにもいくつかの荷物が積まれている。一人旅にしては重装備であった。
「水を持っていないか?」
男は縋るように尋ねた。
「ああ、持っているよ」
大きな男はニヤリと笑った。
「私は君みたいな、砂漠で困っている人のために水を運んでいるんだ」
「本当か!?」
「ああ、ただしお金は貰うがね」
「払うとも! 金なんてものは生きていてこそ価値のあるものだ」
「よし。いいだろう」
大きな男はラクダから下りて、荷物からミネラルウォーター入った水筒を取り出した。
「いくらだ? いや、待ってくれ。コカコーラはあるか?」
男は聞いた。できればコカコーラを飲みたかった。
先ほど、コカコーラなんて入れてくるんじゃなかったと後悔したことは既に忘れている。
「ああ、あるが。ミネラルウォーターにしておいた方がいいぞ」
「いや、いいんだ。コカコーラをくれ。いくらでも払う」
「そうか。まあいい」
大きな男は背中のリュックを地面に降ろし、中を手で探った。
「早くしてくれ」
男は待ちきれず、大きな男を促した。
「あったあった。これだ。値段は……そうだな。三百ドルだな」
「ああ、わかった。三百ドルだな」
男は躊躇もせずに、三百ドルを支払った。
「それじゃあ、無事に次の街までたどり着けるといいな」
大きな男はそう言って、またラクダに乗ってどこかへと行ってしまった。
男はそれを見送ってから、麻薬中毒者の様に水筒の蓋を開ける。
そして、一気にその中身を口の中へと流し込み、喉を通す前に吐き出した。
「ゼロじゃねえか糞野郎!」