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解説 補足


不可思議な小道具から流れてくる旋律。 


ベストフレンズ、ずっと友だち、私たち。

ベス友、ずっ友、私ダチ。

 

エッピバリアーで笑えたあの頃。その頃から続いている。


エッピバリアって何だ? とルークが呟いたが、デインとて知らぬので、無言で首を振る。

ベス友、ずっ友と同じ詞を繰り返した後で、ようやく歌は終わりを迎えた。

 

静かになった小道具にほっと息を吐く。

天音のツバキが作りたもうた歌ならば、天が讃えるような美しき調べなのだろうが、残念なことにその素晴らしさがデインには分からなかった。

 

ルークも同じ心境のようで、芸術っーのはよく分からんなと零している。


「んで? それは置いといて。そこに記されてんのは、天音のツバキの日を綴ったものってぇ解釈していいんだな」


「はい。ここからここまでは、恐らく私たちの故郷にいた時に記したもの。そしてこの辺りから先は、椿がこちらに来てから記したものと存じます。椿は邪気眼系の発言が多かったので、いまいち判別は難しいのですが【やはり、あの世界じゃ私を扱いきれなかったか】この辺りが境かと、多分」


黒豆は絶対の自信はないのですが、と言いながら書の上で指を彷徨わせている。

紅葉王子は興味深く、なるほど、この部分がそういう意味の文字なのですねと書を覗き込み、知を得ようとしていた。

 

そんな王子に、黒豆は


「続きを拝見させて頂きたいのですが」


気になるのでと新たな書を要求した。

その発言に紅葉王子は心持ち目を開いた。


「続き? つまりそれは未完なのですか?」


「椿が苑の王妃になるという話が事実であるならば、この書は序章部分に過ぎないかと。それにこの書の終わりに、この大陸の書具の不便さと、次よりそれを用いなければならないことに対し、椿が文句を垂れている箇所がございます。それを踏まえ、続きが存在するのは明らかであると存じます」


黒豆の言葉に、紅葉王子は影に目をやった。影は軽く顎を引いて了承の意を示すと、さっとその姿を消した。

紅蓮王に報告する手はずを整えるためだろう。


「その書を汲むものがあるのだとすれば、貴殿にお渡しし、解読していただきたい。天音のツバキは我が国に影響を及ぼす重大なお方であります。その書から明かされる史実は、わが国にとって有益なものとなりましょう」


天音のツバキ、苑の王妃。

夢物語の歴史に生きている方。

 

しかしその名に惹かれ、名高い吟遊詩人や楽師、楽隊、絵師などが数多く苑に集う。

さすれば民は芸術に深い興味と誇りを持つこととなった。大陸初の芸の学舎を建設したり、新たな音楽祭などを開催したりと国もそれを推奨した。


自然、芸を志す学徒が集まり、苑は芸術の国として大陸に名を広めた。

苑が芸術の名を持つ所以は、天音のツバキにある。

 

天音のツバキが定かなものでないとしても、苑の一端を担う存在となっているのは確かだ。


「書を読み解ける貴殿を前に、機を逃すべきではないとは思うのですが。その書以外のものは……朱里に根こそぎ奪われてしまいました。その書は他の書と異なり、素材からして価値があるものと見なされておりました。その為、それのみ大切に保管され難を逃れることが出来たのです。しかしその他の書に対しては、保管もさほど厳重ではなく、許可を取れば閲覧できるように開放されており……」


まさか本当に天音のツバキが記したものだとは思いもせず……と紅葉王子は、気まずそうに頬をかいた。


「紅蓮は盗まれた書はさして重要視しておりません。紅蓮が恐れていたのは、貴国との不和、それにより齎される不利益、その代償、それのみでございます。しかし書の謎を知る貴殿がいる限り、奪われたまま書を捨て置くわけにもいきません」


