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黒豆の私物


デインは黒豆にスープと毒消しの薬草を飲ませるようにと言い置いて、部屋を後にした。

部屋の外と中に見張りを置いているため、逃げようにも逃げられないだろう。

 

もっともスープを今か今かと待っている食い意地が張った黒豆に逃げる気があるのかどうかは別の話である。

 

デインは私室へ戻り、バートラを呼び出した。

心得た執事は、デインへの報告書を手にしている。


「坊ちゃま、部屋から押さえました黒豆の私物はいかがなさいますか?」


「確認する。そこに」


デインの返事を確認し、バートラが外にいる使用人に指示を出した。 


「坊ちゃま、ナディス家及びハキス家で情報を集めておりました影から密書が届いております」


「こちらへ」


 “主の目のみ”の意味を表す書の結びを解く。


「ローグ男爵より使者が参っております」


「このような時に何用ぞ」


招いていない客人に、自然デインは眉根を寄せてしまった。


「男爵のご子息様が出仕するご年齢になりましたので、その挨拶と祝賀への請待、殿下への口添えなどで参ったのではないかと推察致します」


「接間に御通し、適当に持て成したうえで御帰り願え」


「かしこまりました」


今はそのようなことに煩っている時間はない。

そもそも男爵の目的が別にあるなどデインは分かっていた。令嬢との婚姻はとうに断ったというのに、諦めが悪い方だ。

 

影からの密書をぱらりと開くデインの傍らで、バートラが話を続けた。


「あのメイドが怪しげな動きをしていた木ですが、根元を掘り起こしたところ小銭が入った壺が出て参りました」


「埋めなおしておけ」


「……」


ないっ、ないっ、どこにもないっと慌てふためいて骨を探す真っ黒な仔犬がデインの脳裏を走って消えた。

あの仔犬の場合は、何れかの者に奪われたわけではなく、埋めた場所が分からなくなったというだけの話だが。

 

丹精込めたバラ園を闇雲に掘り起こされた庭師からは、涙交じりの苦情が来た。

その訴えを神妙な顔で理解を示し、謝罪を兼ねて仕事を讃えるデインの足元で、実行犯たる仔犬は新たに与えて貰った骨をご機嫌に齧っていた。

 

これ見よがしにため息を吐いたバートラは、黒豆のものと思われる私物を執務台の上に並べた。


「……これは一体なんぞ?」


「存じませぬ」


見たこともない物質で作られた、そして見たこともない光沢で光る小さな小物。

金属で出来た箱のようだ。

 

左右に振っても音はない。

装飾品の入れ物だろうかと側面を探ったが、つなぎ目がない。

 

裏返してみれば用を足す子供の絵が描かれていた。


「……」


その絵も一体どんな染料を使ったのか、不思議な陰影を残して立体的に作られている。

この小物の用途も、この下品な絵の意味もさっぱり分からない。

 

デインは何の情報も得られなかったその小物をバートラに渡し、別の検分に移る。

次の小物の素材も不明で、鞣した革のような、細かな凹凸が感じられた。

 

二つ折りのそれを開いてみれば、数枚の紙切れが入っている。


「これは一体……」


「どなたかの肖像画でしょうか。肖像画にしては酷く小さいですが。しかしこのような技術が見たことがありませぬ」


「これは一体なんだと言うのだ。こちらから見ると人が浮かび上がる。それにこの文様も何やら不可思議な細工が施してある」


人の手で作られたとは思えぬほど細かな意匠。

まるで生きているかのように如実に描かれた人物。


風格を感じさせる壮年の男性は胸元までしか描かれていないが、どこの国かも分からぬ衣装を身に着けている。

右端の印章は視点を変えると、文様が変化する。

 

その裏には鳥の一種なのか、獣の一種なのか分からぬ、怪しげな生き物が描かれていた。大陸に存在するとは思えない不可思議な生き物。

 

これは何らかの呪術に使う可能性も出てきた。


「そしてこれは、庭園の片隅に隠されておりました苗鉢にございます」


「苗? 一体なんの苗だ?」


「庭師に尋ねましたところ、知識にはないという返答でございました」


「ふむ。我が国の植物ではないということだな。しかし屋敷の庭師は、帝都学問所を出ているだろう。我が国のみならず、他国の植物にも明るいだろうに」


「えぇ。庭師も興味をそそられたようで、大陸中の植物に関する書を読み漁り、調べを続けています。この苗が、毒物でないことは既に確認済みでございます」


デインに植物の知識はない。

道端にありそうな草に見えるが、時間をかけねば名すら分からずほどの希少な物なのだろう。


「そしてこちらが最後になります。数冊の書物にございます」


先に見た不可解な物のあとに、ありきたりなものを並べられデインは少々拍子抜けしてしまった。

古びて所々に破れがあるその書物は、その解れ具合から幾多の人の手に渡って来たのだと分かる。

 

表面を見れば【帝都三華人】と掠れた文字が記されていた。


「帝都三華人か……。これはまた似合わぬものを読んでおるな」


帝都三華人とは、子供に寝物語としてきかせる古語りである。

いつの時代かは様々な説があるが、いずれにしても天女の如き女人が、王を含む貴人の伴侶となり国を豊かに栄えさせる話である。

 

その三華人と呼ばれる美しき者たちは、大陸では見られぬ不思議な容姿をしていたことから、天から下りてきたとも言われる。

 

未来を知るが如くの英知を持ち、先を見通し、ある者は誰も知ることが出来ぬ自然の災厄すら語ったという。

 

三華人なるものが誠にいたのか、いたとしても真にそのような力を持っていたのかは誰も知らない。

唯人であった貴人の妻が、語り継がれるうちにその姿を変え、天女となったのではないかという説が強い。


「して黒豆はどんな様子だ?」


「スープを飲んだ後は、大人しくしているようです」


「ふむ」


黒豆の私物を部屋に運ばせる。

これも含め詮議せねばならない。

 

何重にも敷いた警戒体制の先にある部屋の錠を開けさせ、デインは部屋の中に入った。その後にバートラが続く。

 

大きな寝台に埋もれるように、黒豆はじっと座っていた。

黒き髪を前に流し、顔を俯かせているため黒豆の表情は見えない。

 

しかし時にこっくりと揺れる体が、全てを物語っていた。


「起きぬかっ」


デインが強めに頭を揺さぶってやると、黒豆は不満げな唸り声を上げた。

皺を鼻柱に幾重にも作り、うるさい! と顔面で表現した黒豆が、完全に開ききっていない目でデインを見上げた。

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