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舞踏会


ルーク主催の舞踏会は、国の繁栄を示すように盛大に行われた。

あらゆる食材を使い振る舞われた豪華な晩餐は、美しい陶器に盛られ、最高級のブドウ酒は、薄く繊細なグラスに注がれた。

 

各国の主要人物が集ってくるこうした機に、国の権威と栄光を示すことは外交上不可欠なことだ。

交流を通じ人脈を広げ、他愛ない話の中から有益な情報を得られる絶好の機。


豪奢なドレス、眩い宝石で飾られた姫君方。

滑らかな絹で仕立てた衣装に身を包んだ紳士たちは、その美しき姫君と時に踊り、時にブドウ酒を嗜む。  

 

知的で洗練された会話の中に、織り交ぜられた政治的なやり取り。

扇で口を覆いながら、和やかな会話の中に混ざる誰かを貶める噂話。

 

光と影。

そんな煌びやかな王侯貴族たちの中において、デインは常にルークの傍らに控えていた。

 

ルークは次期王として風格を漂わせながら、堂々とした立ち居振る舞いで、会場の注目を集めていた。

会話を弾ませ、場を沸かせる。

 

デインがさり気に伝える賓客の名を、あたかも前より知り得ていたかのように自然に口にし、少しの感動と親しみやすさを短い挨拶の間に与えていた。


舞踏会は社交の場。

舞踏会は、紳士淑女が良縁を探す場でもある。

 

ルークの妻、王妃は未だ選定されていない。

つまり此度の舞踏会はその地位を得ることが出来る絶好の機会と言うのは暗黙の了解で、さり気なく胸を強調したドレスを着た姫君方が主役であるルークを取り囲んでいた。

 

その状況であれば通常


「うははー俺っち幸せ~! ぼよよーん」


などと下品な発言を零しているはずである。

流石に声を押さえているが、やに下がった表情は見られたものではものではなく、不名誉にもルークの好みは広く知れ渡っていた。

 

しかし今日ルークは、そのような邪な様子は欠片も見せなかった。

王としての自覚が出てきたことにその所以があれば良きことであったが、ルークが豊満な美姫に心と目を奪われない原因は別にあった。

 

時にダンスを踊り、時に食事を楽しむ仲睦ましい一組の男女。

ルークは彼女たちを始終目で追っている。

 

チェルシーとそのパートナー。

紅梅色の細身のドレスは、日々の鍛錬により引き締まった肢体のチェルシーに良く似合っていた。

 

華やかさはないが、品がある。

優し気な相貌の王子がチェルシーの腰を引いてエスコートするたび、ルークはぴくぴくと口元を引きつらせた。

 

ルークを意識し、胸元が比較的空いたドレスを着る姫君が多い中で、首元までレースで覆ったチェルシーはダンスに誘いやすいのか、他の紳士たちに幾たびか手を差し伸べられていた。

その度何か言いかけて、ぐっと喉に抑え込むルーク。

 

愛想笑いが崩れてきていたのを察し


「ルーク様」


とデインが諌めれば、分かってるよ! と白々しいまでの笑みを張り付けた。

気を抜いてはいけないと言うのに、二人の親しげな様子な苛立ち、そんな自分に苛立つという悪循環を引き起こしている。

 

近けぇよ……と無意識に零された言葉に、デインは小さくため息を吐いてしまう。

そんなデインに気付いたのか、ルークは忌々しげに二人から目を逸らした。


「ルーク様、勘付かれてしまいますよ……」


うっせ! とデインを睨んだ後で、ルークは少し視線を落とした。

頭に巻いた布の影で顔を隠しながら


「俺って余裕がないっつーか器がちっせよなぁ……」


と小さく呟く。

口の中で呟かれたその言葉はデイン以外誰も拾うことなどないと思われたが。


「二枚使えば宜しいのでは?」


両手に皿を掲げた黒豆がひょっこり現れた。

前菜も肉料理も魚料理も、好きなように好きなだけ盛られている。


「おいこら! そこのちび、マナー違反極めすぎだろーが!」


本日最も敬意を払わねばならぬお方の言葉を、見事なまでに聞き流し、黒豆は手元の料理に全ての意識を向けていた。


「デイン、これは目を離しちゃいかんだろ……」


社交の場とは何かを全く理解せずに、食に走る黒豆を呆れた目で見る。

そう言われても、ルークと黒豆。


自由すぎる二人を一度に見るのは、デインでも無理難題過ぎる。

しかしデインも、黒豆をそのまま社交に放り込もうと思ったわけではなかった。


どんな粗野な者でも彼女の教えの元ならば、洗練された紳士淑女になると厳しさで定評のあるカーレー夫人を呼んだ。

彼女の厳しさは、デインも身をもって知っている。

 