黒豆は秀麗な面差しの紅葉王子にじっと見つめられても、表情一つ変えなかった。

そればかりか、過度な期待はよした方が良いですよ、良くて盗作の楽譜くらいです、などと張り合いのないことを淡々と告げている。


「朱里がどういう手を使って接触を図ってくるんだか知らねぇが、舞踏会か俺の戴冠式か、その機に仕掛けてくるだろうな」


「その可能性はかなり高いでしょうね。今、我が国は大陸中から人が集まっております。警備を強めても、全て行き届かぬのは言うまでもないこと」


「その日は、俺やデインが自由に動ける時間も殆どない状態だしな。うーん…どうすっかなぁ。朱里の狙いが書を知ることだと仮定すれば、一番あぶねぇのはちびってことか?」


「朱里王子の真の狙いは分かりませぬ。しかし朱里王子に黒豆が書を読み解けるその事実を知られる可能性は限りなく低いかと存じます」


「だろうけどな。でも万が一と言う場合がある。……特に城への出入りが多い舞踏会は警備箇所が幅広くなるから、手薄の部分が…。っつーかデイン、お前、舞踏会のパートナー決まってんの? 決まってねぇならちびで良いじゃん」


ひらめいた! とばかりに手を打つルーク。


「……笑えぬご冗談はお止めください」


おっしゃっていることが理解できませぬとばかりに冷たい視線を送っても


「ちびの身が危ないってのもあるけど、ちびが持ってるその小道具もこの場合利用しないでおくには惜しいんだよな」


今のところは、ちびしかそれを使いこなせなさそうだしな~と黒豆を見るルークの視線を追えば、黒豆はさっぱり聞いていない様子でバナナの黒い部分を取り除いていた。

黒豆が舞踏会のパートナー。難易度が高すぎる。


「社交のマナーを知らぬ者がルーク主催の舞踏会にどう振る舞うと? 黒豆は初歩のステップすら踏めませぬ」


「あー……ちび、お前社交の経験ある? 舞踏会なんで、一曲は踊らにゃならんけど、お前ダンス出来るか?」


無理だろうなぁと言う気持ちを声に踏ませルークが問えば、意外にも黒豆は首を縦に振った。


「一般的なものなら少々嗜んだことが」


その返答を意外と思ったのはデインだけではないようで、ルークも驚きの声を黒豆に向けた。


「へぇ! 予想外! 社交に関しては全く期待してなかったわ。ちょっと見せてみろよ、初歩のステップとかでいーから」


「では失礼して」


期待の眼差しに応えるように、黒豆はすっと立ち上がると、両手を顔の位置まで持ち上げた。

少々長めのメイド服が、さらりと流れる。

 

ちょこまかとした動きが多い黒豆が、初めて見せた緩やかな動き。


「「「……」」」

 

一同無言。

その沈黙が意図するものは分かるが、口に出すのは憚られる。

 

本人は少々嗜んだことが、と申告していたので、少しは自信があるのかもしれない。

せっかく見せたやる気を削いではならぬと、デインは褒め言葉を探す。

 

しかしどう見ても、出がらしの昆布にしか見えない。

正直言って少々怖い。

 

踊りの躍動感もなく、非常に義務的な動きで、無表情のままマイムマイムと謎の呪文を唱えながら、滑らかにゆらゆらと揺れている。


「何だありゃ……焦げかけたミミズの真似か…?」

 

ルークがぼそっと零した。

それは言い過ぎだが、実のところダンスには程遠い。何より見ていて怖い。


「……良し! じゃあ、ちびはダンスが出来るってことでデインのパートナーに決定な」


「焦げかけのミミズと言っておきながら、良くそういう事が言えますね」


デインが恨みがましい目を向けると、そこはお得意の社交術で乗り切れよと宥められた。


「……ふぅ」


仕方ない。確かにルークの言うように、私の傍にいる方が安全だろう。

明らかに浮いた存在となるだろうが、マーサに頼み着飾れば何とかなるかもしれぬ。

 

切実にそう願い、デインは覚悟を決めた。


「では、チェルシーは僕のパートナーと言うことでよろしいですか?」


「え?」


座ったままのチェルシーの肩に手を置きながらも、視線はルークに定めた紅葉王子が話の流れを汲むように口を挟んだ。

驚いた表情から察するに、チェルシーはその可能性に思い当たらなかったらしい。


デインは紅葉王子がそう言い出すだろうとは予想がついていた。

意外なのは、ルークの反応だ。

 

反対すると思われたルークはそっぽを向いたまま


「……チェルシーが良いんなら良いんじゃねぇ?」


理解を示した。

不本意と言う雰囲気を漂わせながら、それでも反対しないルーク。

 

紅葉王子はチェルシーの横に移動し


「せめて舞踏会の間だけは、息抜きしたいのです。チェルシー、お願いです」


弱った様子を見せて了承を取り付けようとしていた。

しかるに。

 

紅葉王子がルークと二人きりで話がしたいと言った主題は、こちらにあったようだ。

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