全く基礎がない黒豆には、荒療治だが致し方ない。

挨拶と食事マナー、立ち居振る舞い、数日と言う短き期間でも身に付けさせてみせましょうと言うカーレー夫人の力強い言葉に、全て一任することにした。

 

そして本日夕刻、黒豆は見られる様になっているかと半信半疑で、迎えに行けば。

カーレー夫人は支度を済ませた黒豆の肩に手を置き


「無理でございました」


悟りきった表情を浮かべ、首を振った。

夫人のそのような表情は、初めて見る。

 

聞けば、黒豆は立つことすら出来なかったそうだ。

舞踏会に赴く淑女たちは、ドレスに合せた華奢な靴を履く。

 

刺繍を施した美しきその靴は、踵が高くつま先が細い作りになっている。

背の低い黒豆はパートナーのデインとバランスを取るため、靴によってかなりの高さを作ることが必要であった。


「何ゆえか靴の傾きと同じ分だけ、体が傾くのでございます」


「姿勢を保てぬと言うことか」


「いいえ。姿勢を保った状態で、斜めになっているのでございます」


よく分からぬので、実際にその靴を履かせてみれば、確かにきれいに斜めになっていた。

なぜその角度で、その状態が保てるのかと問うても本人にも分かっていないようであった。


「それならばと、足元を覆う裾の長いドレスを着せてみたのですが、残念ながらどのドレスをお選びしても悪趣味な照明飾りのようで。王太子殿下の舞踏会に赴ける有様ではございませんでしたわ」

 

夫人はどの衣装を着せるべきか、懇意の仕立て屋を呼び寄せ、様々なものを試みたらしい。

それを他人事のように眺めていた黒豆だが、突如ぽんと手を叩き見たこともない装束の絵を描くと、夫人に意見を求めたそうだ。

 

背が低くとも着こなせそうな作り。

布を重ねて押さえられた足元は、作法のないものでもそれなりに整って見える。

 

履物は厚みで高さの調整が効き、平たく転倒の失敗もない。

夫人は即断で黒豆の書いた図案を採択した。

 

日はなかったので若干の作りの粗さはあるが、見慣れぬ衣装は黒豆を異国のものであると思わせ、多少のマナーの悪さは目こぼしされていた。

そして黒豆の低い背丈、幼い顔つきと体つきもこの場合幸いした。


とうに成人しているはずの黒豆であるが、大人の枠から自然弾かれたのだ。マナーの悪さはあるが、粗暴な所作がない黒豆は、子供としては十分社交上通用した。


「それ、お前の故郷の衣装なのか? すんげぇ変わってんな」


「これは着物と下駄もどきでございます。私、とある同人サークルの腐女子の方に、江戸BLロマン小説の漫画化を頼まれたことがあります。その際、デッサンの必要上作りを調べたことが役立ちました」


長い袖の作りを興味津々に検分していたルークは、黒豆に邪魔だとばかりにふり払われている。


「婦女子?」


「いいえ、腐女子でございます」


何が違うんだよ、と首を捻るルークに


「腐った方々のことでございます」


面倒くさそうに、黒豆が説明を続けた。

腐っているなら可哀想だが埋葬しろよと言うルークに、黒豆はエネルギッシュに生きておりますと淡々と答えている。会話が成り立っていない。

 

主食を食べ終えた黒豆は、今度は色鮮やかなデザートに走って行った。

豪華な晩餐に気がすんだら、戻るようにデインはそれだけを言い付けた。

 

初めは細かい点が目について途切れず小言を零していたが、だんだんと目に余るようなものでなければ注意しなくなり、やがて放し飼いになった。

今のデインならば、カーレー夫人のあの悟ったお心が分かる。

 

あまりに予想外すぎることをしでかされ続けると、最終的にどうでも良くなってくる。


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